表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自称現実主義者の異世界トリップ〜自称リアリストは異世界で逆ハーの夢を見るか?〜  作者: GUOREN
現実主義者(自称)が異世界トリップ?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/261

2.

……ここは、どこなんだ


人生で、こんなに無力で、具体性のない疑問を抱く日が来るとは思わなかった。

このフレーズを口にするのは、誘拐された被害者か、あるいは救いようのない迷子か。


現実主義者を自称し、データの裏付けがないものは信じないと豪語してきた自分が、天に浮かぶ不気味な3つの月を前に、こんな情けない疑問を抱えている。


滑稽すぎて、乾いた笑いすら出ない。

喉の奥がカラカラに乾いていて、出そうとしてようやく出た声は砂を噛んだように掠れていた。


自分の呼吸音すら、どこか他人事に感じられた。



鉄格子の向こう、廊下の奥から石壁に反響する、硬い靴音。

誰かが来るというのに、私の意識の半分は、まだ窓の外に浮かぶ3つの月に囚われていた。


3つだ。


どう数えても3つある。


胃がキュッとなった。


さらに、カツン、カツンと、一定のリズムで近づいてくる。


じわりじわりとこちらに来るその音だけで、なんだか嫌な予感がする……


現れたのは、1人の男。


男はこちらへ歩み寄り、鉄格子のすぐ手前で立ち止まった。

こちら側が影になっているにも関わらず、視線が私の顔の位置を正確に当ててくる。


隠れていても無駄だな。


そう判断して、1歩前へ出た。


「……ここは……どこ、ですか」


喉が乾ききっていて、ひりつくように痛い。

唾液を飲み込みやり過ごす。


男の視線とかち合う。


……嫌な目だ。


気づけば、背筋が伸びていた。

重心が落ち、足が半歩、いつでも動ける位置に——


……何を、しているんだ私は。


錆びついたはずの身体が、勝手に動いていた。

こんな動きもうしなくていいと思っていたのに……


男が何かを喋りかけてくる。


最初は耳慣れない、不快なノイズのようにしか聞こえなかった。

だが、脳がそれを”言語”だと認識した瞬間、奇妙な現象が起きた。


耳に届く音は、どの国の言語とも違う。

なのに、私の思考回路が勝手にそれを日本語へと置換していく。


その不自然で、暴力的なまでの翻訳感覚に、強いめまいを覚えた。

脳の奥を無理やりこじ開けられたような、冷たい痛みが走る。


理解したくないのに、理解させられる感覚だった。


「……お前は何者だ?」


言葉が、


通じる。


フィクションでよくある"言語理解”みたいな現象が、この枯れ果てた私にも適用されているらしい。


「落ち着け、落ち着け」と自分に言い聞かせても、猛烈な空腹と割れるような頭痛が思考を遮る。


おかしいだろう、どう考えても。


異世界?

言語理解?

3つの月?


そんな非日常の塊が、私の人生に紛れ込んでくるなんて……

頼むから小出しにしてくれ。


……あれ?

そういう問題でもないような……?


思わず首を傾げた。


「おい、聞いているのか」


男の催促に答えようとした瞬間、奥の扉からもう1人の人物が姿を現した。


「キース、待たせたな」


その声は低く、よく研がれた刃物のように無駄がなかった。

そして何よりも重低音がこの牢屋に反響して、腹に響いた。


頭にも響く。


……痛い。


「あ、隊長」


後から来た男は、キースよりもさらに重厚な存在感を纏っていた。

ただ立っているだけで、場の主導権が自然と彼のものになっていく。


「どうだ、何か話したか」


「それが何も。妙なことを口走っては、変な動作を繰り返しています。かなり怪しいですよ、こいつは。言葉は通じているようですが、精神をやられているのかもしれません」


っ……!

失礼な。

誰が精神をやられている、だ。


こっちは頭に鉄骨(?)を食らった直後なのに。


頭痛に耐えて呻いただけの人間を”狂人”扱いするなんて、この男、何なんだよ。


もしここが日本の警察署なら、即座に抗議するところだよ。


何か言ってやろうかと顔を上げた時、あの青い月に照らされて寒々と輝いた翡翠の宝玉と目があった。


その視線に射抜かれた瞬間、内臓を冷たい指で撫でられたような戦慄が走った。


あの重低音ボイス、こっわ。


言い返したい衝動を必死に抑え、私はうつむいた。


「……そうか。それより、気になる情報が入っている」


隊長は声のトーンを落とし、キースに耳打ちした。


「情報、ですか?」


「ああ。一旦、あちらに戻るぞ。こいつの尋問は後回しだ」


隊長は去り際、一瞬だけ鋭い視線を私に向けた。


私は咄嗟に視線を逸らし、眼鏡のブリッジを押し上げて息を潜める。


……不用心な人たち。


部外者の前で、情報の匂わせなんて。


……いや、やめよう。

今の私はただの、不衛生な牢屋に閉じ込められた漂流者だ。


余計な分析は、自分の首を絞めるだけ。


「了解しました。……ところで、あれはどうしますか?」


キースが私を「あれ」呼ばわりした。


胸が焼けるほど不快だが、反論する力も権利もない。


人間扱いされない感覚は、いつまでたっても慣れない。


「明日の朝……それまでに、然るべき処置をする」


2人の会話は遠ざかり、廊下の向こうへ消えていった。


金属が噛み合う音が牢内に響き、再び冷たい静寂が戻る。


その静寂を、私の腹の虫が盛大に破った。


「……ぷっ」


扉が閉まりきる直前、誰かが吹き出したような音がした。


……まだいたのか。どこまでも失礼な奴らめ。


「明日来る時に、死なない程度の食い物を持ってきてやれ」


最後に聞こえたその言葉に、私はわずかばかりの安堵を覚えた。


少なくとも、今すぐ処刑されることはなさそうだ。


飢え。

疲労。

頭痛。


そして、自分が"枯れた花”どころか、名前も持たない"泥”にまで成り下がったような屈辱感。


すべてを忘れるには、眠るしかない。


私は冷たい石壁に背を預け、ずるずると座り込んだ。


窓から差し込む、青白い3つの月の光が、私の影を3つに引き裂いている。


影だけが身体から分離して、勝手にどこかへ歩き出していきそうな錯覚に陥る。


腕時計はつけている。

けれど、この世界の時間と合っているのかは判らない。


牢屋には時計もなく、3つの月のせいで時間の感覚がじわじわと狂っていく。


結局、ここがどこなのか。

私は何のためにここにいるのか。


答えは闇の中に沈んだままだ。


「……はぁ、今日だけで何回溜息ついてんだろ。私のマンション、どうなっちゃうんだろうな……管理費、自動引き落としにしておいて良かった……いや、それ以前に、会社、無断欠勤することになるのか……」


暗闇の中で、私は自分の性別も、名前も、過去も、すべてが曖昧に溶けていくような奇妙な感覚に包まれながら、重い眠りの淵へと落ちていった。


まぶたが落ちる瞬間、世界が音もなく遠ざかっていく。


そして、眠りに落ちる直前、ふと思った。


──明日の朝、私はまだ生きているのだろうか。


3つの月が、まるで私の運命を観察しているように見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ