表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自称現実主義者の異世界トリップ〜自称リアリストは異世界で逆ハーの夢を見るか?〜  作者: GUOREN
現実主義者(自称)が異世界トリップ?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/261

1.

「アレックス、なんか変じゃねえか?」


「——プランBだ」 


短い応答。


ハンドサインがひとつ。 


砂塵。


銃声。 


誰かが地を蹴る。


「2時方向、敵影!」


護衛対象が動いた。


そのせいで──


射線が、通る。


——間に合え。


暗転。


「映画かっこよかったね。あの後の展開がもうドキドキ」 


「ん?あぁ映画、映画か」


居酒屋の喧騒が戻る。

目の前のポテトが食べられることなく置かれている。


「ええ?もう酔ってる?」


「いや、酔ってないよ」 


「それより、ねえ、異世界トリップって聞いて、何を連想する?」


昨日の夜。

小説家志望の友人が、酒の席で突然そんなことを言い出した。


私は、冷めきったフライドポテトをつまみながら思った。

……よりによって今の私に、その話題?


「小説のネタ探し?現実逃避とか?」


「自分的に"ありえないこと”を書きたくなってね。で、琉生るいならどうよ?」


「どうよって……バリー・ホッターとか?ほら、間違ってBARRYの財布捨てたっていう、あの事件の……それとも◯ード・オブ・ザ・リングの綴りが『Lings』になってて、舞台が海の底とか?」


「ちょっと!真剣に聞いてるのに、なんで身内ネタ混ぜるかな」


「とりあえず飲もっか」


「女飲み、かんぱーい」


「何回乾杯するの、この酔っ払い」


そんなくだらない会話で終わるはずだった。

本当なら笑って流せたはずなのに、その日は妙に胸の奥がざわついていた。


心のフィルターが、日々の過労で薄くなっていたのかもしれない。


──まさか、その次の日の残業帰りに、自分が"ありえないこと"の当事者になるとも知らずに。



「……枯れてるな」


独り言が、冷たい壁に反響して虚しく返ってきた。


目の前には鉄格子。

その向こう、扉の脇に誰が、何のために置いたのか1輪の赤い花が生けられている。


この場違いな生気を失った花首が、この場の不気味さを際立たせていた。


花弁は乾ききって皺を寄せ、かつて鮮やかだっただろう赤はもう、色褪せ、指先で触れれば、粉のように崩れ落ちそうだ。


……まるで今の私だな。


しがない警備会社の事務員。

昔はもっと無茶をしていた。

なのに、平穏に馴染みすぎた。


錆びた。

かつての面影は──


もうない。


「認識すれば、それは現実になる」


誰かがそんな、シュレーディンガーの猫みたいな理屈を言っていた気がする。


だとすれば、私は今、確実に年老いたことになる。

自分で"錆びた"と認識してしまったからだ。


「はぁ……」


目を瞑って溜息をついた瞬間、頬をかすめた風に違和感を覚えた。


8月の、アスファルトが焼けるような熱帯夜のはずだ。

なのに、肌に触れる風は驚くほど涼しく、清涼感に満ちていて──


不自然だった。


しかも都会の夜に混じるはずの排気ガスの匂いが、どこにもない。


夏の夜に似つかわしくない、冷たく澄んだ潮の匂いだった。


「……潮くさい?」


潮騒の音まで聞こえる。

ざぁ……と、遠くで波が砕けるような音がした。


海まで車で1時間以上かかる距離で、そんなはずはない。


現実逃避なんて、うまくいった試しがない。


……そうだ。

私は、雨の中を走っていたはずだ。



混濁する頭を働かせ数時間前の記憶を、反芻する。


会社のデスク。

定時の18時なんて、遥か彼方に過ぎ去っていた。


「あ~、しまった。もうこんな時間か」


新しい取引先の警備配置資料を作り終えたときには、21時を回っていた。


前の席で充血した目をこすっている堂島という後輩に声をかけ、私は地下駐車場へ向かった。


愛車に乗り込み、地上へ出る。


外は猛烈な雨だった。

まるで世界が壊れたような豪雨。


ワイパーを最速にしても、視界は数メートル先さえ危うい。

フロントガラスは白い線で塗りつぶされる。


時折、視界が白く明滅する。

その光が私の前を走る真っ赤なアルファロメオを照らし出す。


この不吉な豪雨の中でも目を引く、異様に鮮やかで艶やかな赤。


……いい趣味してるな。


そんなことをぼんやり考えながら、夜の闇の中を走る。


雷が、すぐ近くまで迫っていた。


静電気か何かか、産毛が逆立つ。

車内の空気が一瞬だけ重く沈み、呼吸すらためらうような圧が胸を押しつけてきた。


その瞬間、世界がひっくり返った。


雷光が、前の赤い車体を貫き、音が


──消える


世界から音が吸い取られたようだった。


無音。

白光。

静止。


時間がねじれる。

視界が白飛びし、世界がスローモーションになる。


光が水の中で揺れるように歪み、赤い車体の輪郭がゆっくりと溶けていく。


赤い車体が跳ね上がる。


水しぶきが宙に浮いたまま止まる。


雨粒が、空中で凍りついたように見えた。


──轟音。

その瞬間、世界の音が一斉に押し寄せた。


トラックの影が横から迫る。

巨大な車体が横滑りし、アスファルトを削る火花が散る。


視界が断片的に切り替わる。


白。

赤。

黒。


回転するヘッドライトの光。


荷台から宙を舞う鉄骨。

金属が空気を裂く甲高い悲鳴が、スローモーションの世界にだけ残響していた。


そして──


衝撃。


冷たい何かが頭に触れた感覚だけが、異様に鮮明だった。


(あ……マンションのローン……まだ完済してない……)


最後に浮かんだのは、あまりに現実的で、あまりにくだらない未練だった。


世界が水底に沈むように、

ゆっくりと暗闇が満ちていった。



「……っ、痛い……」


意識が戻った瞬間、まず来たのは"痛み”だった。


思わず目を瞑る。


石畳の冷たさが背中に張り付き、頭の奥で鈍い衝撃が脈打つように響いている。


湿った石の匂いが鼻を刺し、どこかで水が滴る微かな音が、静寂の中にぽつりと落ちていた。


息を吸うたび、肺の奥まで冷気が染み込んでいく。

現実の痛みだけが、やけに鮮明だった。


……なのに。


世界は、不自然なほど静かだった。


雨音も、車の音も、何もない。


私はゆっくりと瞼を上げた。


視界が揺れる。

石の壁。

鉄格子。

湿った空気。


……事故のショックで見てる夢?


そう思いたかった。


だが、腹の底からこみ上げる暴力的な空腹と、石壁の冷たさが"現実”を突きつけてくる。


壁を伝って立ち上がり、

ふらつく足で小さな窓に手を伸ばす。


背伸びして、外を覗いた。


夜空が見えた。


静かに浮かぶ、月。

見慣れた輝き。


その隣に、少し小さな月がもう1つ。


……ん?


さらに、不気味に青みがかった月がもう1つ。

氷のように冷たい光を放っている。


はぁっ?


3つの月。


痛みで"現実”を確認した直後に、視界が"非現実”で塗り替えられる。


世界観が、音を立てて崩れていく。


喉の奥がひゅっと細くなる。

理解が追いつかず、思考だけが空回りする。


そして今、私は──


この冷たい牢屋に立っている。


これは、日本の夜空じゃない。


息苦しさに、気付けばシャツのボタンを2つほど外していた。


現実を否定したいのに、目の前の光景がそれを許してくれない。


逃げ場のない"異世界”という単語が、じわじわと胸に染み込んでくる。


視界が揺れ、膝がわずかに震えた。


「……最悪だ」


こういう時、私は決まって大事なものから順に確かめてしまう。


腕時計。


触れた瞬間、胸の奥がわずかに疼いた。


なくしたくないと必死になってつかんだ腕の感触はそのままで……

なくさずに残った腕時計に、そっと指を這わせる。


そして眼鏡を押し上げた。


それらが無事であることだけが、今の私の救いだった。


多田琉生ただるいの人生は、この"3つの月”が支配する未知の世界で、望まぬ方向へと転がり始めた。


その時だった。


廊下の奥から、重い足音が響いた。


石壁に反射して、足音は何倍にも膨れ上がり、まるで複数の誰かが近づいてくるように錯覚させた。


……来る。


私は咄嗟に、身体が覚えている動きで──


壁の影へと身を潜めた。


小窓から差す月の光は、狭い牢の中を薄く照らすだけで、鉄格子の向こうまでは届かない。

相手の姿は見えず、聞こえるのは足音と気配だけ。


一歩。


また一歩。


足音がすぐ近くで──









止まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ