11.
私の背後に控える屈強な騎士2人が、目に見えて私から距離を置いている。
つい先程までは、40センチそこらの個体距離すら許さず、逃げ場を塞ぐように張り付いていたというのに。
今は、まるで腫れ物にでも触るような距離感だ。
どちらにせよ原因は、間違いなく今しがた部屋に入ってきた"彼女"にある。
◇
部屋に入ってきた使用人は、実に"絵になる"女性だった。
王宮に仕える身だけあって、その所作には一点の曇りもない。
一礼の深さ、背筋の伸ばし方、歩く際の足運び、そして指先の動きに至るまで。
今目の前にいる人物は、かつて地球で目にした、安っぽい記号的な可愛さとは、格が違う。
なんというか──
その全てが、洗練された優雅さを纏っている。
ああいう人って、立っているだけで背景が勝手に整うんだよなぁ。
光の角度とか、空気の密度とか、全部その人に合わせて最適化されている感じ。
そういえば、地球でもかつての王宮の侍女は貴族の娘が務めたと聞く。
もしこの地でもその法則が当てはまるのならば、目の前の彼女もまた、どこかの名家の令嬢なのかもしれない。
そんなことを考えながら、私は扉から3メートルほどの位置で立ち止まり、自然と"出迎える形"になっていた。
それに合わせるように、騎士2人は気配を消すように壁際へと下がっていく。
私は彼女が入ってくる間、つい"品定め"するように、ぼーっと彼女の動きを眺めていた。
ほら昔の人はよく言った。
"美しいものは、鑑賞せよ"って。
すると、いつの間にか彼女は私の目の前まで進み出ていた。
私としたことが。
「レイ=タダノ=オカシズキー=ド=ジャポン様。私、ナリアッテ=レオン=ジェウェレイ=イシンゾイアと申します。アークオーエン様のお言付けを承ってまいりました」
彼女はそこで深々と一礼し、その姿勢のまま石像のように動かなくなった。
……まじか。
私はただの、一介の庶民だ。
こんなに慇懃に畏まられたら、こちらが困ってしまう。
だが、私が内心で狼狽している間も、彼女の姿勢は崩れることなく、凛とした静寂を保っている。
その完成度の高さに、つい見惚れてしまう。
「お、面を上げてください」
しまった。
緊張のあまり声が裏返った。
かんだ。
痛い。
なんでこういう時に限って噛むんだ私。
壁際の騎士2名は、厳格な顔をしているくせに肩が微かに揺れている。
隠せていないぞ。
そこ、笑うな。
イシンゾイアさんが顔を上げ、私と視線がぶつかる。
私は努めて穏やかに、社会人としての基本である渾身の"営業用の微笑み"を浮かべて挨拶を試みた。
「はじめまして、イシンゾイア様」
名前の響きからして貴族のようだったので、敬意を込めて様付けをしてみる。
……が、ふと気づく。
そういえば私は、キースに対して"様"を付けて呼ぶようにはしたものの、敬語使ってなかったような。
理由は明白なんだけど。
出会い頭に「あれ」だの「それ」だのと、物のように扱った彼は私の脳内ランキングワースト圏内をぶっちぎっている。
いつの間にか、彼をぞんざいに返事をしていい人物としてカテゴライズしていたようだ。
ま、まぁ、それは仕方ない。
初対面で「あれ」だったんだ、私の中の"丁寧に扱うべき人物リスト"からは盛大に脱落していた。
と、いうことで。
そんな事を考えながらふと彼女の顔を見ると、イシンゾイアさんがなぜか困惑したように顔を強張らせていた。
「……私に、様付けは必要ございません。ナリアッテとお呼びください」
え?
どういうこと?
あぁ、実質的な身分は彼女の方が上でも、この場では私が"客"扱いらしい。
つい先程まで鉄格子の向こうにいたのに、人生とは判らないな。
「解りました。それでは、ナリアッテ。アークオーエン様からの伝言をお伺いしてもよろしいですか?」
彼女はまだ妙な表情を浮かべていたが、小さく頷いて口を開いた。
「承知いたしました。そのままお伝えいたします。先ほど話した人物が、『藍の間』に到着しました。これからその方を交えて詳しく話がしたいので、今からお越しください、とのことです」
『藍の間』
名を冠する部屋に通すということは、尋問室みたいなのではなく、対談に適した何か特別な部屋なのだろう。
「解りました。アークオーエン様に、『お伺いします』とお伝えください」
「承りました。私が了承の旨をお伝えいたします。部屋の場所につきましては、そちらの2人が存じておりますので、彼らの案内に従って、部屋までお越しいただけますようお願い申し上げます」
私は騎士2人へ視線を移した。
2人が見返してくる。
その視線には……
よくわからない"何か"が混ざっている。
いや、なんで?
ほんとに何があった?
私、何か地雷踏んだっけ?
キースは、あからさまに不機嫌な色を瞳に宿し、こちらを射抜くように見詰めている。
どこか恨めしそう?
あれ?
もしかして……
ナリアッテさんのこと、キース好きなの!?
この表情はどう見てもそういうやつだよね。
隊長は、端正な顔立ちを無機質な仮面で覆い、窓の外をじっと見つめていた。
だけどその実、窓の反射を通してずっとこちらを見ている気がする。
しかも、その視線は鋭いし、まるで獲物の動向を逃さない猛禽類のような圧を感じる。
ああ、なんだか落ち着かない。
待って、あの視線ってナリアッテさんに向いてない!?
視線の先、たぶんそっち向いてるし。
おぉ、好きだから直接視線合わせづらいので窓越しで見てるってことか?
わぁ、これはひょっとするとひょっとするかも!?
……ん?いや、ちょっと待て。
気づいてしまった。
彼らは、私が彼女に見惚れたのが気に入らないのでは?
2人ともナリアッテさんが好きすぎて……
まさか私って2人からすると節操なしに見えてるんじゃ?
いや、違うから。
惚れてないから、誤解だよ。
でもその前にひとこと言わせて。
上司と部下の三角関係ヤバくない?
修羅場っても知らないからね。
とにかく、今は『藍の間』へ向かうのが先決だ。
この空気もなんのその、ナリアッテさんは気品ある礼と、春の日差しのような笑顔を残して去っていった。
これだ。
この笑顔だ。
同じ人間でありながら、どうして私にはこの"天性の輝き"みたいなのが備わらなかったのか。
まぁナリアッテさんのあの笑顔も、貴族として受けた教育の賜物かもしれないけど、例え同じ教育を受けたとしても私にはあの輝きは得られまい。
「はぁ……。ほんと綺麗……」
そう呟いた瞬間だった。
背後にいたはずのローアム隊長とキースの気配が、3歩ほど距離を置いた。
さっきまで、近くにいたくせに。
彼らの行動の意味は解らないけど、2人の騎士が放つ圧のある沈黙をひしひしと感じながら、私は一歩を踏み出した。
どんな心境であれ職務を全うしてくれる2人に感謝した。
空気は悪いけれど。
せめて平穏だけは守らせて。
私の心臓、今日だけで寿命が3年は縮んでる。
……頼むから、修羅場はやめて。




