11.
入ってきた使用人らしき人物の手に、恭しく掲げられたその先にあった物は安物のバッグだった。
使い勝手の良さだけをとことん追求したあげく、可愛げのないフォルムを惜しみなく全面に出した、私の美意識から大きくかけ離れたビジネス用モデルのバッグだった。
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「まず、ジャポンさん、貴方に確かめてもらいたいものがあります」
あはは、とっさに思いついた偽名だけど、激しく笑える。
どうして、もっとましなのを思いつかなかったんだろう、私。
ネーミングセンスの悪さに、思わず項垂れる。
それを見た、アークオーエンさんは首を傾げた。
そのミスマッチな姿も非常に似合う。
とりあえず、何でもないですとジェスチャー。
確かめる羽目になった、私のバッグを使用人から受け取り、中身の確認を始める。
無事を知りたかった。
PCに携帯にMP3。
私の三種の神器。
外に出して確かめて色々質問されるのも面倒なので、鞄の中で携帯の電源を見る。
使えそうだ。
他は、中身の配置が変わっている事以外は何も問題なかった。
「それは貴方の物ですか?」
アークオーエンさんに再び尋ねられ、素直に頷く。
このバッグは、車の助手席に置いていたものだった。
よく無事だった事だ。
安心は出来ないが。
雷だったし。
「そうですか。わかりました。それでは後ほど会っていただきたい人物がいるのですが、了承いただけますか?」
確認している割には、はいか頷くかしか許さない疑問形。
命令し慣れてるなぁ。
「はい、ですが質問をしてもかまいませんか?」
「答えられる事でしたら」
相変わらず丁寧に答える、アークオーエンさん。
さっきの鋭い眼から、鋭いながらも穏やかに見えなくもない眼に変わっている。
バッグが私のものだと、確認が出来た時からだと思う。
なんでだろう?
「では質問ですが、私の置かれている状況が知りたいです。囚人として、今後何らかの刑に処されるのかどうかとか」
「え?」
いやいやいやいや、「え?」は、こっちが言いたいです。
アークオーエンさんは、一瞬驚いて目を見開いた後、片手で顔を覆う。
その一連の仕草の色っぽさに、思わず食い入るように見てしまった。
思わず生唾を飲み込む。
男に色気は必要ないよな、うん。
片手で顔を覆うのは、どうやらアークオーエンさんの癖のようだ。
「貴方が囚人でない事は、たった今証明されました。私の言葉が足りず、申し訳ありません。貴方は囚人ではありません。それは、鞄でしょうか?それが貴方のものであるというならば、容疑が晴れた事になります。今置かれている状況の説明は、後程という事になります」
どういう経緯で、容疑が晴れた事になるのかさっぱりだが、どうやら牢屋生活からはおさらばらしい。
もし私がウソをついていたら、どうするんだとか思ったが、これ以上蒸し返さなくてもいいだろう。
流石に、もう1日牢屋で過ごすとかは勘弁。
「そうですか」
とりあえず頷いておく。
「では、貴方の了承を得た旨を伝えねばなりませんので、私は一旦これで失礼します」
相手が立ちあがったので、私も立ち上がる。
そして、アークオーエンさんは去って行った。
私はホッとして、椅子に座る。
さっき座った時とは全く心境が違った。
取引先の重役と会う時と、全く違うプレッシャーがこの部屋に充満していた。
何しろ隊長もキースも、私が何かやらかそうものなら殺す気満々だったし。
オー怖い。
粗相をしなくてよかったよ、本当に。
今は隊長もキースも穏やかだ。
よかったよかった。
それにしても、アークオーエンさんは怜悧な中に艶のある色っぽさを併せ持つというか何というか、表現のしにくい雰囲気の人だなと思う。
あえて近いのは、抜き身の日本刀の美しさだ。
銀の光に刃紋の輝き。
動としての役割を持って生まれながら、その佇まいは静。
その矛盾の生む美しさは……
と、そこまで考えた時にキースに声をかけられた。
「ああいうのが好みなのか?」
すみません×3!
うちのキースがご迷惑をかけそうです。
キースじちょぉーーー