第46話 「美しい朝」
『このままでは第七パイロットが共に沈む!!』
朝桐の怒号に、司令室には一瞬にして緊張感が戻った。
『双樹! 聞こえるか!』
「っ、はい!」
『一度武器を複合核に戻せ。それから抜け出せるか判断を!』
双樹は言われた通り、核の刺さった槍を球体に戻した。
しかしその瞬間、セルファの体が花棺の頭上から重くのしかかる。
「ぐッ……!」
慌てて両腕で支えるが、何も効果がない。
周囲を見渡しても、あるのは敵の塊で覆われた暗い水中のみ。
一体どこまで進めば外の光が差し込んでいるのか見当もつかない。
『まずい……』
戦況や作戦が目まぐるしく変化する中、目先の目的に意識を奪われていた。
動きづらい水中、加えて武器のコントロールが未だ未熟な双樹では、一人でこの亡骸を処理して出てくることはできないだろう。
呼吸器官の損傷により、後から悠長に助け出すこともできない。
『第七機は、』
『疾うに呼吸器官の機能が停止しています……。もう、機体に残った酸素だけです』
……いずれ、花棺と水底で死ぬ。
「朝桐さん」
無線を聞いていた双樹が言った。
「俺は大丈夫ですから。作戦を考えたのも自分だし、花棺は後からでも回収できますよね」
『……何を言ってる。君を死なせたりはしない』
淡々と諦めたようなその声色に朝桐は寒気を覚えた。
双樹の言葉には、純粋な真剣さしか含まれていなかったからだ。
大きな感情の波で生きながら、己の生き様をすぐに決断できるその合理さだけは子供らしくなく、そして死に急ぐ若さでもある。
『冬夜』
朝桐が取れる手段は一つしかなかった。
第三機にセルファを斬らせること。
『分かってる、わかってるけど』
藤はもどかしそうに言葉を区切る。
『俺は繊細な動きが得意じゃないんだ。大剣で処理したとしても、第七機ごと双樹を斬りかねない。かといって、今の第七機が底に向かって距離を取ったとしても、浮上するまでに呼吸困難で危険な状態になる可能性もある』
当然、朝桐の中でも同じ見解だった。
しかし、司令室に出来ることはもう何もない。
「……いいんだ。やらなくていい。俺が死んでも冬夜のせいじゃないから」
双樹はこれ以上、自分の生死に関して他者が頭を悩ませるのが嫌だった。
自分がこのまま沈んでしまえば、誰にも迷惑をかけずに落着すると思っていた。
『……』
少しの沈黙の後、藤は小さく溜息をついた。
藤はそれが、許せなかった。
『……双樹、俺がなんて言ったか覚えてる?』
第三機はゆっくりと剣を振り上げる。
『危ないと思ったら逃げる。どんな時だって、死ぬくらいなら逃げるために諦めないんだ』
花棺の藍の瞳が、狙いを定めたように鋭く光る。
『そして、カイを信じる。双樹、お前も自分のカイを信じるんだ。この先だって、一緒に生きていくんだろ』
静かに藤の言葉を聞いていた双樹が、拳を小さく握りしめた。
少しずつ息苦しくなるコックピットから、暗く濁って何も見えない水面を見上げる。
藤が目を閉じて、小さく呟いた。
『……菫さん。力を貸して。俺の大切な友達を、弟を助けたいんだ』
チョーカーがさらに藍に光り、柄を掴む花棺の肩や腕がぎちぎちと音を立てる。
『いっつも豪快だけど、一生懸命細かいことも丁寧にやり遂げようとする菫さんを尊敬してた。俺たちなら出来る』
花棺の口角が上がったように錯覚する。
『っうおおおお!!!』
昇り始めた朝日の光を背負い、両手で刀を振り下ろさんとするその姿は、背筋が凍るほど不気味で、何故か美しく見えた。
「っ!!」
ガラス越しに剣の切っ先が通り過ぎ、双樹は反射的に瞬きをした。
敵の身体がゆっくりと、綺麗な切れ口を保ったまま双樹の目の前で開かれる。
その割れ目から、勢いよく白い腕が飛び出した。
『っ双樹!! 掴め!!』
「……っ、うん」
双樹の操る第七機は、確かにその手を掴んだ。
激しい水音と共に、花棺が引き上げられる。
眩い光に目を細め、現れた黄金の羽は、ぽつぽつと雫を落とした。
『生きていていいんだよ。双樹』
それは、双樹の中で何かが変わった瞬間だった。




