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第47話 「桃色の風」


 カーテンから零れる眩しい光。

 双樹は眠い目を擦りながら、ぼんやりと意識を起こした。


 「……そっか、ここ家じゃないや」


 西洋スタイルな室内に、少し大きなベッドと、まだ未開封な段ボールたち。

 ここは父の小さなアパートではない。


 「もうこんな時間か」


 携帯で確かめると、十一時半。

 布団を乱雑に剥いで、右足を床に下ろした。


 「っ!!……いってぇぇ……」


 着地のバランスを崩し、硬い床に背中を打った。


 「……はぁ」


 何だか、いつもの自分な気もする。

 ここでは鳥の声も聞こえない。




 「お、双樹おそよう。……なんだ、制服なんか着てこれから学校行くの? えらいね」


 階下のリビングへ向かうと、隣接するキッチンから藤が顔を出した。

 手元からは良い匂いが漂っている。


 「うん。もともと入学からバタバタしてたからこれ以上勉強で遅れたくないし」

 「……もしかして双樹って、頭良い?」

 「どうだろ。嫌いではないけど」

 「……そう言うのは決まって勉強が得意な奴なんだよ」


 藤と第三十二生命体を殲滅したのは二日前のことだ。

 鹿丹から東火宮に戻り、念のための検査やケアを含め忙しかった。

 昨夜もようやく寮に戻り気絶するように眠りについた。


 「冬夜は何作ってるの?」

 「簡単にだけど朝ご飯。俺もさっき起きたからさ。双樹もいる?」

 「いいの? 食べたい! 冬夜のご飯!」

 「ははっ、もちろん。時間は大丈夫?」

 「うん。水瀬さんには十二時半に迎えに来てほしいって伝えてあるから」


 双樹はスクールバッグを置いて、深みのあるブラウンの椅子を引く。

 ダイニングテーブルに置かれた花瓶には、瑞々しい黄色いバラが生けられていた。

 

 「そういえば他のパイロットはいないの?」

 「え? そういえば皆出払ってるかな。沙菜芽久は学校だし、伊南さんと桜庭さんは機関のどこかにいると思うよ。特に大人組はここにいても暇だから、機関内にある施設とかで過ごすことが多いかも」

 「へー、そうなんだ」

 「今度双樹も案内してあげるよ」

 「……あれ冬夜は? 大学、」


 藤は肩をぴくりと震わせた。


 「め、面倒くさくて……蓮さんには内緒な」

 「……どーしようかな」

 「双樹~!」

 「あははっ」


 登校で少しばかり憂鬱だった気持ちも明るくなる。

 藤が居れば慣れないこの場所でも落ち着くようだ。




 水瀬には校門から少し離れた場所で降ろしてもらい、まだ昼休みで騒がしい校舎を抜ける。


 教室へ入ればもう誰も双樹を見やしない。

 彼らは目新しいものに敏感な反面、飽きるのも早い。

 そして一度形成されたコミュニティはそう簡単には変わらないものだ。


 双樹は自分の席について、五時間目が始まるまで寝ようと机に突っ伏す。


 換気のために開けられた窓。

 まだ暖かい春の風が双樹の髪を揺らした。


 「夏宮くん」


 自分を呼ぶ声。

 顔を横にずらして目を開けると、短いスカートが映った。


 「……だれ」


 ゆっくりと体を起こす。


 肩口まで伸びたふわりとした髪、沢山の光を取り込む大きな瞳。

 にこりと微笑むとそのえくぼが印象的だった。


 「誰って、ひどいなぁ。ずっと隣の席なのに」


 彼女の前髪に付けられた桃色のヘアピンが、小さく光った。


 「私、長谷川(はせがわ)風香(ふうか)。覚えてね!」


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