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黒魔導士  作者: 紺野 睡蓮
第1章
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エピローグ

 石畳の廊下を、歩いていた。

 四方が頑丈な石造りで、外からの光は一切差し込まない。手に持っているランプと、等間隔で設置された松明だけが頼りだ。

 廊下の幅は数メートルほど。人がやっとすれ違える程度しかない狭さだ。

 時折、足元をネズミが這っていく。あまり良い衛生環境とはいえない。

 やがて前を歩いて先導していた憲兵が立ち止まる。そして鉄でできた頑丈そうな扉を開けると、無言のまま脇へ避けて背筋を伸ばした。

「ここから先は一人で行け」という合図だ。

 僕は一度息を整えると、ゆっくりと扉をくぐった。背後で扉が閉まる音が響き、周囲はさらに薄暗くなる。数メートル先すら闇に飲み込まれて見えない。

 左右には鉄格子が並び、向こう側には人の気配を感じる。だが、その気配には生気が欠けている。不気味で、背筋が寒くなる場所だ。

 そして僕は目的の場所まで辿り着くと、立ち止まり、鉄格子の方へ向く。

 手元のランプを鉄格子越しに掲げて、ぼんやりと暗闇を照らすと、奥から声が聞こえた。


「からかいにきたのか? ベルア」

 男が鉄格子の向こう側から、嘲笑うような声で話しかけられる。

 その声は洞窟のように反響する。

「そんなわけないでしょ。ここに入る許可もらうのは結構大変なんだよ」

「ああ、知っているよ。散々調べた」

 わけ隔てられた鉄格子は、たとえゲヌスの全力でもびくともしないし、魔法も防御壁が張られていて通用しない。脱出不可能な監獄だ。

 兄さんの腕は鎖に繋がれ、やつれた姿でこちらを見つめていた。

 だけどそれ以上に、爛れた火傷のあとが目立った。もう昔の兄さんの面影はない。

「あの時、俺に何をした? 限界以上に魔法を使った。助かるはずがない」

「魔導士の血液を打ち込んで内部がボロボロになった身体を直すために、ネユさんが研究して作った中和物質を打ち込んだ。あれが無かったら確実に死んでいたよ」

 血液投与によって、ゲヌスの身体が変化することが判明した後、ネユさんはメカニズムの解明と投与した者に対しての救済措置を、たった数日で完成させていたらしい。

 魔導士の血液を排他し、できる限り元のゲヌスの身体に戻せるような代物だという。

 目の下のクマを、更に深くして説明してくれた。

 もしかしたらこうなることも想定していたのかもしれない。あるいはただの探究心で作り上げただけかもしれないけれど。

「そいつにお前も魔導士にされたのか」

「うん。結果的にね。命を助けてもらったよ」

 一命を取り留めた後、兄さんは当然拘束され、このストラーグの外れにある拘置所に幽閉されることとなった。

 拘束されたときは、言葉一つも発さずに、抵抗することはなかった。僕の言葉にも何の反応も示さなかった。


「元気そうで良かったよ」

 顔を合わせるのは、それ以来、2週間ぶりだ。

 無事であることは聞いていたが、やはり一目会いたかった。

「その制服を見せびらかしに来たのか?」

 兄さんの鋭い視線が突き刺さる。

「うん。それもあるかな」

 僕は胸に刺繍されている国章に手をかざして小さく頷く。

「僕は僕のやり方で、魔導士たちにゲヌスを認めさせる。改めてそれを伝えに来た」

 その時、監視室からのベルが二度鳴った。立ち去る時間を知らせる合図だ。

「じゃあ、また来るよ」

 兄さんは何も話さない。指一つも動かさない。俯きがちで表情も分からなかった。

 僕は静かに、兄さんの牢獄を後にした。


「ベルアさん!」

 拘置所を出ると、声をかけられた。

 僕と同じく憲兵の制服に身を包んだ少女スゥスだ。外で待っていてくれたらしい。

 後方には馬車が待機している。

「乗ってください」

 僕はそれに乗り込んで一息つく。初めは戸惑っていたが、もうこの状況にも慣れてきた。

「用事は済みましたか」

「はい。あまり話してもらえませんでしたけれど」

 苦笑交じりに答えると、スゥスは微かに首を傾げた。

「彼はまだ『ヴェデリア』の調査協力にも口を割ってくれていないですからね。仕方ありませんよ」

 兄さんはきっと何も話さないだろう。

 どんな見返りがあっても、どんな拷問を受けても、絶対に話さない。そういう人だ。

「死罪にはならないでしょうか?」

「『ヴェデリア』のこともありますし、彼自身に利用価値があるうちは大丈夫でしょう」

 スゥスはそっけなく告げる。その言葉に、少しだけ胸を撫で下ろした。

「そう、ですよね」

 兄さんが捕まったからといって、『ヴェデリア』の脅威がなくなったわけではない。残党はまだ残っていて、活動を続けている。

 それと、血液。なぜ兄さんには魔導士の血液が適合したのか。これも調べる必要がある。貴重な研究対象だ。もちろん研究チームはネユさんを中心に結成されているらしいから、拷問や非人道的な実験は行われない。

 

「そういえばスゥスは、どうして迎えに来てくれたの?」

「仕事の依頼です。『ヴェデリア』の残党が市場には流通していない魔法道具を頒布しているという情報が入りました。また取引が行われるようです」

「場所と時間は?」

「今夜十時、西側の国境付近です」

「国境? それってもしかして……」

「ええ、隣国が絡んでいるようですね」

「久しぶりに魔力が回収できそうだ」

 ネユさんの護衛として働き始めたけれど、仕事としてはスゥスのサポートがメインだ。森の奥深くの家にいても何も起こらない。憲兵としての評価を上げるには、それが1番良い。

 当然、ネユさんも許可してくれているし、依頼をしてくる事もある。

 それにここ数日で、魔力のストックがほとんど無くなっていた。

 スゥスのスピードを再現しようと、訓練しているが、そう簡単にはいかない。どうやら僕には兄さんほどのセンスはないらしい。地道に修練を積む必要がありそうだ。

 僕は荷台の収納スペースを開く。そこから取りだした真っ黒のローブを、憲兵の制服の上から羽織った。以前、ネユさんからもらった研究着だ。

「またそれですか」

 スゥスが呆れたように言う。

「やっぱり闇に紛れるにはこれが一番良いんだ。それに気合い入るから」

 僕はそう言いながら、フードを目深に被った。

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