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黒魔導士  作者: 紺野 睡蓮
第1章
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6話-③ 決着

 次の瞬間には、地面を蹴り出し、一気に僕の懐まで入ってきた。

 その勢いのまま、拳を繰り出してくる。

「それじゃあ、お前は邪魔だな」

 バロセア港で対峙した時と同じだ。瞬きもできないほどの速さ。ゲヌスの身体能力を遥かに超えた動き……!

 普通なら対応できないだろう。

 だけど2回目で、それに想定していれば問題ない。

 僕は一歩後退し、兄さんの攻撃を躱す。そしてすれ違いざま、鋭い気息とともに、顔面にカウンターの拳を食らわせる。

「……っ!」

 兄さんは地面に叩きつけられながら弾き飛ばされ、瓦礫の山に衝突する。砂埃が舞って、瓦礫の山が崩れていく。

 瓦礫の山から立ち上がった兄さんは、鼻血を拭いながら驚愕したように僕を見つめていた。その視線には、対処されたことへの戸惑いと苛立ちが混ざっていた。

 僕は息を整えながら、兄さんを注視する。

「火魔法だろ? 反対方向に噴射させて推進力にしているんだ」

 僕は静かに言葉を投げかけた。

 たぶんスゥスが風魔法でやっていたことと同じだ。

 それをゲヌスの身体能力と組み合わせると驚異的なスピードになる。まるで瞬間移動したかのようだ。

 しかし魔法が使えるようになったとはいえ、付け焼き刃の状態。ネタが割れてしまえば、いくらでも対処はできる。

「スゥスに比べれば、ぜんぜん遅いよ」

 僕僕は兄さんの胸部に風魔法を纏わせた蹴りを放った。

「くっ……!」

 兄さんは再び瓦礫の山に激突し、崩れた石材に埋もれるように膝をついた。その顔には驚きと悔しさが浮かんでいる。

 僕が魔法を使えることは、すでにバレている。バロセア港のときに雷魔法を使った。だけど全ての属性を使えることは知らないはずだ。

「何なんだよ。お前は……」

「魔法を使えるようになった。兄さんとは違う方法だけどね」

 僕はそう告げながら一歩前に出る。

「それで……憲兵にまでなったのか」

「うん。だけど魔導士になるつもりはない。ゲヌスとして闘っていくつもりだ。いつか魔導士と共存できるように……」

 僕が言い終わる前に、兄さんは歯をギリッと噛んでがむしゃらに突っ込んでくる。火魔法を纏いながら体術のコンビネーションを繰り出してくる。その目には、理性を失ったかのような怒りが宿っていた。

 それを僕は風魔法でいなし続けていく。

 ずっと目の前で見てきた風魔法だ。見よう見まねで、まだスゥスほどではないけれど、実戦で通用するだけの技術は身についている。

 次第に兄さんの動きが鈍くなる。息は荒く、炎の威力も弱まってきている。

 火魔法の制御もできていない。

 まずい、もう兄さんの身体は限界に近い……。

「魔導士の血液を投与したんでしょ?」

「……だからどうした」

「そんな状態で戦うのは無茶だ、降伏してくれ」

 僕は声を張り上げた。

「ふざけるなっ!」

 激昂とは裏腹に、兄さんの炎の威力が弱まっていく。

 魔導士の血を注入して生きているのは偶々だ。まともに戦える筈がない。

「今ならまだ救えるんだ!」

「俺には魔導士への復讐心しか残されていない……!  奴等の滅亡だけが俺を救うんだ!」

「……っ!!」

 兄さんの言葉が、ズキズキと心臓に刺さってくる。

 震えが止まらない。呼吸が苦しくなってくる。何とかして兄さんを止めないと。

 特大の風魔法を集約させて、兄さんを吹き飛ばす。

 それでも兄さんは立ち上がってくる。僕の魔力も、あまり残されていない。

「もう立たないでくれ!」

「…………」

 しかし、兄さんは無言のまま立ち上がり、その体を炎で包む。蠢きながら膨らんでいく炎は、即座に僕を包み込むほどの大きさになった。

「……まだ終わらせるわけにはいかないんだよ!」

 震える手を前に突き出し、残された魔力を絞り出すように炎魔法を放つ。

「うおぉぉぉ!」

 兄さんの咆哮が響き渡り、炎の塊が一気に僕に迫ってくる。

「くっ……!」

 僕も全力で炎をぶつけ返した。

 僕らの中央で炎たちが衝突すると、轟音が鳴り響く。そして僕の炎が兄さんのものを押し返し始める。

 兄さんの体はそのまま後方へと弾き飛ばされ、炎が彼を飲み込むように爆発した。辺り一面に炎が広がり、あっという間に火の海となった。

「はぁ……はぁ……」

 僕は茫然とその様子を見つめる。すると燃え盛る炎の中から、黒く焦げた人影が這い出てくる。

「兄さん……!」

 同じ炎魔法でダメージは少ないとはいえ、もうふらふらで満身創痍だ。

 全身が焼けただれ、立っていることがやっとの状態だった。口から黒い煙が溢れている。

 力尽きるのも時間の問題だ。

「魔法の威力が落ちているよ。もう限界だろ」

 兄さんが使っている魔法は、血液投与によって使えるようになったものだ。もともと魔力量に限界がある。僕と同じように自力での回復ができない。

 僕の場合は魔力を譲渡してもらうことができるが、兄さんにはそれもできない。

 しかも不完全ゆえに、連続して使うと身体が炎に蝕まれて、熱くなる。

 煙が出ているのはそのせいだ。

 兄さんはたまたま運よく生かされただけ。

 ただ減り続けるだけの魔力を使い切ったら……。

「憔悴して、死んじゃうぞ!」

「……それでいいんだ」

 彼は視線を王城の方向に向けた。

 兄は虚な目で呟く。

「ここからでも……十分に届くだろう。魔導士どもに……この恨みを伝えられる」

 兄さんはそう言うと、震える手で炎をさらに集め始めた。その炎は、まるで彼自身を燃料として吸い上げるようにどんどん膨らんでいく。

「兄さん……!」

 震える声で呼びかけるも、兄さんの炎はなお激しさを増していく。

「この命をもって……復讐を完遂する!」

 迂闊に手出しできない。

 兄さんが纏う炎は、先ほどまでの魔法とは比べものにならないほど膨れ上がっていた。全てを賭けた一撃だ。もう後のことなど考えていないのだろう。

 手をこまねいていると、兄さんの周りを纏っている炎がどんどんと大きくなる。兄さん自身が見えなくなってしまうほどだ。熱波が瓦礫を震わせた。その熱は、遠くにいる僕ですら肌が焼けるように感じる。

 僕のオーバーヒートとは、次元が違う。

 これはセウル地区どころじゃない。

 本当に第一都市の王城まで届く大きな炎になっている。

 この大きさを止めるには、打ち消すには水魔法に頼るべきか?

 いや、ただ放射するだけでは四方への爆発は抑えきれない。

 それに兄さんの体を爆発から完全に抑え込まなければ意味がない。

「どうすれば……助けられる……?」

 喉がカラカラに渇いていく。兄さんの命が燃え尽きるまで残された時間はほとんどない。このままでは跡形もなく消えてしまう。

 

 咄嗟に僕が拳を握りしめた瞬間、水魔法が反応する。真上に数十メートルもの巨大な水の球体が浮かび上がった。

「うおおぉぉぉお!」

 僕の真上に数十メートルの大きさで浮かび上がる。

 僕がバロセア港で憲兵のちょび髭にくらった技。この状況にうってつけだ。

「……くっ!!」

 少しでも力を緩めると、水が形を保てなくなってしまう。ぐにょんぐにょんとねじ曲がりながらも、なんとか形を保つ。思っていたよりも難しい。魔力を放出するごとに、どんどんと球体が膨らんでいく。

 あのちょび髭は不意打ちだったから倒せたけれど、かなりの実力者だったらしい。

 歯を食いしばって、決死で水の放散を抑える。

 ついに兄さんの炎を覆えるほどの大きさに達した。

「行けえぇぇぇっ!」

 僕は水の球体を思い切り兄さんの方へ投射する。

 そして兄さんの炎と衝突し、耳をつんざくような蒸気音が鳴り響く。

 水の球体は勢いに乗ったまま兄さんの身体を包み込む。

 徐々に炎の威力も弱まってきた。爆発は抑えられているようだ。手足を激しく動かして、もがき苦しんでいる様子が視認出来る。

 

 そして次の瞬間……。

 爆発音と友に、一気に立ち上る水蒸気が視界を覆い尽くし、周囲は真っ白な霧に包まれた。

「……っ!?」

 僕の身体は凄まじい威力に弾き飛ばされた。魔法のコントロールを忘れ、その衝撃で僕の身体は宙を舞う。地面に叩きつけられると、右腕に痺れるような痛みが走った。

 何とか立ち上がると、一帯には飛び散った水の球体が、雨のように降り注いでいた。

 魔法を使いすぎたせいで全身が鉛のように重い。それでも休む暇はない。

「……はぁ……はぁ」

 ど、どうなった?

 僕は風魔法を使って霧を吹き飛ばす。視界が徐々に開けると、瓦礫の上に倒れ込む人影が見えた。

「兄さん!?」

 ふらふらと駆け寄り、声をかけるが、反応がない。

 呼吸は微かにしている。だけどギリギリだ。僕は躊躇しながらも、溶岩のように黒く固くなっている皮膚に触れる。指先にも細かい粒子がこびりついた。僕は愕然として凍り付く。

 テロに巻き込まれたときの僕か、あるいはそれ以上に危機的な状況だろう。

 もう人相すらも分からないほどだ。魔力も残っていない。

「……まだだ! まだ助けられる!」

 軍服の胸ポケットに手を伸ばす。そこにはネユさんから託された小さなケースが入っていた。

 震える手でケースを開けると、中には小さな注射器が入っていた。

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