6話-② お気に入りの場所
セウル地区は恐ろしいくらい静まり返っていた。住民たちはまだ避難していて、人の気配はない。空気が瓦礫に阻まれながらうねり、やけに冷たい風が頬を撫でる。
僕は連なっている瓦礫の山を横目に、ゆっくりと歩いていた。
瓦礫の様子は、スゥスと共に潜入したときと、それほど変わっていないように見えた。
「これが再興か……?」
苦々しい気持ちが胸を刺す。
セウル地区を規制区域にしていた憲兵たちはゲヌスに対して早期の再興を言い立てていたが、まったく進んでいないようだ。まさか瓦礫を集めていくつかの山を形成するだけのことを、再興とは思っていないだろう。
そもそも誰も憲兵の言葉を信じてはいなかったのだろう。その証拠に『ヴェデリア』が解体された後も、憲兵に刃向かっているゲヌスの勢力は拡大し続けているらしい。
僕が『ヴェデリア』を解体に追い込んだのは間違っていたのだろうか。魔導士とゲヌスの溝は縮まったわけではない。むしろこの一件で更に拡大したともいえる。
そんな2種族の架け橋に、僕なんかがなれるのだろうか。ゲヌスが抱く鬱憤を解消できるだろうか。魔導士の傍若無人な振る舞いを無くすことができるだろうか。
「……」
あぁ、やっぱ深く考えるのには向いていなさそうだ。
僕はあたまのなかのごちゃごちゃを振り払って、それからはただ前を向いて、歩みを進める。
しばらく歩くと周囲のなかでもっとも高い瓦礫の山の上に、人影を見つけた。
正確ではないが、もともと住んでいた家があった場所だ。そこから遠くに見える王城の景色に懐かしさを覚える。家の屋上から見ていた思い出と重なる。
その人影は何もせず、だらんと、ただ立って奥に見える第一都市・ストラーグを眺めている。
ふと、心底でどろどろとした憎悪が湧き出てくる。
僕はそれを押し殺すように、一つ息を吐いて、その人影に近づいていく。
「兄さん……」
僕は静かに声をかけた。
「やあ、ベルアか」
兄さんが振り返る。その顔には、見覚えのある笑顔が浮かんでいた。けれど、それは以前の温かい兄さんのものではなかった。不気味な張り付き笑い。そこには、かつての兄さんを思い出させる温もりは微塵もない。
「お気に入りの場所、か」
「……」
僕が返事をする間もなく、兄さんは王城を眺めながら呟いた。
「最期に、この景色を見ておきたかった。すべてを壊したくなる。そうだろ?」
しかし兄さんは僕に返事を考える時間さえ与えず、諦観のため息を吐く。
「いや、お前はそうは思わないんだったな」
兄さんは僕の顔をじっと見つめる。ひどく喉が乾いて、言葉を発するのに躊躇いが生じた。
「なんだ? そのヘンテコな格好は……」
兄さんは憲兵の制服に身を包んだ僕を見て、皮肉混じりに呟いた。
今まで来ていた予備品じゃ無い。
正真正銘、支給された僕の制服だ。スゥスのように勲章は1つも付いていないけれど。
「スパイ工作なら歓迎するぞ」
兄さんの口角が少しだけ上がった。それが余裕なのか、怒りなのか判別がつかない。
「1人でも、まだテロを起こすつもり?」
「あぁ」
兄さんは短く頷いた。
「これまでのゲヌスへの仕打ちを、魔導士にも味合わせる」
「そんなことをしても、何も解決しないよ」
「解決なんか求めてない」
「どちらかが滅びるまでいがみ合うの?」
「魔導士を滅ぼすために、お前の協力がいるんだ」
「……断るよ。僕は誰も殺したくは無い」
僕が言葉を発すると、水を打ったかのような静寂に包まれた。自分の鼓動がやけに煩くて、全身が震えていた。
兄さんは見定めるように、僕のことを睨んでくる。
「……相変わらず反吐が出る綺麗事だ」
兄さんの声には失望が滲んでいた。
「そんなつもりはない。ただ魔導士にゲヌスのことを受け入れてもらうように努力する。そうして戦ってきた人達がいるから」
まだ僕はネユさんやスゥスを手伝うことしかできない。
ただの請け売りだ。
法律を提言することも、憲兵としての権力を行使することもできない。
だけどそれがネユさんやスゥスが積み上げてきた、どちらの種族も血を流さないための努力だ。こんなところでそれを断つわけにはいかない。
「呑気な空想論だな。ガッカリしたよ」
「いや、それが僕の見つけた答だ。だから僕はこの場で兄さんを止める」
もう兄さんの表情は消失していた。
「……そうか。残念だ」




