5話-⑤ 謁見
「なんかいつものヤツと違いますね」
馬車に乗り込んだ僕は感嘆の声を上げた。
普段から雑に乗り回している馬車も厳格な雰囲気を漂わせているが、今日のものはさらに一味違う。
窓はミラーガラスになっていて、その上からレースが施されたカーテンが掛かっている。外からは荷台の中の様子が確認できないようになっている。そのせいで光が入り込まないから薄暗い。それに内側も外側も金銀の装飾が多く、重厚なイメージだ。
一番の違いは前を走る馬の数が多いことだろう。普段は2頭だが、今日は倍の4頭だ。おそらく荷台に防衛設備が取り付けられているためだ。飾りがやけに多いのも、それをカモフラージュするため。
それもそのはず。今乗っている馬車は王城に向かうため専用のものだ。そして王城に会いに行く人物と言えば1人しか居ない。
僕は高級そうなソファに深く沈み込む。
「どうしてこんなことに……」
ネユさんの提案だったからある程度の事は覚悟していたが、まさかその日のうちにこんなことになるとは思わなかった。
「いやぁ、凄いことですよ」
対面に座っているネユさんが、ほんわかと微笑む。
「それはそうですけど……」
スゥスの話を聞いて、僕は憲兵になる提案を受け入れた。自分自身ができることをしようと決意したのだ。するとネユさんはその日のうちに王城に向かうと言い出した。
「まさかいきなり国王に会うことになるなんて」
僕はがっくりとうなだれる。
憲兵とは国に従える兵士。故に国王が直々に任命する、というのが憲兵の入隊式での慣例だという。
今回は僕のためだけに、その慣例が行われるらしい。たった一人のために国王が時間を割くなんて、前代未聞だ。
「今回は特例と言うことなので、仕方ありませんよ。私の時もそうでしたし」
ネユさんの隣に座るスゥスも、落ち着いたトーンで話す。
国王と謁見することの凄さは、一端のゲヌスである僕でもよく分かっているつもりだ。
魔導士であっても目にすることができたら名誉とされる存在。近隣諸国との緊張関係も相まって、なかなか表に出てこない人だ。どんな姿で、どんな人なのか、まったく知らない。
「ちなみにゲヌスが国王に謁見したことはあるんですか?」
「さあ、私の知る限りはないですね」
「や、やっぱりそうですよね」
俄然、緊張が増してきた。国王には畏敬も何もないが、下手なことをすれば首が飛びかねない。
「謁見って何をしていればいいんですか?」
「儀式みたいなものなので、礼儀正しくしてたらいいと思いますよ」
「そういうのあんまり分からないんですけど」
礼儀作法なんて習ったことがないし、畏まった雰囲気は苦手だ。そういう現場に立ち会った経験もない。
「ネユが礼儀正しくしているところなんて見たことがないんですけど」
隣でスゥスが眉間に皺を寄せてネユさんを睨む。
「私は堅苦しいのは好きじゃないですから」
ネユさんはヘラヘラとしながら話す。なんかイメージ通りだ。なんだったらネユさんが問題を起こす可可能性のほうが高い気がしてきた。
するとネユさんが頬を膨らませて、むっとした様子で言い返す。
「そんなこと言ったらスゥスもダメダメじゃないですか~」
「え? 刃先を向けなければセーフですよね?」
「……」
ヤバい。
よく考えたら、このパーティの社会性はほぼゼロじゃないか?
もうなんか平穏無事に謁見が終わる気がしない。
そんなことを考えていると、馬車の荷台が段差を乗り越えるように大きく揺れる。どうやら城門をくぐったようだ。
王城に到着したらしい。
帰りも無事にこの城門をくぐれるだろうか。
僕は物憂げに息を吐いた。
間近で見る城は、堂々とそびえ立ち、壮麗な姿を誇っていた。遠くから眺めた時はわからなかったが、城壁は精巧に切り取られた石材がきっちりと並べられている。
僕らを乗せた馬車は、広大な庭園の一角にあった馬車止めに止まる。
荷台を降りると、庭園の中央にある立派な噴水が目に飛び込んできた。人を模った中央の像から水飛沫があがっている。
庭園の至る所に近衛兵たちが姿勢を正して見張りをしていて、ただならぬ緊張感が漂っていた。
「なんか息が詰まりそうですね」
僕は控えめに、そっと呟く。
「そうですねぇ。堅苦しい雰囲気は苦手です」
一方のネユさんはあくびをしながら、荷台を降りる。
堅固そうな正面の扉は背丈の何倍もある大きさで、横に立っていた近衛兵が2人がかりで押して、ゆっくりと開いていく。
「じゃあ行きましょうか」
スゥスはそう言うと、先頭に立って歩き始めた。僕らもそれに続く。
城内に足を踏み入れると、中には立派な大広間が広がっていた。高い天井と壮大な柱で装飾され、壁にはタペストリーや絵画が飾られていた。
あまりに広すぎて、まるで屋外にいるかのような開放感がある。
尻込みしながらも長い廊下を進み、階段を上り下りする。1人で来たら絶対に迷っているだろう。かなり入り組んだ造りだ。その方が防衛するときに都合がいいのだろう。
そしてしばらく歩いていくと目の前には、再び巨大な扉が現れた。
もともと巨人が住み着いていたのかと思うほどに、全てが大きい。なんでも大きくないと気が済まないのだろうか。
「ネユ・シュタウリン御一行、ご到着です」
扉の横で佇んでいた近衛兵が声を張ると、目の前の扉がゆっくりと開いていく。
はぁ、いよいよか……。
僕は心の中で呟きながら、固唾を呑んで、開いていく扉の先を見つめる。
目の前に現れた謁見の場所は、城内の中でも一段と壮麗な空間だった。大理石の床には、紅色の絨毯が敷かれ、壁には豪華な装飾が施されていた。
目を部屋の奥へと向けると、高い台座の上に王座が鎮座していた。そこに座る人物が遠すぎてどんな人かまではよくわからないけれど、おそらく王様だろう。
その周りには宮廷の重臣たちが整然と並んでいた。彼らはまるで彫刻のように動かず、ただこちらを冷たく見据えている。
ネユさんとスゥスは臆することなく、中へと入っていく。僕も慌ててそれに続いた。
見定められているのだろうか。
できるだけ彼らを視界に入れないように、少し俯いて歩く。20人ほどいるだろうか。ここにいるということはおそらく大物なのだろう。想像以上に大ごとになってしまっているようだ。
謁見の間はしんと静寂に包まれていて、僕らの足跡だけが響く。ただでさえ長いのに、こんなに見られたらより長く感じてしまう。
やがて2人が立ち止まり、ひざまずく。僕もそれに倣って、同じ姿勢をとった。場の空気は凍てつくほどの静寂に包まれている。誰1人、音を発しない。
そんな息が詰まるような静寂を破ったのは甲高い声だった。
「其方がベルア・サーペントか」
「え」
予想だにしない声質に、思わず返事も忘れて顔を上げた。
目の前には一段高くなった王座があって、一番上には金箔で装飾された王冠が輝いていた。脚や肘置きも豪華な装飾が施されていて、背もたれも繻子になっている。見たことがないくらいに豪華な椅子だ。
しかしその王座に座っていたのは、予想と反して精悍な大男でも、瀟洒な女帝でも、ましてや品格が漂う老人でもない。
顔立ちの整った美男子ではあるけれど、どう見ても幼い子どもだった。
場違いに思える少年の登場に、思わずたじろぐ。
しかし、ただの少年でないことはすぐに判った。鋭い眼光がこちらを射抜くように見据え、幼さを感じさせない堂々たる姿勢で玉座に座っている。
「久しいな、シュタウリンよ」
玉座に腰掛ける少年は、ネユさんに目を向けると広い謁見の間に響き渡るほどの明瞭な声で告げる。
凜々しい顔つきと自信たっぷりの笑み。何より吸い込まれそうなほど求心力がある瞳。疑うまでもなく、目の前の少年が王様であることを納得させられた。
一目見ただけで、ひしひしと伝わってくる。オーラというやつだろうか。こんなことは初めてだ。
「お久しぶりです~」
ネユさんは、この場に似つかわしくない力の抜けた挨拶をする。その緊張感の欠けた口調に、内心ヒヤリとしつつも、少しだけ肩の力が抜けた。
「いきなり予に約束を取り付けるなんぞ、相変わらず奔放だな。其方でなければ突っぱねているぞ」
王は苦笑しながらも、どこか楽しげな口調だ。
「いやぁ、いつもすいませんねえ」
王様に対しても、奔放なスケジュールを押しつけているのか。呆れを通り越して、もはや感心してしまう。
「構わん。テロ組織の壊滅、そしてスパイの摘発。今回の騒動については、予からも礼を言いたかったところだ」
王様はスゥスと僕に目を向ける。まるで陽の光を浴びたときのように、自然と視線を背けてしまった。
「片手間に解決しただけですよ」
スゥスはゴミを捨てるときのような、素っ気ない言い方をする。
「フハハ、流石だな!」
王を前にこの態度はまずいだろうと思ったが、むしろ目を輝かせて高笑いした。どうやらこの王は、そのような無礼を許容する器の持ち主らしい。まるで友人のように慣れきっている様子だ。
「他の憲兵に奴らにも見習ってほしいものだ、なぁ」
少年は隣で姿勢を正している女性に呼びかけた。憲兵の制服を着ているから、重臣というよりスゥスと同じような護衛だろう。歳は30代半ばくらいだろうか。スラリと背が高く、澄まして控えている。花のように上品で美しい。
王様の護衛だとすれば、腕が立つに違いない。
そんな女性が僕らの方を一瞥して、口を開く。
「彼女たちは自由なだけで、規律と責任がありませんから」
女性は事務的な口ぶりで、それ以上は何も言わなかったが、明らかに挑発的な物言いだ。
どうやらあまりよく思われていないらしい。
スゥスたちが自由なのはともかく、他の憲兵たちに規律と責任があるとは思えないけれど。
こんなところで反論しても仕方ないので、僕は口をつぐむ。
「功績があれば自由でも構わん。新たな憲兵の任命も認めよう」
「ありがとうございます」
ネユさんが軽やかにお礼を言う。
「しばらくは専任でシュタウリンの護衛をするのだろう?」
「ええ、そのつもりですよ」
「もともと護衛が1人だけというのが異例であったし、ちょうど良いな」
その言葉に、僕は少しだけホッとした。これでスゥスの負担が軽減されるなら、悪い話ではない。
というか、やはり護衛はもっと多いものなのか。ネユさんはそういうのは好まなそうだけど。
「シュタウリンの護衛ともなれば、すぐに昇格するであろうな」
「そうですねぇ」
何故だかネユさんと王様のフィーリングが合うらしく、話し込んでいる。
とにかく波風を立たせることなく、謁見を終えることができそうだ。
僕がホッと一息ついた、そのときだった。
「どうでしょうね」
突然、冷ややかな声が割り込む。
口を挟んできたのは、先ほどの女性憲兵だった。その目には、明確な敵意が込められている。
「憲兵とは魔導士の中でも選び抜かれたエリート集団。素性の知れぬただの子どもに、憲兵が務まるとは思えませんが……」
静かな口調だったが、明らかに小馬鹿にしたような口調だ。
多分、憲兵の上位階級にいる者たちからすれば、僕の存在など不愉快そのものなのだろう。特例という言葉だけで片付けられるほど簡単な話ではないのだ。
「報告書によると、構成員の1人を取り逃しているようですし……」
その言葉にスゥスが一歩前に出た。
「あなた方はそもそも何もしていないですけどね」
冷たい口調で皮肉を込める。
女性憲兵は眉を吊り上げ、目尻に険を宿す。
「何ですって?」
スゥスは無表情を崩さず、続ける。
「ヴェデリア壊滅の功績は、私たちだけで上げたものです。構成員を取り逃したのは、単にこちらに余力がなかっただけ。貴女方のような安全な場所で報告書を読むだけの人々には、到底理解できないでしょうけど」
その冷淡な指摘に、女性憲兵の頬が引きつる。
すると女性憲兵は静かに腰の辺りに手をかけた。反射的に身震いがする。
「此奴に指導されて、まともな憲兵になれるわけがない。半端な覚悟で入隊すれば、すぐに命を落としますよ」
次の瞬間、だった。
瞬きする間に、彼女の姿が一瞬にして消え、僕の目の前に現れる。まるで瞬間移動。遅れて突風が吹き抜け、目線の端から何かが迫ってきていた。
スゥスと同じだ!
僕は地面を蹴って後退する。スゥスとの訓練をしていなかったら、多分避けられなかっただろう。
それと同時に女性に向かって、掌を突き出した。
これはもう条件反射。トラウマによる不可抗力だ。
気づいた時には、もう止めることができないところまで、身体が動いていた。
腕に熱が帯びるのを感じる。
「あっ」
轟音が謁見の間を揺るがすことなど、かつてあっただろうか。
僕の掌から放たれた火球は、女性の頬を掠めると、そのまま壁に飾られていた高級そうな絵画に直撃した。




