5話-② 勧誘
「そういえばベルアさんにお話しすることがありました」
朝食を食べ終えて、紅茶とおやつで一息ついたところで、ネユさんが口を開いた。
なんだかデジャヴだ。前にもこんなことがあった気がする。それなら、もっと早く話してほしいところだ。
「まずは『ヴェデリア』についてです。ベルアさんとスゥスのおかげで、彼らは壊滅状態といっていいでしょう」
「制圧したのは、ほとんどスゥスですけどね」
僕は肩をすくめながら苦笑する。
「残党が残ってはいますが、中枢の構成員を失った今、ほとんど機能はしていません。ストラーグの牢舎に入っていたゲヌスは郊外に移送されましたし、押収した血液も処分されました。これでテロの再発は防げるでしょう」
「どうしてセウル地区を襲ったかは分からないんですか?」
僕の問いに、ネユさんは少しだけ表情を曇らせた。
「誰も口を割らないみたいです。スパイのロッシュはもちろん、『ヴェデリア』の構成員たちに至っては何も知らないと主張しています」
「なるほど」
そう言われると、たしかに『ヴェデリア』の多くは、普通の市民や労働者のように見えた。過激な活動に参加している割には、戦闘に慣れているわけでもなかった。それほど口が固いとは思えない。
「テロ組織が全員に情報を共有するわけがありませんし、構成員たちが知らないのも無理はないですね」
僕は納得して頷いた。
「目立った動きがないのはいいことですが、同時にベルアさんのお兄さんの足取りもまったく分からない状況です」
「そう、ですか」
声を落としながら、僕は頬を指でなぞった。
僕とスゥスが乗り込んだ『ヴェデリア」のアジトには兄さんが居なかった。
バロセア港で僕と遭遇したから、近いうちに僕がアジトに辿り着くと思っていたのかもしれない。
兄さんは魔導士の血液を投与している。そして上手く血液が適合し、魔法が使えるようになった。ネユさんの研究結果では、寿命は数週間だ。
兄さんがいつ血液を投与したのか定かではないが、もしセウル地区のテロのときであるならば、残り数日の命ということになる。
「寿命を迎えたら、爆発するんですか?」
「いえ、体細胞組織が形を保持できなくなって、全身がドロドロと崩壊していきます。そしてそのまま静かに朽ち果てるだけです」
「……っ!」
「もともと他人の血液が混入している不安定な状態ですからね」
想像を絶する最期に、思わず顔をしかめた。
あるいはもしかしたら、兄さんはもう……。
「どうにかして居場所を突き止める方法はないですか?」
絞り出すようにそう尋ねる。
「望みはあり……」
「だから『ヴェデリア』のアジトの調査ということですか」
ネユさんの言葉を遮って、後ろからスゥスの怒声が聞こえる。
初日とまったく同じ流れだ。再放送か?
「どうして約束の時間が守れないんですか」
「いやぁ、スゥスが時間ぴったり過ぎるんですよ」
「めちゃくちゃな屁理屈を言わないでください」
スゥスがため息混じりに呟く。
それからスゥスは僕の方に向き直った。
「そういうわけでアジトに向かいましょう。もしかしたら何か痕跡が残っているかも知れませんから」
「分かったよ」
僕は苦笑しながら頷くと、しゅんとしているネユさんの方を一瞥する。
「行ってきますね、ネユさん」
「ええ、気をつけてくださいね。何かあれば無線機で連絡を」
ネユさんの言葉を背に、僕はスゥスに続いてアジトへ向かう支度を始めた。
ドラゴンの巣跡、つまり『ヴェデリア』のアジトとなっていた場所は、僕らが争った生々しい痕跡がそのまま残されていた。焦げた岩肌や散乱した道具類が、この場所で起きた戦闘を物語っている。
「憲兵の調査はまだ行われていないんですね」
「スパイがいると分かった以上は、うかつに要請することはできませんから」
「……たしかにそうですね」
「これだけ広い場所ですし、手分けして調査しましょう。まだ『ヴェデリア』の残党が潜伏している可能性もあるので気をつけてください」
スゥスは周囲を見回しながら、ナイフを器用にくるりと回してから収めた。
「分かりました」
そうして、僕とスゥスは二手に分かれる事にした。
前回来た時は暗くて詳細までは判らなかったが、昼間の光に照らされたアジトはかなり広く感じる。街一つがすっぽりと入ってしまうだろう。
ドラゴンが群れを成して暮らしていたのだから当然か。しかも岩壁には無数の洞穴が空いている。
この一つ一つを調査するのは、かなり骨が折れそうだ。
僕は岩壁を登りながら、順番に穴の様子を確認する。人が生活するための空間じゃないから、通路が整備されているわけではない。よじ登るにはある程度の運動神経が必要だ。
「これは手間がかかりそうだな……」
洞穴の奥を見るとドラゴンがすっぽり入るほどの大きさだった。
そして床には焚き火跡、動物の骨や敷き藁が置かれている。人がここで生活していた痕跡もあるが、『ヴェデリア』に繋がる手がかりは見当たらない。
調査する洞穴の数がちょうど10箇所目になったときだった。
足を踏み入れた瞬間、違和感を覚えた。
冷たい風が洞穴の奥から吹き込み、奥で黒い何かが風になびいた。僕は身体の動きを止めて、その方向をじっと見つめる。
物ではない、人だ。
姿は闇に溶け込んで見えないが、確実にこちらの存在には気づいている。しかし何の動きも見せずにジッとしている。
僕は息を吐きながら、ゆっくりと右手に力を込める。火魔法を使って、辺りを照らすためだ。
腕に熱が籠り始め、いざ放出しようとした時、ボゥッという音とともに、火が灯り、洞穴が赤い光に包まれた。
暗闇に浮かび上がった顔に、息を呑んだ。
「……に、兄さん」
「よぉ、ベルア」
声を聞いた瞬間、足元が崩れるような感覚に襲われた。尻餅をつきそうだったがなんとか持ち堪えた。
自らの手から放出されている火が、兄さんの顔を照らしている。どこか疲れたような、しかし昔と変わらない瞳。影がその表情を曖昧にし、不気味さと懐かしさが入り混じる。
「元気そうだな」
「……どうしてこんなところに?」
震える声で問い返すと、兄さんは片方の肩を軽くすくめた。
「ここに来ると思った。ロッシュのときでもよかったが、ゆっくり話せなさそうだったからな」
「何が目的なの?」
「そんなに構えるなよ。また会えて嬉しいよ」
兄さんは静かに言葉を続ける。その声には懐かしい響きがあったが、それ以上に感じたことのない不気味な異物感が背筋を這い上がってきた。
「テロで死んだと思っていたからな」
僕が何も言えずにいると、兄さんは洞穴の奥へと視線を向けながら、ポツリと呟いた。
「まさかアジトの場所まで暴かれるとは思わなかった。優秀なお仲間がいるようだな。お陰で計画は台無しだよ」
「計画って?」
「王都へのテロ、そして国家の転覆だよ」
全身の鳥肌が立った。
理解はしていたはずなのに、兄さんの口からその言葉を聞くのは、想像以上の衝撃だった。
「その計画には兄さんも関わっているってこと?」
「もちろん」
兄さんはあっさりと認めた。それから首を傾げて、試すような目で僕を見てくる。
「だったらどうする?」
「……ここで捕まえるよ」
僕は拳を握り、構えを取った。胸の奥で不快なほど早まる動悸を抑えるために、小さく息を吐く。
ここは洞穴の中。逃げ場はない。スゥスは離れているが、この場で兄さんを捕らえるのは十分可能だ。
「まぁ落ち着け。言っただろ。話し合いをしに来たんだ」
「……話し合い?」
「ベルア、俺の計画を手伝ってくれないか?」
想像だにしなかった提案に、身が震えるほどの恐怖と不安に襲われる。
兄さんに加担するということは、テロ行為に手を貸すということだ。
「……断るよ」
僕は構えを解くことなく、きっぱりと応える。
セウル地区での出来事を再び起こすわけにはいかない。
初めは生まれ育った街が焦土になった原因を追おうとしただけだった。『ヴェデリア』のことを知って自分で捕らえなければ、気が済みそうになかった。
兄さんが関わっていることが判った今は尚更止めなければならない。例えそのターゲットが魔導士の街であっても、国王であっても同じことだ。
「まぁ話を聞けよ」
兄さんは壁にもたれかかったまま、リラックスした状態で話す。その落ち着きは、不気味なほど冷静で、どこか薄ら寒い。
「この国でのゲヌスの立場は最悪だ。建前では奴隷制が無いが扱いは奴隷と変わらない。数年働いて実感した。魔導士はゲヌスのことを人とすら思っていない」
「だからってテロなんて……」
僕は反射的に声を上げたが、兄さんの視線が鋭く突き刺さり、言葉が詰まる。
「自分が正義だなんて思っていない。ただより大きな巨悪を打ち砕きたいだけだ」
兄さんは顔のあざに手をかざす。
「お前にはわかるか? 魔導士共が薄ら笑いで身体を改造してくる恐怖が、痛みが……」
「……っ!」
兄さんの静かな凄みに気圧されて、言葉がでなくなる。
「あんなものは労働とは程遠い、ただの拷問だ。仲間たちは自我を失い、もがき苦しんで血を吐いて、死んでいった。魔導士共は汚い、と罵って俺に死体を片付けさせた。そして次の日には、何もなかったかのように別のゲヌスが運ばれてくる。ただの消耗品だ」
兄さんは声を震わせながら語る。
やはり兄さんもベルメニルで人体実験を受けていたらしい。ベルメニルで襲ってきたゲヌスのように、身体が変形して、自我を忘れるかもしれない恐怖と戦っていたのだ。
想像を絶する痛みにも耐えてきた。
想像しただけで、血の気が引いて身凍える。
僕には一切そんな素振りを見せることはなかったのに。
「これはただ理想の世界を作るためだけじゃない。復讐なんだ」
兄さんを照らす炎が、ちらちらと揺れる。
「俺だけじゃない。強制労働させられて、不味い飯を食わされ、医療も教育もまともに受けられない。何百年も前からゲヌスは虐げられてきた。存在を否定され、尊厳を踏み躙られてきた。それを変えたいんだよ」
「……じゃあ、セウル地区のテロは何のためだったんだ?」
僕は遠慮がちに、兄さんの目を見つめる。
「王都のテロ襲撃の成功確率を上げるためだ。魔導士への不信感を高めて『ヴェデリア』の構成員増やす。それから王都の警備を外からの侵入に備えた陣形にさせるためだ。牢舎を解放する計画の布石としてな」
「それだけのために父さんも、母さんも……」
怒りと悲しみが入り交じり、歯を食いしばる。
「言っただろ? 正義だなんて思っていない。これは復讐だ。その為ならロッシュとでも手を組む。生まれ変わる新しい世界に、息子への拷問を見て見ぬ振りして魔導士に従う奴らなんていらないんだ」
「……っ!?」
「必要なのは、復讐の炎に身を焦げ尽くされたテロリストだけだ」
兄さんは目を虚にさせながら、捲し立てる。
以前の兄さんの姿は何処にもない。理性も何もない。もう僕の声なんて届きそうになかった。
「どうやったのかは知らないが、お前も魔法を使えるようになったらしいな。助けたのは魔導士か? 魔導士どもが善良だと思い込むのは、所詮幻想だ。いつかお前も裏切られる」
「違う! 僕は僕の意志でここにいる」
「どうして奴等を善良だと思い込んでいるんだ? そいつらも所詮は魔導士だ。これまでもずっとそうだった。これからも変わらない。いずれ反故にされる。心の奥底でお前を蔑んでいる。何故かわかるか?」
「…………」
心臓が耳元にあるかのようにバクバクと音を鳴らす。
恐怖とも悲しみともつかない感情が胸につっかえて戦慄する。
「……奴等は魔導士だからだ」
兄さんが拳を握ると、手元の炎が息絶えるように消える。辺りは真っ暗になった。
「俺を止めることが本当に正しいのか? お前は何に突き動かされている? 目の前の小さな綺麗事か? ゲヌスは今のままでいいのか?」
兄さんは低い声で問いかけた。その問いに、僕は一瞬でも答えを見つけることができなかった。
「もう一度言う。俺に協力しろ。俺の命は僅かだ。自分でも分かっている。俺はお前にすべてを託したいと思ってるんだ。明日の夜、お気に入りの場所で答えを聞こう」
兄さんは口元に微笑を浮かべる。それからフッと洞穴の奥底へと消えていく。
「ま、待って!」
僕はハッと我に返って、後を追う。洞穴の奥は入り組んでいて、ずっと続いている。
ふと光が見えて向かっていくと、そこは巣跡の外側だった。もうそこに兄さんの姿はなかった。




