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黒魔導士  作者: 紺野 睡蓮
第1章
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4話-④ アジト

 数時間後。一輌の馬車が憲兵の本部を出て、奥深い森を進んでいた。

 日はとっくに暮れ、闇に包まれた森は死んだように静まり返っている。

 唯一、森の中で響くのは、馬車が荷台を引く音だけだ。

 その馬車が引いている荷台は僕とスゥスが乗っていたものより、一回りも二回りも大きい。その分、無駄な装飾は一切なく、木箱のような見た目だ。

 おそらく罪人を輸送するための、護送車なのだろう。

 馬車が整備されていない獣道を進んでいくと、突然目の前に山のような巨大な岩壁が表れる。

 行き止まり、ではない。その岩壁の一部に、トンネルになっている部分があった。

 入り口は植物に覆われていて、知らなければ見つけることは不可能だ。

 その前で停まった馬車の荷台から、憲兵が勢いよく飛び出してくる。そして最後尾にはロッシュ中尉の姿もあった。

 暗闇の中、彼らは訓練された動きで、即座に臨戦体制を整えている。


 僕らはその様子を茂みに隠れて、眺めていた。

 やはり『ヴェデリア』の構成員を、捕らえる予定なのだろう。

「思っていたよりも人数が少ないですね」

「予想通り、他の班への応援要請はしていないようですね」

 そんな事をすれば、テロの計画が露呈する可能性がある。裏で通じ合っているであろう彼らが、応援要請しないことは分かってた。

「捕まえた奴らは今どうしてるの?」

「拘束中です。取り調べをしていますが、口を割らないのでロッシュの譴責には至りませんでした」

 

 そうこうしているうちに、ロッシュたちは迷うことなくそのトンネルに入っていく。

 僕とスゥスは、見つからないように岩壁に登り、先回りする。

 岩壁の向こう側には、四方を巨大な岩壁に囲まれた開けた場所が広がっていた。

「ここはドラゴンの群れの巣窟跡ですかね」

 スゥスが感心したように唸る。

 たしかにドラゴンが何体も入りそうなほど広い場所だ。

 岩場にはいくつかの穴が掘られていて、かなり複雑な地形を成している。おそらく卵を守るための仕掛けなのだろう。

 そして今、この場所が『ヴェデリア』のアジトになっているというわけだ。

 人目を忍ぶにはうってつけの場所だ。普通にしていたら誰にも見つかることはないだろう。

 中央の開けた場所には数十人の人が待ち構えていた。おそらく『ヴェデリア』の構成員だろう。こっちは想像していたよりも人数が多い。

「魔導士への不満と不信感で構成員が増えたそうですよ」

「まさかセウル地区のテロはそれが狙い?」

「いや、それはさすがに非効率過ぎますね」

 スゥスは冷静に答える。

 『ヴェデリア』の構成員と思わしき人たちは、憲兵が乗り込んで来ても驚いた様子は見せない。

 それどころか談笑しているようにも見える。

「すでに示し合わせている、ってわけか……」

 僕は目を細めながらつぶやく。

 スゥスの推測通り、逮捕と見せかけて護送し、血液を渡して解放するつもりなのだろう。

 僕は彼らを一人ひとり観察していくが、兄さんの姿はどこにも見当たらない。

 兄さん諸共一網打尽にするつもりだったが、まぁ、いいだろう。

 彼らを捕らえ、居場所を問いただせば済む話だ。

 僕はスゥスに合図を出して、岩壁の上から飛び降りる。

 闇に紛れるように、ネユさんから借りた黒色の研究着がなびく。そしてロッシュたちが入ってきたトンネルの前に着地した。


 着地した音で、彼らの視線が一斉に僕に集中した。全員が状況を飲み込むことができずに呆然としている。

「お、お前は……あの時の……」

 真っ先に声を出したのはロッシュだった。

 その目は恨めしそうに吊り上がり、険しく睨みつけている。セウル地区での一件がある以上、顔を覚えられてしまうのも仕方ないか。

「お久しぶりです、ロッシュ中尉」

 僕は冷静を装いながら、彼に挨拶をする。

「どうしてお前がこんなところにいる!?」

 ロッシュは声を震わせて激しく動揺している。

 憲兵がテロ組織と共謀している現場を目撃されたのだ。慌てるのは当然だろう。

「後をつけてきました。それより中尉こそどうしてこんなところにいるんですか?」

 僕は目を細めて、ロッシュの顔色を窺う。

「ずいぶんと仲が良さそうでしたけれど……」

「お前に話すことは何もない」

 ロッシュは後退りながら啖呵を切る。

「おい、こいつを捕まえろ!」

 成り行きを見守っていた部下たちが、ロッシュ中尉の檄でようやくハッとして我に返る。

 ゆっくりと質問に答えてくれるわけないか。

 だが、すでに手遅れだ。

「ぐあっ!」

 部下の一人が苦悶の声を上げ、膝から崩れ落ちる。

 それを皮切りに、次々と部下たちが倒れていく。

 僕に注意を集中させていたせいで、背後の脅威にまったく気づいていない。

 風の音を置き去りにして、スゥスがスゥスが一人、また一人と無力化していく。ただでさえ早くて見えないのに、薄暗い中で襲われたら堪ったものじゃない。

 それは反射神経が優れているゲヌスであっても同じ事だ。『ヴェデリア』の構成員たちも抵抗する間もなく、困惑しているうちに、ほとんどが無力化されてしまった。

 残っているのはロッシュを除くと、わずか数人。彼らは背中合わせで四方を警戒し合う。憲兵も『ヴェデリア』も関係無い。これがテロ行為を企てる組織の構成員でなければ、感動的な場面だ。

 さすがのスゥスも、その円陣には迂闊に飛び込めないようだった。

 しかし、その間にこちらも準備完了だ。

 僕は拳を握りしめ、力を込める。標的はあの円陣だ。

「イメージは雷。威力は気絶させる程度に。分散しないように真っ直ぐ……」

 呟きながら、腕に意識を集中させる。紫色の紋章が浮かび上が上がり、熱を帯びた感覚が伝わってくる。

 そして僕が力を込めた拳を、思い切り突き出すと、轟音とともに、爆風が放出する。


「……あ、あれ?」

 今度は風魔法か。またイメージ通りとはいかなかった。

 だが結果は上々だ。

 円陣を組んでいた彼らは、僕が放った爆風に飲み込まれ、一斉に宙に舞い、岩壁に叩きつけられた。そのまま力なく地面に落ち、ドサリと突っ伏す。

「うわっ……痛そう」

 思わず顔をしかめる。ともあれ、これで全滅だ。

 そして最後に残っていたロッシュの首筋には、すでにスゥスのナイフが押し当てられていた。

「なっ……!?」

 目の前の光景に、ロッシュは愕然としている。

 これまで長い期間をかけて用意周到に準備してきたであろうに、たった数分ですべて崩れ去ってしまったのだから、その動揺も無理はない。

「注意を引いてくれて助かりました」

「そんなことしなくても、大丈夫だったでしょ」

 僕は肩をすくめる。

 逃げられないように、僕が入り口を塞いでおく役割だったが、相手がそんなことを考える前にずいぶんとあっさりと鎮圧が終わってしまった。


 さて、やっと質問に応えてもらえる。僕はロッシュの方へ向き直る。

 うなだれているロッシュに近づき、袖をまさぐる。スゥスにナイフを当てられているから、身動きができない。そしてそこに隠し持っていた魔導士の血液が入った注射器を抜き取った。

「この注射器を使ってテロを起こそうとしていたのか」

 港で兄さんが持ち去った分。

 スゥスが押収して調べた分と合わせて、おそらくこれで全部だろう。

「敵国のスパイにもかかわらず憲兵として潜入し、部下たちも反王族思想の憲兵を集めた。そして『ヴェデリア』のテロ計画に加担したんですよね?」

 答え合わせをするように、スゥスは淡々と呟く。

「あなたが必死にゲヌスを検挙していたのは、第一都市・ストラーグの拘置所にゲヌスを送り込むためですか?」

「…………っ!」

 ロッシュは何も語らない。悔しそうに歯をギリギリとさせる。この反応を見る限り、スゥスの推測はほぼ的中しているのだろう。

「ゲヌスに血液を混入させるというのは国から持ち込んだ技術ですか? セウル地区でテロを起こした理由は何ですか?」

 スゥスは質問をするたびに、ロッシュの首筋にナイフを押し当てていく。ロッシュは冷や汗を垂らし、生唾を呑む。

 だが、その口から何かが語られる気配はない。

 このままじゃ埒があかない。僕は一歩前に踏み出し、ロッシュを睨みつけた。

「兄さんが見当たらないな。どこにいる?」

「兄さん? 誰のことだ」

 ロッシュが眉をひそめて聞き返す。

「マルロ・サーペント。『ヴェデリア』に所属していたはずだ」

 僕はロッシュの表情を注意深く観察する。一つの皺の動きも見逃さないように、睨み付ける。

「ゲヌスの名など、いちいち覚えていない」

「…………」

「ただの道具として、利用するだけだ」

 ロッシュは冷淡に答えた。庇っているわけでも、何かを隠しているわけでもなさそうだ。答えても何も意味のない質問というわけか。

「お前の兄はゲヌスなのか?」

「…………」

 今度はロッシュが僕の顔色を窺うように訊ねてきた。僕は答えずにその目を睨み返す。

「お前は魔法を使えたな。どういうことだ? お前も血液を投与したのか?」

「……違う」

「それなら兄弟で種族が異なるのか。そういえば聞いた事があるぞ。魔導士の家系であっても異人種が産まれることがあるという。お前がそれか?」

「何の話だ?」

 何だコイツは。

 煙に巻こうとするためか、関係ないことは水を得た魚のようにペラペラとよく喋る。本当に矮小なやつだ。

「まったく大変だな。出来損ないの兄を持つと……」

「そんな事はどうでもいい。僕の質問に、早く答えろ!」

「知るか、さっさと殺せ」

「……ふざけやがって」

 思わず拳を振り挙げたそのとき、スゥスが静かにナイフを一振りし、ロッシュを昏倒させた。

「これ以上聞いたところで何も吐かないでしょう。訓練されたスパイです」

 スゥスもロッシュの態度に嫌気が差していたのだろう。

「とりあえずこいつらを連行して、今日のところは引き上げましょう」

「そうですね」

 この『ヴェデリア』のアジトを調査するにしても、明るいときに出直した方がいい。

 ロッシュを捕らえ、魔導士の血液を回収したことで、テロ事件はひとまず解決したかに思える。

 だが、僕の胸にはまだ兄さんのことで引っかかりが残っていた。

 どこに居るのだろうか。まだ生きているのだろうか。それがわからない限り、この事件に幕を引くことはできない。

 僕は心に重たい影を抱えながら、スゥスとともにアジトを後にした。

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