4話-③ 憲兵団 本部
それからしばらくして、僕は極限の緊張状態に追い込まれていた。できるだけ目立たないように、その場に溶け込むように努める。
ネユさんがスゥスと待ち合わせた場所は、よりにもよって憲兵団の本部だった。受付を済ませた後、隣接する応接室に案内され、僕たちは2人で席に座る。
当然周りには本物の憲兵だらけだ。セウル地区の時の比じゃない。こんなところで偽物かつゲヌスの僕が落ち着けるはずがない。僕は目を合わせないように縮こまって、顔を伏せて過ごした。
一方のネユさんは、そんな僕に気を使うはずもなく、ショートケーキを頼んで、それを黙々と口に運んでいる。
やがてスゥスが現れたときには、僕の精神はすでに限界に達していた。スゥスは僕たちの姿を見つけるなり、焦った様子で席に駆け寄る。
「なんで2人でこんなところに来てるんですか?」
開口一番にネユさんに詰め寄る。その言葉は至極もっともだ。
「ベルアさんの案内も兼ねて、来ちゃいました」
ネユさんはまるで悪びれた様子もなく、さらりと言ってのける。
「護衛なしで動き回らないでくださいよ」
「それならベルアさんがいましたよ」
「正式な憲兵じゃありませんし。セウル地区の規制区域のときのように、こんなところで面倒なことに巻き込まれたらどうするつもりですか」
スゥスは呆れたようにため息をつくと、僕の方にも鋭い視線を向けてくる。
とんだとばっちりだ。僕に拒否権があるわけない。あのままベルメニルの真ん中で置いて行かれたらもっと困る。
「いえいえ、頼りになりましたよ」
ネユさんは僕に目配せしてくる。そういう問題ではないと思う。
僕は苦笑いすることしかできない。
実際にベルメニルでは面倒ごとに巻き込まれたし、あの化け物を倒したのは運良く魔法が発動しただけだし、自分が役に立ったとは到底思えない。
「とりあえず収集した情報のすり合わせを行ないましょうか」
憮然とするスゥスを軽くスルーして、ネユさんは仕切り直すように軽く手を合わせた。
「それでスゥスの調査って一体何だったの?」
これ以上突っ込まれるのも困るので、僕は早々に話題をスゥスに振る。
「……頼まれた通り、ロッシュの動向調査をしてきましたよ」
スゥスはぶっきらぼうにそう言うと、資料をいくつか取り出す。
なるほど。スゥスが本部で調査していたからここで落ち合ったのか。だとしても現地集合である必要はまったくないと思うけれど。
「ありがとうございます」
「ネユの推測通りでしたよ。ロッシュはかなり焦っている様子で、今夜の内に動きを見せるそうです」
「やはりそうですか」
「まさか、王都を襲撃するの?」
王都を怪しまれずに往き来できるロッシュなら、それが簡単にできてしまえる。もしそうなったら、王都への被害は甚大だろう。
「いえ、自身の班を率いて『ヴェデリア』の本部に突入するようです」
「え? どうして?」
意外な動向に、思わず眉をひそめる。
ロッシュが『ヴェデリア』に協力していると仮定すると、その戦力を削るというのは矛盾しているような気がする。
「どういうわけかロッシュは、今回に限らずゲヌスの捕縛に積極的に取り組んでいますよね」
ネユさんも不思議そうに首を傾げる。
ゲヌスを捕縛することで、何か利になることがあるのだろうか?
僕が考え込んでいると「ここからはあくまで推測ですが」とスゥスが前置きをして話し始める。
「捕らえられた罪人が投獄される拘置所はいくつかありますが、ロッシュが捕らえた罪人はすべて、第一都市・ストラーグの外れの拘置場に収容されていることがわかりました」
スゥスは資料を手に取り、話を続ける。
「投獄には所定の手続きはありますが、ゲヌスだからと拒否されることはありません。だとすればゲヌスからすれば、最もリスク無く王都に入る方法です」
「なるほど。ロッシュは牢獄を解放して、これまで捕まえたゲヌスたちを解放して、王都侵略の戦力に加えるつもりなのですね」
「……!」
なんで今まで考え付かなかったのだろう。王都に限らず、魔導士の都市は警備が厳重になっている。
テロを実行しようにも、力ずくで突破すれば消耗戦は避けられない。
だが拘置所に送られる罪人であれば、警備はノーマークになる。しかも拘置所の警備も外部からの侵入に比べれば甘いし、王都から近い。裏切り者がいれば話は簡単だ。
「バロセア港での血液のストックはまだありますし、その可能性は高そうですね」
「ですが残念ながら、『ヴェデリア』本部の場所までは特定できませんでした。今夜、ロッシュの後を追いますか?」
スゥスの提案に、ネユさんが頷く。
「おそらく反乱分子がすべて集まることでしょう。もしかしたらベルアさんのお兄さんも」
「…………」
スゥスが僕に目配せする。
もしネユさんの言うとおり、兄さんがテロの現場に現れるとしたら――止めるのは、僕の役目だ。
迷いはない。答えはもう決まっている。
僕は大きく息を吐いて、気合いを入れた。
「行きましょう!」




