4話-② 学堂
たどり着いたベルメニルの学堂は、これまで見てきた建物とはまた別の壮観さを誇っていた。
巨大な建物でありながら、妙に落ち着いた印象を受ける。外観の飾りが少なく、遥か昔からそこにあったかのような自然な雰囲気だ。
正面玄関は、壁がなく柱だけで構成された吹き抜けになっていた。
背丈の五倍ほどはある大きな門をくぐると、守衛室が現れた。
「ネユ・シュタウリンです」
ネユさんが名乗ると、守護兵が道を簡単に通された。僕もその後に続く。
スゥスの時と同じような待遇だが、どうにも慣れない。
さらに進むと、今度は重厚感のある鉄の扉が待ち構えていた。その扉を開けると、中には本棚が見渡す限り設置されていて、本がぎっしりと詰まっていた。
ネユさんはそんな広い学堂を迷うことなく、スタスタと歩いていく。
学堂は静まり返っていて、足音がよく響きわたる。
見て回るだけでも疲れそうな大きい施設なのに、僕らの他には誰も見当たらない。
「この学堂には王国のありとあらゆる文献や資料が収蔵されていて、だいたい10万冊くらいあります」
「10万……」
数が果てしなさすぎて、それが凄いのかどうかも、よく分からない。
見上げていると首が痛くなりそうな高い天井まで、本棚がそびえ立っている。一画を読み終わるだけでも一生が終わってしまいそうだ。
「凄いですね……」
そんな言葉が自然とこぼれた。
「できれば全てを、自宅の研究室で見られるようにしたいんですけどね」
「それは無理じゃないですか」
思わずツッコミを入れる。ネユさんの家は大きいが、この量の本を持ち込んだら、家が本だけで埋まってしまう。
「いえ、実はもう半分くらい終わっています」
「どういうことですか?」
ネユさんは悪戯っぽく笑う。明らかに僕の反応を楽しんでいる。
「研究室に大きな黒い箱があるのをご存知ですか?」
「ああ、ありましたね」
研究室の中でも、特に異彩を放っていた謎の物体。
廊下を吹っ飛ばしたあの爆発の後も、全く傷ついていなかったから、かなり不気味だった。そういえばここに来る前にも何か触っていたけれど。
「あの中に電子データとして取り込んであります」
「電子データ?」
「はい。あの機械に本の文字情報をデータとして記録をして、モニターに表示させることができるんです。本よりもスペースが取られなくて便利ですよ」
「へ、へぇ」
僕には到底理解できないが、なんだかとんでもない話を聞かされている気がする。
「残念ながら今回目当てのものは、まだ保存していなかったんですけどね」
その口ぶりからすると、それもネユさんが作ったのだろう。
そんな会話を交わしながら進んでいると、ふと目に留まった。
両手でも持てるかどうか怪しいほどの分厚い本。その背表紙には『ネユ・シュタウリン』と記されていた。
どうやらネユさんが著した本らしい。
思わず足を止めて目を凝らす。一冊だけじゃない。その棚に置かれていた全ての本にネユさんの名前が記されていた。
魔法学だけでなく、生物学や芸術、工学についてなど、ありとあらゆる分野についての本が置かれていた。
タイトルがすでに難解で、意味はあんまり分かっていないけれど、圧倒的な数だ。
さっき言っていた国法に関する本もあるのだろう。それに僕の部屋にあった魔法に関する本も。
普段の会話やスゥスの話から何となくネユさんの功績は察していたけれど、こうして目に見える形になっていると、やはり壮観だ。
「うお……」
見上げるだけで、体をのけぞる。身もだえするような、感嘆の声が漏れ出る。
「恥ずかしいですね」
隣でネユさんが頬を掻いて、微笑む。
眼前に広がるすべての本を著している人がすぐ隣にいるというのは、奇妙な感覚だった。
「そういえば、あれから魔法についての進展があったようですね」
目的の本棚に向かいながら、ネユさんが僕に問いかけてくる。
「魔法自体は何度か使えましたけど、自分の意志じゃなくて、運よく何度か使えた、といった程度です。属性は選択できませんし」
「なるほど、放出できるようにはなったわけですね」
「一応、そうですね」
ネユさんに実践で見せてもらったのは除くとして、セウル地区でのロッシュ中尉、バロセア港での攻防、そしてさっきの魔物。
思いもよらない魔法属性の放出に戸惑ってはいるけれど、何とか対処できている。魔力の保有量が多いおかげで、スタミナ切れも起こしていない。
バロセア港でのスゥスのイメージすると言うアドバイスが功を奏したのかもしれない。できればもっと早く知りたかったけど。
「どうすればいいんでしょうね、魔法属性の選択」
ネユさんは首を傾げながら言う。
複数属性の魔法を持つ魔導士が存在しないし、これは本当に難題だ。
「訓練方法を見直せば、自在に使えるようになりそうですけどね。まだ試したいこともありますし」
ネユさんはほんわかと顔を綻ばせる。
「そ、そうですね」
僕は顔を引き攣らせながら応える。喜々として語るネユさんほど、不安なものはない。
できれば、無茶な訓練は避けてほしいけれど。
「さて、着きましたね」
ネユさんはこれまた大きな本棚の前で立ち止まる。
ただ収容されている本は、これまで見てきた物とは、ずいぶんと異なっていた。
背表紙は真っ黒で、ただナンバーだけが記されている。
ネユさんがその一つを手に取り、パラパラとめくっていくと、閉じ具があって、そこに紙が挟まっている。
本というよりは、ファイルのようだ。
各ページには憲兵の名前や年齢、所属などの情報が細かく記載されていた。
「こんなものまであるんですね」
「ええ、規則になっていますからね。……あぁ、これです」
ネユさんが手を止めたページには、ロッシュ中尉の名簿があった。
それを指でなぞりながら、項目を一つずつ確認していく。
「やはりおかしいですね」
「何がです?」
「彼の出身地がデタラメです」
ネユさんが指差すところを見てみると、たしかに出身地が記載されている。何もおかしな事はないように思えるけど。
デタラメということは……。
「実在しない住所ということですか?」
「ええ。研究者あがりの憲兵は審査が緩いんですよ」
一目でそれを見抜けるネユさんに驚きつつ、僕は首を傾げる。
「しかし住所がデタラメなのが、何か関係あるんですか?」
するとネユさんが声のトーンを落として囁く。
「まだ断定はできませんが、彼は敵国のスパイの可能性があります」
「……えっ!?」
僕が驚嘆の声を上げる。静かな学堂に反響する。するとネユさんが人差し指を顔の前に立てて、シーッという仕草をする。
「過去にもスパイが同じような方法で潜入していたことがあったらしいです。ロッシュも同じでしょう。憲兵として活動しつつ、反王国組織に加担するというやり方ですね」
「それって、つまり……」
「ロッシュが『ヴェデリア』に協力する動機には充分な裏付けですね」
確かにロッシュが敵国のスパイなら、『ヴェデリア』に協力するのも当然だ。テロ組織に魔導士の血液を横流ししていた件も合点がいった。
さらにネユさんは続ける。
「それに見たところ、ロッシュは自分の部隊の編成にも口を出しているようです」
「ということは、彼らもスパイですか?」
「いえ、おそらく憲兵の中で反乱分子に成りうる人たちを集めたのでしょう。経歴から想定することしかできませんが、王族に恨みを持つ者、憂国者、スパイ容疑がある者など様々です。例えば、この人」
「あっ」
そこに記載されていたのは、バロセア港で僕が倒したちょびヒゲ憲兵の名簿だった。
「彼はもともと貴族の生まれでしたが、今の王との継承権に破れて、没落しています。おそらく王を憎んでいるでしょう。他のメンバーも似たような事情を抱えているようです」
「よくそんな人たちを集めましたね」
セウル地区の規制エリアで出会ったロッシュの部下たちは皆、そういう立場なのか。これはもはや反乱軍だ。『ヴェデリア』とほとんど変わらないじゃないか。
「ロッシュたちは国家転覆でも狙ってるんでしょうか?」
「それは、スゥスの調査でわかると思いますよ」
ネユさんはそう言うと、ポケットからおもむろに無線機を取り出してスゥスと連絡をとり始めた。




