4話-① 第3都市・ベルメニル
ベルメニルは、第3都市の名に相応しい繁栄ぶりだった。
石畳の道に沿って、煉瓦造りの大きな建物がずらりと立ち並んでいる。よく見ると、建物が何度も補修された跡がある。歴史を感じさせる佇まいだ。
それにも関わらず、最先端の魔法道具が街の至るところに見られる。
空を飛ぶ飛行船、自動で動く滑車、出店の鍋は火にかけられていないのに沸騰していた。
そして街路では若者が多く行き交っていて、活気に満ちている。人々は整った身なりで、魔導書を片手に忙しなく歩いていく。その光景には、華やかさと知的な雰囲気が溢れていた。
これまで魔導士の街は遠くから眺めたことしかなかったけれど、こうして間近で目にすると圧倒される。
そんな街並みを横目に、僕とネユさんは通りを歩いていた。
ちなみに僕の服装は、またしても憲兵の制服だった。
ネユさんが衣装棚を漁って引っ張り出してきたものだ。護衛という立場上仕方のないことだが、これを人前で着ることは慣れなさそうだ。
セウル地区のときと違い、この街では憲兵の姿は珍しくなく、目立つこともなかった。他の憲兵たちも僕の存在に特に興味を示さない。
それよりも気になるのが、ゲヌスの姿が見当たらないことだ。
第2都市のプランゲや第1都市のストラーグであれば、過酷な労働を強いられているゲヌスを目にするだろうが、ここではそういうものが必要ないらしい。
「良い街ですね」
魔導士の街だという偏見を忘れ、素直にそう思った。
さすがは学問の都。心地良い活気で溢れている。
「ここら辺は学校が多くて、賑わっていますからね」
そう言ったネユさんの手には、いつの間にか棒付きキャンディーが握られていた。
何処かの出店で買ったのだろう。相変わらずの甘党だ。
「王国の学生は皆ここで学び、中心街では学者が研究を行っています」
「ネユさんもここで学んだのですか?」
「いえ、私は直接王国側からスカウトされました」
「へ、へぇ……」
相変わらず想像を超える、とんでもない経歴だ。というか忘れていたが、ネユさんも順当にいけばまだ学生の年齢だろう。
「じゃあスカウトされてからは中心街で生活していたんですね」
「……まぁ、そうですね」
ネユさんの返事は、どこか歯切れが悪い。その様子に、何か不味い質問をしたのかと心配になる。
そっとネユさんの方を見ると、彼女は眉間に皺を寄せ、周囲に気を配っていた。
その警戒するような表情に、僕もつられて周りを見渡す。
だが、特に変わった様子はない。ただ街並みが徐々に変化し、中心街に近づいたせいか、学者らしい風貌の人々が目立つようになったくらいだ。
それでも、ネユさんの張り詰めた雰囲気に、何とも言えない違和感が胸に広がっていく。
「あの、ネユさん……」
僕が声をかけようとした、その時だった。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
突然、進行方向からけたたましい猛獣の唸り声が轟いた。
全身がビリビリと震える。低く、大きな音が街全体にこだましている。
そして地鳴りと共に、道ゆく人々をかき分けて、声の主であろう禍々しい何かの姿が突き進んでくるのが見えた。
一見、人の形をしているが人間とは言い難い形姿。全身が真黒の凹凸に覆われていて、目や口はなく、表情もわからない。大きな岩がそのまま動き出したかのような魔物だった。
その大きさは普通の人間の倍以上もありそうだった。
我を忘れているのか、壁や人にぶつかるのも構わず、ただ直線的に突き進んでいる。
「きゃああ!」
悲鳴と共に人々が逃げ惑い、街の活気は一瞬にして恐慌に変わった。
あんなやつ見たことがない。
そんなことを考えている間に、魔物はどんどんこちらに迫ってくる。
まずい。このままでは――!
「危ないっ!」
咄嗟にネユさんの前に飛び出し、魔物と組み合った。
魔物が地を這うような低音で、鈍い咆哮をあげる。
なんとか両手で魔物を抑え込もうとするが……。
「ぐっ!?」
その力は圧倒的だった。それ以上押し返すことができない。勢いを殺すので精一杯だ。
嘘だろ。ゲヌスの力で対抗できないなんて。
「くそっ!」
このままじゃ押し負ける!
覚悟を決めて目を閉じ、手に意識を集中させる。
熱が腕に広がるとともに、稲光が走り、雷鳴が轟いた。
次の瞬間、魔物は崩れ落ち、力なく地面に突っ伏した。
「……はぁ……はぁ」
どうやら上手く魔法を発動できたらしい。
僕は息を整えながら、倒れ込んだ魔物を見下ろす。僕が掴んでいた腕部分は焼け焦げていて、白い煙を立ち昇らせている。
間近で見ると、その醜怪な見た目がさらに際立つ。
森に住んでいるトロールに似てはいるものの、特徴が明らかに異なっている。
彼らは森の精霊であって、岩や木がそのまま動き出したかのような見た目だったが、目の前の魔物はどちらかといえば溶岩を思わせる。
それにトロールは気性が穏やかで、聖域や縄張りを侵されない限り攻撃してくることはない。
「やはり……」
ネユさんはおもむろに呟く。その表情はこれまで見たことがないほど強張っていた。
そしてすぐにその場から離れるように歩き出す。
「行きますよ」
「へ? は、はい」
僕も慌てて後を追う。 魔物は路上に放置したままだった。
「さっきのやつは、何者ですか?」
魔物が見えなくなってから、僕は訊ねる。
「ゲヌスが魔導士の元で使役させられているのは知っていますね?」
「え、ええ」
「かつてベルメニルにおけるゲヌスの仕事は、研究の実験台になることでした」
「……っ!? 実験台、ですか?」
明らかに不穏な単語に、言葉を詰まらせる。
「はい。アカデミーが集まるベルメニルでは、日々新しい魔法や呪文が創り出されています。特に学者は成果を出そうと必死です。その中には効果が不明瞭なものや、人体に悪影響を及ぼしたりするものも少なくありません」
「……」
新しい魔法や呪文という言葉に実感は湧かないが、ネユさんの研究を見ていれば危険性は想像できた。
「その魔法や呪文を試験するために使われていたのが、ゲヌスの労働者たちでした。いわゆる人体実験ですね。その研究では四肢欠損や人体改造は日常茶飯事でした」
「ま、まさか……」
僕は思わず息を呑んだ。
「はい。先ほどの者は、それの成れの果てです。あの特徴は、ヘレアミという学者がしている人工的に魔物を造る実験でしょうね」
「……なっ!?」
あの魔物が、元々はゲヌスだったのか!?
ネユさんのことを疑うわけではないが、あまりにも信じがたい話だった。
声も届かず、理性を失ったあの姿が、かつて人間のように思考していた存在だなんて。
「以前までのベルメニルには、そういったゲヌスたちで溢れかえっていました。それでも賃金がよくて、ゲヌスの間では羨望の目もあったようですがね」
ネユさんは苦虫を噛み潰したような顔をする。
だから中心街に入ったときに、周囲に気を配っていたのか。ようやく合点がいった。
それと同時に、僕はヘレアミという学者について思い出した。
「……大丈夫ですか?」
顔面蒼白な僕を見て、ネユさんが心配そうに尋ねてくる。
「……兄さんが最後に働いていた職場でした」
言葉を絞り出すようにそう答えると、血の気が一気に引いていくのを感じた。
家族や周りの人々は、兄さんが優秀だからこそ新しい職場に行くことになったと喜んでいた。
だけど実態はまったく違っていたのだ。
「何年か前に、私が国に働きかけて、労働と実験に関しての規制法をつくられ、取り締まりが強化されました。その数は激減しています」
「そんなことまでしているんですか……」
僕は驚愕の表情でネユさんを見つめた。
国王直属の学者ということは、提言を行うチャンスはあるだろうが、法律はまったく分野が違うはすだ。
「しかし未だに取り締まりが追いついていないのか、あるいは独自のルートで入手しているのか。まだ少なからず事例があるようですね」
ネユさんは苦い表情を浮かべながら続けた。
「なんにしても、今は関わらないのが一番です。私はその一件で国やら同業者やらに敵対視されていますし、下手に手を出して目を付けられるのも面倒なので」
「…………」
言葉を失って茫然とする。
僕は知らなさすぎた。
兄さんがこなしてきた仕事が、どんなものだったのか。
ゲヌスを取り巻く環境が、どれほどの醜悪だったのか。
僕が想像していたよりも、遥かに惨たらしく、目をそらしてくなるものだった。




