3話-② ドラゴン討伐
「さて、と」
手に持ってたナイフをクルリと回しながら、スゥスは短く呼気を吐いた。
「ドラゴン討伐といっても、居場所がよくわからないんですよね」
「え、そうなの?」
僕は相槌をうちながら、スゥスと共にいつもの森の獣道を進んでいく。
「基本的に群れで生活する生き物なので、巣に乗り込むわけにはいきません。そうすると単独行動しているときか、野良のドラゴンを狙うしかないんですが、特に当てがあるわけではないので、遭遇できるかどうかは運なんですよ」
「なるほど」
スゥスの説明によれば、運と言いつつも、遭遇率が高そうなエリアを巡ってみるつもりらしい。
普通、森を散策する場合、野生生物に遭遇しないように歩くのだが、今回は逆というわけだ。
はっきり言って遭遇したくは無い。
「ドラゴンは絵本でしか見たことないんだよなぁ」
凶暴で獰猛、人の数十倍ある巨体には鎧のような鱗と大きな翼、それと鋭い牙。さらには魔法を使った攻撃もしてくる。
絵本に出てくるドラゴンは大体そんなイメージだ。
そして、そのストーリーも決まって陳腐だった。ゲヌスがうっかりドラゴンの逆鱗に触れ、そこへ助けに現れた魔導士が討伐する。お決まりの流れだった。
ドラゴンにはドラゴンには魔法が有効で、物理攻撃では到底歯が立たないとされている。これは絵本でも現実でも同じだ。つまり思うように魔法を使えない僕にとっては、天敵ということになる。
「スゥスはドラゴンと戦ったことはあるの?」
「ええ、何度か。憲兵の訓練で行かされますし、ネユに頼まれたこともあります」
「へ、へぇ」
スゥスの平然とした返答に、僕は顔を引きつらせる。
ネユさんのことだからまさかとは思ったけれど、本当にドラゴン討伐を依頼していたとは。
まぁ、スゥスがいるなら頼もしいけれど。
「ベルアさんの家には絵本があったんですね」
「うん。兄さんが拾ってきてくれることがあったから」
絵本に限らず、書籍はゲヌスにとって高級品だ。生活において必要がないし、そもそも魔導士みたいに学校には行かないから識字率が高くない。
だから絵本に限らず、本を読んだことのないゲヌスの方が多い。
「でも兄さんは絵本や古新聞なんかを拾ってきてくれて、僕に文字を教えてくれたんだ」
兄さんのそんな努力のおかげで、新聞くらいは読めるようになった。
「でも、さすがにネユさんが書いた魔導書は無理だったな」
「あれは私にもよく分かりません」
「えっ、スゥスでも分からないの?」
「はい。ネユの書く内容は難解すぎて、専門家でも理解できないことが多いんです。魔導士たちの間では『ネユ語』なんて呼ばれているくらいですよ」
「……それでよく本として出版されたね」
僕は呆れ混じりに感心してしまう。
そんなことを話していると、周囲の木々が大きく震え始めた。
驚いて辺りを見渡すと、空が巨大な影に覆われていることに気づく。
それがドラゴンの影であることはすぐに分かった。鱗はエメラルド色に輝き、翼が荒々しく空気を切り裂いていた。
そして猛烈な風と爆音と共に、ドラゴンは僕らの頭上を通り過ぎていった。
「追いますか」
「は、はい!」
スゥスは躊躇することなくドラゴンの後を追う。僕もその背中を追って走り出した。
「できれば風竜は避けたかったんですけどね」
「え、何それ?」
「ドラゴンも魔導士と同様に使う魔法属性が決まっています。火なら炎竜、水なら水竜、雷なら雷竜、そして風なら風竜です」
「それってスゥスと同じ魔法属性ってこと?」
「はい。同属性の魔法は真っ向からぶつかると出力勝負になるんですよ。つまり私には分が悪い相手なんですよ」
「あのドラゴンは諦めて別のにするっていう手はない?」
僕はその一言に期待を込めて尋ねた。
スゥスがいるから何とかなりそうだったけれど、相性が悪いのなら話は別だ。
正直、あの巨大な姿を見てしまった後では、これ以上近づく気にはなれない。
「ここまで低空飛行ということは、近くに巣があって、もうすぐ着地するということです。こんなチャンスはそうそう無いので却下です」
そう言い終わるや否や、さらにスピードを上げて前方へ駆け出した。
「グオオオオオオオォォォォォ!!」
ドラゴンが口を大きく開けて、咆哮する。風が吹きすさび、樹々の葉をざわめかせている。さすがは風竜。気圧されそうな迫力だ。
それから風竜は崖の上で休むようは翼を閉じた。その下には木の枝が大量に敷かれている。
僕とスゥスは木陰からその様子を観察していた。距離はわずか数百メートル。目の前にそびえ立つその巨体は、まるで一つの山のようだ。
もし見つかれば、この距離では逃げる暇もなく攻撃されるだろう。
「魔力の譲渡って近づかないと駄目なんだよね?」
僕は囁き声でスゥスに訊ねる。この距離だと大声は危険だ。
「はい。直接触らないとできません。ですが今近づくのはかなり危険です」
スゥスも同じく小声で答える。その言葉に不安が膨らむ。
「危険って、どういうこと?」
「あの様子だと狩りの前段階だと思われます。崖の上から森を観察して、手頃な獲物を探しているのでしょう。そして見つけたらすぐに仕留めて喰らうつもりです」
「そんなときにノコノコ近づいていったら駄目でしょ!」
僕は最大級の囁き声でスゥスに訴えかける。
そんな話を聞かされて近づくのはただの死にたがりだ。それに上手く近づけたとしても、譲渡の最中に見つかったら至近距離。そうなったら、まさに絶体絶命だ。
「だから先手必勝です。近づくのも面倒ですし」
スゥスはそう言って一歩前に出た。そして……。
「いきますよ!」
その言葉と同時に、風竜に向かってナイフを放り投げた。
「え?」
放ったナイフは速度が落ちることなく、一直線に風竜に向かっていく。
そうか、風魔法だ。
「な、何をする気!?」
たった1つの小さなナイフだ。風竜が気づく様子はない。風を斬り、さらにスピードをあげていく。
そして刃先が風竜の眼を切り裂いた。堪らずその巨体を震わせて悶絶する。
スゥスが放ったナイフは立て続けに風竜の周囲を縦横無尽に駆け回り、巨体を切り裂いていく。
あの巨体を前にして何の意味があるのかと思ったが、それは杞憂だった。
「風竜は目のほかにピット器官も潰す必要があるんですよね」
スゥスは気だるそうに言う。
だが、風竜も黙ってやられているわけではなかった。
翼を大きく広げ、再び咆哮を上げると、周囲に爆風が吹き荒れる。その衝撃でスゥスの操るナイフが弾き飛ばされた。
爆風が収まると、森一帯が静まり返った。
そしてけたたましい唸り声が聞こえてくる。風竜の鋭い眼光が、こちらを睨み付けていた。
「み、見つかった!?」
全身の鳥肌が立つ。
。次の瞬間、風竜が崖から飛び降り、一気に急降下してきた。
「片眼を仕留め損いましたか。まぁ上出来でしょう」
スゥスが冷静に言う。まるで日常の延長でしかないようだ。
「援護しますので、隙をみて魔力を奪ってください」
「わ、分かった」
こうなったらやるしか無い。スゥスの落ち着きに感化された僕は覚悟を決めた。
風竜は口を大きく開き、風魔法を溜める。そして球体の竜巻のようなうねりが、一瞬で大きくなり、放たれた。
「うわぁぁぁ!!」
僕は思いっきり横に滑り込んで何とか避ける。
竜巻の衝撃が背後を掠め、木々が薙ぎ倒される音が響く。さっきまで僕らがいた場所は風の力によって深く抉られ、遥か先まで更地になっていた。
思わずゾクっと鳥肌が立つ。スゥスの言う通り、これは力勝負では絶対に勝てない。
そう入ってもボヤボヤとしている暇はない。風竜は僕らを見失ったのか、鋭い片眼で辺りを見渡す。
視界が狭くなったからか、やりにくそうだ。
僕は急いで死角から風竜に近づき、恐る恐る手を鱗に添えた。
スゥスのときと同じ要領で、呼吸を落ち着かせて血流を意識する。
しかし――。
「熱っ!!」
僕は思わず手を離し、後方へ転がり込む。
まるでマグマが体内に入り込んできたかのような衝撃だった。手がビリビリと痺れて、震えが止まらない。
これが、ドラゴンの魔力か……。圧倒的な膨大さに唖然とする。
「ベルアさん!」
うずくまっていると、スゥスの声が聞こえてくる。
慌てて顔を上げると、風竜が首を捻り、鋭い眼光で僕を見下ろしていた。
マズイ。
今ので見つかった……!
風竜は再び大きく口を開けて、魔法を溜め始める。
スゥスが急いで駆け寄ってくるのが視界に入るが――。
「くっ……!」
間に合わない!
それどころかスゥスまで巻き込んでしまう!
僕は咄嗟に右手を大きく引き、それから拳に力を込めて思い切り突き出す。
その瞬間――激しい轟音とともに、爆風が辺り一面に放たれた。
それは風竜すらも巻き込むほどの威力だった。
ドラゴンは苦悶の叫び声を上げる。巨体がバランスを崩して倒れると、その衝撃で地面を大きく揺らした。
突き出した右手の感覚はほとんど無くなっていた。ピリピリと痺れる感覚で、痙攣を起こしている。
その向こうの景色は、木々が薙ぎ倒され、地面が深く抉れていた。風竜の攻撃と遜色ないかそれ以上の威力のように見える。
砂埃が収まるとその先に風竜の巨体が横たわっているのが確認できた。あの巨体を数十メートルも吹っ飛ばしたらしい。
この右腕のダメージは、繰り出した魔法の反作用によるものだろう。
「ベルアさん、大丈夫ですか?」
スゥスが駆け寄り、心配そうに声をかけてくる。
「ええ、何とか」
僕は肩を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。
特大出力の魔法を使ったものの、息は上がっていないし、疲労感もない。
ということは、つまりドラゴンから魔力を奪うことには成功したらしい。
元々ストックしていたスゥスの魔力だけでは、ここまでの威力にはならない。風竜から奪った魔力が暴発して吐き出された、といったところだ。
スゥスから魔力を貰ったときは、川のようにゆっくりと流れてくるイメージだったが、今回の場合は滝に叩きつけられているかのようだった。
「あまり実用的じゃないかな」
「そのようですね」
スゥスが淡々と答える。
どうやらドラゴンと魔導士の魔力は、根本では同じではあるが、質が異なるらしい。
それにいくら魔力量が膨大であっても、それを受け取るだけの器がなければ意味がない。暴れ回って制御ができなくなる。
「これほど高威力の魔法は久々に見ました」
スゥスが感心したふうに、横たわる風竜に目を向ける。
「魔導士が素手でこんなことをしたら、反動の衝撃で死んでますね。杖とか剣を介して出力するレベルですよ」
「あぁ、確かに杖を持ってるイメージはあるね」
魔導士といえば杖だけど、出力を調整するための道具だとは知らなかった。
「スゥスもネユさんも杖は持たないんだね」
「私はここまで高威力の魔法を使うことがないですから。ネユは外出の時に携帯することがありますよ」
「え、そうなの?」
「はい。彼女の杖は特別性ですけどね」
スゥスはため息混じりに呟いた。
ネユさんの杖か。
何だか嫌な予感しかしない。怖いもの見たさで興味はあるが、周りに甚大な被害を及ぼしそうな気もする。スゥスの反応を見る限り、ろくな代物ではなさそうだ。
「それにしてもまさか風竜を倒せるとは思いませんでした」
「ちなみに今なら安全に魔力を奪えたりしません?」
僕は倒れている風竜を指差しながら訊ねる。
今なら落ち着いて魔力を譲渡できる。慎重に少量だけ奪えば上手くいくかもしれない。
しかしスゥスは首を振った。
「もう死んでるので無理ですね。体力と同じく魔力は体内には残りません」
「あぁ、そっか」
僕はがっかりしながら呟く。
するとスゥスがさらりと言った。
「それをするなら魔導士の死体を掘り起こした方が楽ですし」
「いや、それは絶対にしないから」
どうしてときどき発想が物騒なのだろう。そんな墓荒らしのようなことはしたくない。
「せっかくですし素材を幾つか持って帰りましょうか」
「素材?」
「ええ。ドラゴンの部位はネネユが研究に使うことがあるんですよ」
あぁ、ネユさんにドラゴンの討伐を依頼されたというのは、そういう理由か。
僕は勝手に納得しながら、スゥスの作業を手伝うことにした。




