3話-① 収穫
涼やかな風と、穏やかで暖かな陽気が体を包む。心地良い朝だ。
僕はネユさんの家からほど近い畑にいた。
ここは都心部から遠く離れた森の奥深くにあるから、生活に必要なものは自給自足をしなければならない。
そのためネユさんは自ら農業をしたり、狩りをしたりして食料を調達している。
居候同然の身である僕は、当然手伝うことを志願したのだが、これが、思いのほか大変だった。
「何ですか、コレ?」
僕は細い枝に覆われた奇妙な球体の野菜を手に取り持ち上げる。どれだけナイフで切り付けても、細い枝が鎧のように絡まって、まったく歯が立たない。
「『ドラネスト』です。ドラゴンの巣のような見た目をしているからそのように呼ばれています。
ネユさんは楽しそうに答えた。
「実もちろん美味しいですし、枝が実を守るように伸びるのは研究対象としても面白いんですよ」
「それはいいんですけど、これ、どうやって採るんですか?」
僕が半ば呆れたように尋ねると、ネユさんはにこりと笑いながら手元から何かを取り出した。
「おぉ、バーナーで炙る必要がありますね」
そう言うとネユさんが、バーナーを手渡してくれる。
手渡されたバーナーを見つめながら、僕は大きく息を吐いた。
何故だかネユさんの畑には不思議で危険なものが多かった。
「デルフレアは触れるとトゲで応戦して引っ掻くので気をつけて」
「えっ」
「シャドウペッパーは毒性の液体を噴射するので、収穫するときは距離を取ってください」
「もっと早く言ってください!」
「マンドラゴラは引き抜かないように。叫び声で気を失う可能性がありますので」
「なんでそんな危険なものが、こんなところにあるんですか!」
危険物の説明を淡々と続けるネユさんに、僕は半ば叫ぶようにしてツッコミを入れながら、何とか作業を進める。
こんな調子で、命懸けで見慣れない野菜を収穫し終わる頃には、僕の体力は限界に近かった。カゴいっぱいに詰め込まれた野菜たちを見つめ、やっと一息つく。
「市場で並んでいるのは見たことがありましたけど、こんなに大変だとは思いませんでした」
「国内の収穫物のほとんどは第二都市・プランゲで栽培されていますが、ゲヌスを雇って働かせているくらい危険ですからね」
確かにこれを収穫するのは相当な危険を伴う。
魔導士はやりたがらないのも当然だろう。そういうところでもゲヌスが駆り出されている。
カゴを持ち上げ、台所へ向かうと、ネユさんが早速包丁を手に取っていた。
すると早速ネユが包丁を構え大きな木製のまな板の上で、先ほど収穫したばかりの野菜を巧みに切り始めた。手元から小気味のよい音が聞こえてくる。
僕は興味津々で彼女の料理の様子を隣から見つめる。
「……早いですね」
手伝おうにも、その隙すらない。
切り終えた野菜は、次々と鍋に投入されていく。ネユさんは火加減を見極めながら、野菜が香り立つまで炒め続けた。
鍋の下の火を出している箱のようなものが置かれている。
「それ、魔法道具ですか?」
「ええ、便利でしょう? 火の出力を細かく調整できるので、料理の幅が広がりますよ」
ネユさんが軽やかに答える。
その間、野菜から立ち上る香りが部屋中に広がり、僕の鼻腔をくすぐった。
一方で、別の鍋ではスープが煮込み始める。ネユさんは丁寧にスプーンでスープをかき混ぜながら、時間をかけて煮立てていく。スープの表面には、微かに油膜が浮かび、その光沢がまるで宝石のように輝いていた。
料理の仕上げにも、先ほど苦労したハーブやスパイスたちが使われた。ネユさんはそれらを丁寧に計量し、料理に加えていった。
そして器に料理を丁寧に盛り付け、すぐに朝食が完成する。
「ネユさんって、料理が得意なんですね」
僕は感嘆の声を上げる。思わず見惚れてしまいそうなほど、洗練されて鮮やかな動きだった。普段はおっとりしているのに、こういう時には機敏に動くのが何とも言えない不思議な感覚だった。
「ふふ、料理と実験は近しいのですよ。生態の研究や薬材としても便利ですが、同時に美味しく食べる研究もしてますよ」
ネユさんは得意げに鼻を鳴らす。
その言葉を聞いて、思わず納得してしまう。本人の言うとおり、実験に近しい感覚だという説明も、どこか腑に落ちる。
「それでは、いただきましょうか」
ネユさんは満足そうに微笑むと、椅子を引いて席に着いた。
食事を終えたちょうどその頃、玄関のドアが開く音がした。
現れたのはスゥスだった。
「頼まれていた、これまでのテロの調査資料。それと今朝の新聞です」
彼女は小脇に抱えていた大量の資料を、片付けたばかりのテーブルの中央にドサッと置く。
「ありがとうございます」
どうやらネユさんが頼んでいたものらしい。昨夜に僕がテロ事件のことを頼んでから、もう動き出してくれたようだ。
僕は何気なく新聞を広げてみる。
見出しには『規制エリアに侵入者現る。憲兵への暴行も』と記載されていた。
さっそく僕らのことがニュースになってしまっている。幸いにも侵入者の身元については調査中と記載されているだけで、詳細までは書かれていない。ロッシュたちが目覚めてしまったら、すぐに証言されてしまうだろうけれど。
まさかこんな形で新聞の見出しを飾る日がくるとは夢にも思わなかった。
「ずいぶんと大事になっちゃいましたね」
一応スゥスの名前は書かれていないけれど、憲兵の中での立場は危ぶまれるかもしれない。
「ごめん、スゥス。迷惑かけて」
「構いません。別に立場なんて、どうでもいいです」
その声は驚くほど冷静で、少しの揺るぎも感じられなかった。
そのやりとりを聞いていたネユさんが、新聞の隣に置かれた資料をのんびりと捲りながら口を開く。
「そうですねぇ。我々だけでテロ事件を解決するなら、これくらいのことを気にしたらいけませんよ」
僕にはどうしてもその態度が気楽すぎるように見えた。
「で、でも……」
「大丈夫ですよ。こういう状況、慣れっこですから」
僕の言葉を遮って、彼女は一瞬だけ手を止め、ニコリと笑みを浮かべた。
その後もネユさんは、ひたすらに資料を読み進めていく。
一方で、スゥスはすべてネユさんに任せる方針なのか、布巾を使ってナイフの手入れをはじめた。
「そういえばどうやってネユさんと連絡を取っているの?」
昨夜の夜にテロ事件の調査をする事が決まって、次の朝にはスゥスが資料を持ってきた。どうやったって早すぎる。
「ネユと遠隔で連絡が取れる無線があるので、それを使ってます。まだ公にはしていない技術ですけれど」
スゥスがさらりと答える。
「え、どうしてそんなすごいものが公になっていないの?」
「紋章と同じです。国に渡してもロクなことになりませんので」
僕が驚いて訊ねると、ネユさんが資料から一瞬だけ顔を上げた。
その言葉には皮肉と諦めが込められているように感じられる。どうやらずいぶんと国を信頼していないらしい。
「う~ん、なにかバロセア港とプランゲにも、手がかりが見つかればいいのですが」
過去2回起きているテロ事件の現場か。
たしかにそこにも『ヴェデリア』の証拠が残っているかもしれない。
「そこも現在は憲兵が規制して調査していますね。私の顔パスはもう通用しないでしょうし」
「もう少し他の方法を考える必要がありますね」
ネユさんがそう言いながら首をひねった。
その表情はどこか楽しげで、また新たな謎解きに挑む準備を整えているようだった。
「ネユ、無線で言っていた魔力の譲渡についてはどうなっています?」
スゥスがナイフを磨く手を止めて、話を振る。
「あぁ、そのことですか」
「なんですか? その話」
明らかに僕に関係がありそうな話題に、思わず聞き返す。
「実はですね、ベルアさんの魔力不足について解決策を思いついたので試してもらおうと思いまして」
ネユさんは得意げに頷いた。
「解決策?」
「はい。やはり民間人を襲っちゃダメですからね」
「それは当たり前なんだけど」
何だか危なそうな気配がプンプンする。笑顔がもう怖い。
「魔導士以外にも魔力を持っている生物がいるんですよ」
ネユさんは指を弾いて、得意げな表情を浮かべる。
「1人では危険なので、スゥスにも手伝ってもらおうと思いまして」
「それってまさか……?」
僕はネユさんが考えていることを察して、背筋に寒気を覚えた。
「はい。ドラゴンから魔力を奪うのはどうでしょう」
彼女は柔和に微笑みを浮かべながら、とんでもないことを言ってのけた。




