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黒魔導士  作者: 紺野 睡蓮
第1章
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2話-⑤ 決意

 それから数時間後。

 僕は自室のベッドの上で、本を捲りながら唸っていた。

 部屋の棚にあった分厚い魔導書だ。おそらくネユさんのものだろう。魔法に関する基礎知識、歴史、論説などが記されている。

 参考になればと思って取り出してみたものの、難解すぎてまったく内容が理解できない。分厚いだけあって初心者が読むような入門書ではなかったようだ。

 僕は早々に諦めて、魔導書を閉じる。棚に入っている別の魔導書と入れ替えて、またパラパラと捲る。特に用事もないのに、何かしていないと気が済まなかった。

 窓の外を見ると、すっかりと夕闇が広がっていた。自然と大きなあくびがでた。

「ベルアさん」

 ネユさんの声がして、扉がコンコンとノックされる。

「入ってもいいですか?」

「はい。どうぞ」

 僕が応えると、扉がゆっくりと開いた。部屋に入ってきたネユさんは銀色のお盆を持っていて、上には茶器一式が乗っていた。

「研究が一段落したので、お茶を一緒に飲みませんか?」

「あ、ありがとうございます」

 ネユさんはベッド脇にあるサイドテーブルにお盆を置くと、手際よくお茶を用意してくれる。僕はぼんやりとその様子を眺めながら、ベッドに腰を下ろした。

「こんな時間まで研究していたんですか?」

 僕が起きてときも、セウル地区に行っている間も、帰って来てからもずっと研究室に篭もりっぱなしだ。学者だからそれが仕事なのだろうが、それにしてもよく集中力が持続できるなと思う。

「はい。始めると止まらなくて……」

 ネユさんは照れくさそうにはにかみながら、カップを差し出してくれる。

 普段からふわふわとしていてマイペースだから、熱心なイメージがどうしても湧かない。

「……あら? 魔導書を読まれていたんですね」

 ネユさんは僕が置いた本に目を留めると、微笑みながら湯気の立つカップを手渡してきた。

「はい。正直さっぱり分かりませんでした」

「そうでしょうね。これは研究者や魔導士の中でも専門家向けに書きましたから」

「え?」

 僕は手元にある本に、もう一度目を落とす。

 よくみると背表紙のところに、ネユ・シュタウリンと表記されていた。

 ネユさんが著したものだったようだ。

「すみません。棚にあったのを勝手に見てました」

「構いませんよ。それは機械工学について書いたものですから、あまりベルアさんには関係ないかも知れませんけれど」

「へ、へぇ」

 僕は感心した素振りをするが、何のことだかよく分からない。

 機械、というと工場で使われる工作機械のことだろうか。

「そんなものにまで精通しているんですね」

「大した事はありません。暇つぶしのようなものですよ」

 こんな分厚くて難解な本を暇つぶしで書けるわけがないが、ネユさんの基準では本当に暇つぶしでしかないのだろう。

 実際に片手間に首を突っ込んでいるテロ事件で、まだ憲兵が発見できていないテロの手口や真犯人まで特定してしまっているのだから。僕は半ば呆れながら、彼女の顔を見た。

 魔法学者という肩書きも、ネユさんにとってはオマケ程度の意味しかないのかもしれない。


「そういえばセウル地区で魔法を使うことができたようですね」

「ええ、たまたまだと思いますけど」

 魔法が使えたときのことを思い返してみたが、どうして使えたのかはよく分からない。スゥスから魔力を譲渡してもらってから再度試してみたが、発動はしなかった。

「出力を間違えて、息切れしちゃいましたし」

 魔法の訓練をする意味を身をもって体感できた。出力を調整できなければ、すぐに魔力切れを起こしてしまう。特に僕の場合は回復もできないから致命的だ。

「すぐにできるようになりますよ」

 ネユさんは微笑みながら、紅茶を啜った。

「そういえば渡すものがあるんでした」

 湯気が立っていたカップが空になった頃、ネユさんが思い出したようにポケットの中をまさぐる。

 相変わらずマイペースというか、本題に入るのが遅い。

 スゥスがいたら、また怒られていただろう。

 この後は寝るだけだからいいんだけど。

「はい。どうぞ」

「はぁ、ありがとうございます」

 手渡されたものは手のひらサイズの箱のようなものだった。飾りも何もなく、ただ黒い箱。

「な、なんですか。コレ?」

「魔法属性識別器です」

「ま、まほ……。なんですって?」

 あまりに聞きなれない単語に眉をひそめて聞き返す。

「魔導士の指に装着することで、その人の魔法属性を識別してくれる機械ですよ」

  底面をみると、確かに指が入るほどの穴があった。

 魔法の属性というと、火、水、風、雷のことか。指にはめるだけでそれが分かるのは凄いけれど……。

「どうしてこれを僕に?」

「魔力を譲渡してもらうときに、あったら便利だと思いまして」

「ええと……?」

 意味がわからず僕が困惑していると、ネユさんが付け加える。

「民間人から魔力を奪うんですよね?」

「しませんよ!?」

 僕は絶叫して否定する。

「あら。スゥスがそんなようなことを言っていたので、てっきりもう話が進んでいるのだと思っていましたよ」

「いや、きっぱりと否定しましたよ」

 ネユさんのことだから、極端に曲解したのだろうけれど、それにしても民間人を襲うことに疑念をもたないのだろうか?

「めちゃくちゃ犯罪ですし、騒ぎになったら最悪僕の正体がバレますよ……」

「たしかに。それは盲点でしたね」

 ネユさんは感心したように、何度もうなずく。

 それから口をとがらせて、僕が持っている魔法属性識別器を見つめる。

「せっかく作ったんですけどねぇ」

「え、もしかして今日作ったんですか?」

「はい。とは言っても元々国に頼まれて作ったことはあったので、今回は小型化しただけですけど」

 ネユさんはあっさり言うが、小型化もそれほど簡単なことじゃないだろう。それを1日で作るなんて凄すぎる。

「まぁ何かで使うかもしれませんし、携帯しときますよ」

 僕は気を使う意味も込めて、そう告げた。

 できたら使う場面が来ない方がいいけれど。


「1つ、聞いてもいいですか?」

 僕は魔法なんとか器を指で弄びながら訊ねる。

「はい。何でしょう?」

「テロ事件の捜査に、僕が本格的に参加することはできますか?」

 想定外の質問だったのか、ネユさんの眉が上がり、目が大きく見開かれる。

「魔導士になるとか、ゲヌスのままで生きるとかは、まだよく分かりません。だけど今日セウル地区に行って、憤りを覚えたんです」

 自分が生まれ育った街が焦土になり、かつての姿を留めない無残な光景。

「これを黙って見過ごすことはできません」

『ヴェデリア』の目的が何であろうと、を捕らえなければこの怒りは収まらないだろう。

 そのために魔導士になるということなら、それも覚悟するつもりだった。

 今、僕が一番に解決しなければならない問題だと確信した。

 とはいえ、それは迷惑に思われるかもしれない。

 ネユさんにとってもスゥスにとっても、僕のような初心者を巻き込むメリットなど何一つない。

 特にスゥスはロッシュに目をつけられる形になってしまった。

 それでも――。

「テロ事件の捜査に、僕も参加させてください!」

 僕は意を決して拳を、力強く握り直した。

 ネユさんは一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、僕がよほど思い詰めた顔をしていたのか、普段よりも明るい声で応じた。

「任せて下さい。私たちだけで解決しましょうよ」

「……本当にいいんですか?」

 思わず声が震える。

「ええ、もちろんです。ベルアさんが本気で解決したいと思っているのなら、私たちが力を貸さない理由なんてありません」

 ネユさんは微笑みながら、優しい眼差しで僕を見つめる。

「ですが、覚悟はしてくださいね。テロ事件の捜査に関わるということは、危険が伴います。それに、正体を知られれば、ベルアさん自身も命を狙われる可能性があります」

「それは……覚悟しています」

 迷いはなかった。セウル地区の惨状を目の当たりにして、何もしないでいられるほど僕は無関心じゃなかった。

「いいでしょう。私たちで『ヴェデリア』を追い詰めましょう。そのためには、まずベルアさんの魔法を安定させる訓練から始める必要がありますね」

 ネユさんは楽しそうに提案する。

「その訓練って……スゥスに追いかけられるのはもう嫌なんですけど」

 僕は苦笑いしながら、おずおずと告げる。覚悟と言っても、それに関しては毛色が違う。

「ふふ、安心してください。今度はもっと論理的に進めますよ。ベルアさんの魔力の特性や出力を分析して、適切なトレーニング方法を考えます」

 その言葉に少し安堵する。

 ネユさんのことだから、すべてを鵜呑みにすると痛い目をみそうではあるけれど。

 これから先、何が待ち受けているか分からないけれど、僕は前に進むしかないと決意した。

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