八話 現代最強の剣士
一閃。
それは、あまりにも静かな剣撃だった。
巨大な熊の前脚がロストに届く寸前で弾かれた。
次の瞬間、赤い木の葉の上を風が走った。
自分を押しつぶそうとしていた巨大な魔物がまるで見えない力に弾かれたかのように体勢を崩している。
ロストは何が起きたのか理解できなかった。
目の前に一人の男が立っていた。
黒い外套。無駄のない立ち姿。
ロストは本能的に理解した。
この男、強い。
いや、強いなどという言葉では足らない。
今まで感じたことのないほどの圧倒的な力が目の前の男からにじみ出ていた。
男は片手で剣を構え目の前の魔物を静かに見据えた。
「イレギュラーか。久しいな」
男が何でもないことのように言った。
熊は咆哮を上げ二つの頭を同時に向けた。
巨体が突進する。
男は動かなかった。
熊が目前まで迫った瞬間、半歩だけ横へずれた。
剣が閃く。
一撃。
イレギュラー・ベアーズの前脚がいともたやすく切り伏せられた。
「グオッ!?」
巨体が大きくよろめく。
だが、男は追撃のために大きく踏み込むことすらしなかった。
ただ、必要な場所へ剣を置く。
それだけだった。
二撃目。
剣閃が走る。
一方の頭がまるでそこに何もなかったかのように切り放された。
「グ……ガ……」
残された頭が苦しげに呻く。
それでも魔物は倒れない。
最後の力を振り絞り男へと牙を剥いた。
三撃目。
今度は見えないほど鋭かった。
剣の軌跡が、森の空気を切り裂く。
次の瞬間。
その剣先は巨大な魔物の身体を正確に貫いていた。
「――――」
イレギュラー・ベアーズの動きが止まる。
数秒前まで森を震わせていた咆哮も途切れた。
巨大な身体がゆっくりと傾いていく。
そして――
ズズゥンッ!!
地面が大きく揺れた。
イレギュラー・ベアーズは少しだけ身を震わせ、そのまま動かなくなった。
ロストはうつろな目を見開いたまま、倒れた熊と男を交互に見ていた。
「あ……」
声にならない。
あれほど手も足も出なかった相手。
自分が命を奪われることを覚悟したほどの魔物。
それが――
数秒で倒された。
魔法の大爆発が起きたわけではない。
特殊な異能が発動したわけでもない。
男はただ――
剣を振っただけだった。
「おい。生きているか?」
男が振り返った。
その言葉に危機が去ったこと理解しロストはそのまま意識を手放した。
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現代最強の剣士と言われればまず最初に名前が挙がるのはこの男だろう。
ケイオス・ジャー
異能が当たり前となったこの世界において彼は異能に頼ることなく、剣一本で数々の強者を打ち破ってきた。
「さて…」
ケイオスは足元に倒れたイレギュラー・ベアーズへ視線を落とした。
先ほどまで森を震わせていた異形の魔物はもう動かない。
その後ろにはボロボロで意識を失っている少年。
(この少年が……?)
しかし今のケイオスにはあのことを確かめる術はなかった。
(息はある。この年でイレギュラーに出会って生きているのは奇跡だな。)
手持ちの回復薬を腰の袋から取り出し少年に飲ます。
粗かった呼吸が少し穏やかになったように見えた。
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「ロストーーーーーーーー!」
クリス、ルルー、教師のエヴァンスはロストを助けに森の奥まで戻ってきていた。
「先生!」
ルルーが前方を指差す。
「あそこです!あの木がなぎ倒されているところです!」
エヴァンスが目を向ける。
そこには異様な光景が広がっていた。
何本もの木がなぎ倒され地面には巨大な爪痕が刻まれている。
戦闘の激しさを物語るように土は抉れ、赤い木の葉が辺り一面に散らばっていた。
「……!」
一同が足を止める。
視界が開けた先。
そこに――
倒れているイレギュラー・ベアーズの姿があった。
「……イレギュラー・ベアーズ……」
エヴァンスの表情が険しくなる。
その傍。
木の根元にはロストがもたれかかるようにして倒れていた。
クリスとルルーが同時に駆け出す。
「ロスト!」
「しっかりして!」
二人が声をかける。
クリスはすぐにロストの身体へ手を当てた。
「治癒を……!」
水の魔力が淡い光となって集まりロストの傷を包み込んでいく。
その間、エヴァンスは周囲を警戒していた。
そして――
もう一人。
木の近くに背を預けて立っている男へ目を向ける。
黒い外套。
腰に差された剣。
腕を組み、何事もなかったかのように佇んでいる。
「……誰だ?」
エヴァンスが警戒する。
すると、男が口を開いた。
「やっと救助がきたか」
その声を聞いた瞬間。
エヴァンスの表情が変わった。
聞き覚えのある声だった。
「……しかも、お前の生徒か。エヴァンス」
「……!」
エヴァンスは目を見開く。
そして、男の顔を見つめた。
「ケイオス……?」
ケイオス・ジャーは、わずかに口元を緩めた。
「なぜここに?」
ケイオスは肩をすくめるるだけで、その問いには答えなかった。




