三話 癒しの少女
医務室の扉を開いた。
「あなた、また怪我をしたの?」
顔を上げると一人の少女がこちらを見つめていた。
淡い水色の髪。
透き通るような青い瞳。
白い肌と整った顔立ち。
年齢はロストと同じくらいだろう。
少女は両手に薬草と包帯を抱え、呆れたように眉を下げていた。
クリス・ヴィヴィアージュ。
学園でも有名な水属性の能力者であり治癒能力に優れた少女だった。
「また、って何だよ」
「先週も怪我をしていたでしょう?」
「先週は転んだだけだ」
「その前は?」
「……剣の稽古でちょっと…」
「その前は?」
「覚えてない」
「嘘」
即答だった。
クリスはベッドの横に椅子を置き、腰を下ろした。
「上着、脱いで」
「大した怪我じゃないぞ」
「いいから」
有無を言わせない声だった。
ロストは諦めて上着を脱ぐとひどいやけど跡に一面の打撲跡だった。
「これのどこが大した怪我じゃない、よ」
クリスは傷口を確認するとその部分にそっと手をかざした。
淡い水色の光が彼女の指先から広がる。
水属性の治癒能力。
魔力を用いて傷ついた細胞の回復を促し、痛みや出血を和らげる力だ。
一般的な水属性の能力者でもある程度の治癒はできる。
しかし、クリスの能力はその中でも特に回復する力に優れていた。
光が消える頃には体の傷はほとんど消えていた。
「はい。これでもう大丈夫」
「ありがとう。クリス」
「どういたしまして」
クリスは微笑んだ。
その笑顔は、ロストがこの学院で数少ない、安心して見ることのできるものだった。
「……また、ガルド?」
「まあな」
「どうして言い返さないの?」
「言い返して何か変わるか?」
「それは……」
クリスは言葉に詰まった。
ロストは窓の外へ目を向ける。
「俺に力がないのは事実だ。あいつが強いのも事実。だから、今は何も言えない」
「でも、あなたは一生懸命に頑張っているでしょう?」
「頑張るのは自由だからな」
「……ロスト」
クリスは彼の横顔を見つめた。
ロストはいつもそうだった。
どれだけ馬鹿にされても、どれだけ傷つけられても、自分に魔力がないこと、異能力がないことを言い訳にすることはなかった。
自分から誰かに助けを求めず相手の負担にならないようにと考え、何でも一人で抱え込もうとする。
まるで、自分が傷つくことは当たり前だと思っているかのように。
「……ねえ」
「ん?」
「どうして、そこまでして戦いたいの?先生が言うように戦う以外にもいろんな道があるじゃない」
その質問にロストは少しだけ考えた。
「昔、助けてもらったことがあるんだ」
「誰に?」
「覚えてない」
「覚えてないの?」
「顔も名前も、はっきりとは。小さい頃のことだからな」
ロストは苦笑した。
「でも、覚えてることもある」
————————————
幼い頃。朧げな遠い記憶。
村が魔物に襲われたことがあった。
周囲の大人たちは逃げ惑い誰もが自分の命を守ることで精いっぱいだった。
そんな中、どこから現れたかわからない一人の人物がロストを庇ってくれた。
その人は傷だらけになりながらも笑っていた。
『大丈夫だ。怖がらなくて良い』
その言葉をロストは今でも覚えている。
『必ず、---が守る』
その人が何者だったのかどんな力を持っていたのか。
今となっては何一つ覚えていない。
ただ、その背中の暖かさ、心強さだけは忘れられなかった。
『だから、今……ま……わ………す……れ…』
いつもここまでしか思い出せなかった。
————————————
「俺も、ああなりたいんだ」
ロストは言った。
「誰かが困っているときに助けられる人間になりたい。力があるとか才能があるとか、そういうことじゃなくてさ」
少し照れくさそうに笑う。
「ただ、目の前に助けたい人がいたら手を伸ばせる人間になりたいんだ。俺は力がないと守れないことをあの時よく知ったからさ」
クリスは黙っていた。
「だから、強くなりたい。俺には魔力も異能力もないけどできることがあるかもしれないだろ?」
「……あるよ」
「え?」
「絶対、ある」
クリスは真剣な目で言った。
「私は、ロストが努力しているところを見ていたわ。あなたが何も持っていないなんて私は思わない」
ロストは目を瞬かせた。
「……ありがとう」
そういわれクリスは顔をそらした。
その時のロストの顔がいつまでも忘れられなくて。
自分の頬がほんの少し赤くなっていることに少女は気が付かなかった。
そして彼女はまだ知らない。
この少年がたくさんの人を守るために、自分の命さえ差し出そうとすることを。
そのたびに自分が彼を守りたい、支えたいと願うようになることを。




