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二十六話 上級生の力

事件が起きた翌日。


ランケア・ランフォートは、ロストに会うため訓練所を訪れていた。


訓練所の一角。

そこでは、ロストが一人で黙々と剣を振っていた。


「……ほぉ」


少し離れた場所からその様子を眺め、ランケアは感心したように声を漏らす。

ロストの身体には、いくつもの重りが取り付けられていた。

腕にも、脚にも。

そして背中には、大量の重量を積んだ訓練用のベスト。

その状態で、ロストは巨大な剣を何度も振り下ろしている。


ズンッ。


剣が地面すれすれを通り抜ける。


ズンッ。


再び振り上げる。

一振りするだけでも相当な重量があるはずだ。

それに加えて、あれだけの重りを背負っている。


「俺が持ったとしても、あんなに振り続けるのは難しいかもしれねぇな……」


ランケアは思わず感心していた。

魔力を使えば、もっと効率的な鍛錬はいくらでもできる。

それでもロストは、ひたすら身体を鍛えていた。


何度も。

何度も。

ただ剣を振り続けている。


やがてロストは、視線を感じて顔を上げた。

自分を見ている男がいる。

見覚えはない。


「……どなたですか?」


ロストは剣を止める。


「俺に何か用が……?」


その瞬間だった。


「すごいじゃねぇか、後輩!」


ランケアが豪快に近づいてくる。


そして――


バシンッ!


「っ!?」


いきなりロストの背中を叩いた。


「そんな原始的な修行してるやつ、見たことねぇよ!」


「……」


バシンッ!


「……痛い」


バシンッ!


「痛いです」


「わはははは!」


ランケアは気にする様子もなく笑っている。


ロストは困惑した。

痛い。

そして、誰なのか分からない。


(……いったい、誰なんだ、この人は)


そんな疑問を抱いていると、ランケアが突然表情を変えた。


「なぁ、ロスト」


「……え?」


「俺と試合、しないか?」


ランケアは楽しそうに笑った。


─────────


訓練所の中央。

二人は向かい合って立っていた。


「勝負内容はいたってシンプルだ」


「相手に『参った』と言わせれば勝ち。それだけだ」


「……分かりました」


ランケアはその場にしゃがみ込む。


そして、地面に手をついた。


次の瞬間――


ズズズズズ……。


周囲の空気が震えた。


地面から強烈な魔力が立ち上っていく。


ロストは目を細めた。

魔力が集まっている。

しかも、ただ集めているだけではない。

魔力そのものを形に変えている。

やがて地面から伸びた魔力が一本の形を作り上げた。

槍。

それは徐々に実体を持ち、一本の長く強固な槍へと変化していった。


ランケアはそれを握ると、軽く振り回す。


ヒュンッ。


空気を切り裂く音が響いた。


「……よし」


手に馴染む感触を確かめるように、ランケアは槍を数度回す。

そして、ニッと笑った。


「分かりやすいだろ?」


「……そんなことより」


ロストは改めて問いかける。


「あなたは誰なんですか? どうして俺の名前を知っているんです?」


ランケアは顔の前で手を振った。


「今はそんなことどうでもいいだろ」


「どうでもよくないと思いますけど……」


「それより、戦ってみたくないのか?」


ランケアが槍を構える。


「確かめてみたくないか?」


鋭い視線がロストを射抜いた。


「上級生の力ってやつを」


挑発するように、槍の穂先がロストへ向けられる。


「……」


ロストは黙ってランケアを見る。

上級生。

確かに、最近の自分がどこまで強くなったのか。

どこまでやれるようになったのか。

実戦で確かめたことはない。

昨日の事件でも、まだまだ強くならねばと気を引き締めた所だ。


だからこそ――。


「……お願いします」


ロストは剣を握り直した。

ランケアの口元が大きく上がる。


「よく言った!」


槍を構える。


「構えろ!」


ロストも腰を落とした。

剣を両手で握り、正面に構える。


そして――

ランケアが地面を蹴った。


ドンッ!


「――!」


一瞬だった。

ロストの視界から、ランケアの姿が消える。


「なっ……!」


速い。

視線が追いつかない。

直後――


「――!」


横から槍が迫った。

ロストは考えるより先に身体を動かした。


ガァンッ!


鋭い音が訓練所に響き渡る。

槍と剣が激突した。


「ぐっ……!」


両腕に凄まじい衝撃が走る。

重い。

ただ突いただけとは思えないほどの威力。

ロストの身体が後方へ押し飛ばされた。


ズザザザッ!


足裏が地面を削り、土煙が舞い上がる。

それでも――倒れない。


「……!」


ロストは歯を食いしばり、剣を握り直す。

すぐさま前を見る。


ランケアは、もう次の攻撃に移っていた。

槍が大きな弧を描く。


「くっ!」


上段から振り下ろされる一撃。

ロストは横へ飛んだ。


ドォンッ!


槍の穂先が地面へ突き刺さる。

土が大きく抉れ、周囲へ飛び散った。


「今だ!」


ロストは地面を蹴った。

一気に距離を詰める。

剣を横薙ぎに振り抜いた。


「――!」


だが。

届かない。


ランケアは身体をわずかに逸らしただけだった。

剣先が、その身体のすぐ目の前を通り過ぎる。


そして――


ドゴッ!


槍の柄がロストの脇腹へ叩き込まれた。


「ぐっ……!」


身体がくの字に折れる。

息が詰まる。

そのまま倒れそうになる身体を、ロストは無理やり踏みとどまらせた。


「まだ……!」


身体を捻る。

その勢いのまま、剣を振り上げた。

ランケアが槍を引く。


ガァンッ!


再び武器がぶつかる。


今度は――

ロストが押した。


「……!」


大量の重りを背負ったまま、毎日繰り返してきた鍛錬。

何千、何万と積み重ねてきた剣の振り。

そのすべてを、この一撃に乗せる。


「うおおおおっ!」


ロストが力を込める。


ランケアの足が――

わずかに後ろへ動いた。


「……!」


ロストの目が鋭くなる。


いける。


そう思った。


しかし――


「甘いな」


ランケアが呟いた。

次の瞬間。

槍が滑った。


「……!?」


受け止めたのではない。

ロストの剣の軌道を、ほんのわずかに逸らしたのだ。

剣に込めた力が空へ逃げる。


「しまっ――」


ロストの身体が前へ流れた。

そこへ槍の柄が迫る。


「くっ!」


ロストは咄嗟に剣を引き戻し、身体を捻った。


ヒュッ!


紙一重。

槍が肩を掠める。


ビリッ!

制服の布が裂けた。


「……!」


ロストはそのまま地面を蹴り、距離を取った。


「はぁ……はぁ……」


呼吸が荒い。

腕が痺れている。

身体にも疲労が溜まり始めていた。

目の前にいる男は強い。

速さも。技術も。

そして、戦い方そのものが違う。


これが――上級生の力。


ロストは剣を握り直した。

手が震えている。

だが、それは恐怖ではなかった。


「……ふっ」


口元が僅かに上がる。

武者震いだった。

もっと戦いたい。

もっと、この男から学びたい。

ロストは再び踏み込んだ。

今度は正面からではない。

右へ振ると見せかけ、途中で剣の軌道を変える。

ランケアの槍が迎え撃つ。


しかし――


ロストはさらに身体を捻った。


ガキンッ!


剣が槍を弾く。

そのままランケアへ迫った。


「ほぉ」


だが、ランケアは一歩下がる。

剣先が空を切った。


そして次の瞬間――

槍がロストの懐へ潜り込んでくる。


「――!」


ロストは剣を盾のように構えた。


ガァンッ!


槍が剣身を打ち抜く。

火花が散った。

衝撃でロストの身体が後方へ飛ばされる。


それでも――

ロストは空中で体勢を整えた。

着地。

同時に地面を蹴る。

再び距離を詰める。

何度弾かれても。

何度攻撃をかわされても。

何度、身体を吹き飛ばされても。

ロストは立ち上がった。

そして、剣を振り続ける。


「……」


その姿を見つめるランケア。

何度倒されても向かってくる。

普通なら、とっくに心が折れていてもおかしくない。

だが、目の前の後輩は違った。


その目から闘志が消えていない。


むしろ――


戦えば戦うほど、強くなっているようにすら見える。

ランケアの口元が僅かに上がった。


「……いい根性してるじゃねぇか」


槍が唸る。

ロストの剣がそれを弾く。


一撃。二撃。三撃。


互いの武器が何度も激突する。


ガァンッ!


ガキンッ!


ドォンッ!


訓練所に激しい音が響き続けた。


しかし――


徐々に。

ロストの動きが鈍くなっていく。


「はぁ……はぁ……!」


呼吸が乱れる。

腕が重い。

脚にも力が入りにくくなってきた。

それでも。

剣を握る手だけは、決して緩めなかった。


「まだ……!」


最後の力を振り絞る。

ロストが大きく踏み込み、剣を振り抜いた。


「うおおおおっ!」


ランケアは槍を立てる。


ガァンッ!


最後の一撃が受け止められた。

二人の武器が交差する。

ロストは必死に押し込む。


だが――

動かない。


ならば、と体勢を立て直そうと後ろに引き、次の攻撃に移ろうとした。


ランケアはそれを確認すると、ゆっくりと槍を引いた。


「――ここまでだ」


「……はぁ……はぁ……」


ロストは荒い息を吐きながら顔を上げる。

そして、ゆっくりと剣を下ろした。

ランケアは満足そうに笑っていた。


─────────


「ランケア・ランフォートだ!」


戦いを終えたランケアが、豪快に笑いながら手を差し出す。


「よろしくな、ロスト!」


ロストもその手を握り返した。


「……よろしくお願いします」


「無能力者と聞いていたが、なかなか戦えるじゃないか」


ランケアは声高々に笑う。


「相手によっては、上級生にも勝てそうじゃねぇか!」


「……」


ロストはその言葉を聞きながら、先ほどの戦いを思い返していた。

勝てる。

そんな感覚は、まったくなかった。


むしろ――

まだまだ遠い。

速さ。技術。判断力。


どれを取っても、ランケアには及ばなかった。


それでも、一つだけ分かったことがある。

今の自分でも、互角とはとても言えないが、能力者と戦える。

その事実がたまらなくうれしかった。


だが、それとは別に気になることがあった。


(どこまで俺のことを知っているんだ……?)


なぜ、自分の名前を知っているのか。

なぜ、無能力者であることまで知っているのか。

疑問を抱いた、そのときだった。


「……ランフォート」


その名前に聞き覚えがあることに気づく。

ロストは顔を上げた。


「もしかして……リリス先生の?」


ランケアはニッと笑った。


「ああ」


そして、親指で自分を指す。


「リリスは俺の姉だ」


「……!」


ロストは目を見開いた。

ようやく、すべてが腑に落ちる。

圧倒的な魔力。

圧倒的な力。

どことなく似ている顔立ち。

そして、なぜ自分のことを知っていたのか。


「お前の想像通りだ」


ランケアは笑いながら続けた。


「姉ちゃんから聞いたんだよ。面白い生徒がいるってな」


それに嘘はない。

ランケア自身も、一度ロストと戦ってみたいと思っていた。


ただし――

リリスから頼まれていたことについては、あえてロストには伝えなかった。


「それにしても……」


ランケアがロストを見る。

その目は先ほどまでの軽いものとは違っていた。


「お前」


「……はい?」


「俺の魔力が見えていたな?」


「……!」


ロストは黙り込む。

ランケアは肩をすくめながら笑った。


「なかなかいないぞ。俺の槍を、あそこまで的確に弾けるやつはな」


そう言って、ランケアはロストの肩に手を置いた。


「こりゃ、なんだか楽しみになってきたな」


「……?」


「もうすぐだろ?」


ランケアは楽しそうに笑う。


「二学年の交流戦は」


その言葉を聞いた瞬間。

ロストの表情が変わった。


フォート学院との交流戦。

これまで積み重ねてきた鍛錬の見せ場。


「選ばれろよ。ロスト」


ランケアの力強い言葉が胸に響く。


まだ足りない。

もっと強くならなければ。

交流戦までに、より強く。


(まずは選ばれなくちゃな。代表に)


ロストは同学年の中でどれくらい強くなったのか。

自分の力を確かめることができる舞台にワクワクが隠し切れなかった。

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