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二十五話 心強い味方

訓練所で起きた事件から、少しばかり時間が経った。


教師であるリリス・ランフォートは、校舎の廊下を歩いていた。

普段と変わらない学院の風景。

行き交う生徒たちの声。

訓練場から聞こえてくる、魔力の衝突音。

そのどれもが、いつもと同じだった。


しかし、リリスの表情だけは険しい。

彼女の頭の中には、先ほど起きた事件の光景が何度も蘇っていた。


(あの暴走した生徒の力……魔力量……)


あの生徒のことは、リリスも以前から知っている。

決して問題を起こすような生徒ではなかった。

むしろ、どこにでもいる平凡な生徒。

あれほど大規模な力を発揮するだけの魔力量も、異常な能力も持っていなかったはずだ。


(それに……)


リリスは足を止める。


(あんなに凶悪なことをする生徒じゃない)


目の前で起きたことだけを見れば、暴走した生徒が突然、周囲の生徒たちに襲いかかった。

それだけの事件だ。

だが、どうしても引っかかる。


(あの状況で……なぜ?)


あの場には、多くの生徒がいた。

それにもかかわらず――

最初に狙われたのは、ロスト・クライシスだった。

無能力者である彼が、真っ先に標的になった。

それに意味があるのか。

単なる偶然なのか。

今の段階では、何も分からない。


ただ――


(……偶然だと考えるには、真紅の森の事件を思えば少し出来すぎている)


そう思った瞬間だった。


「姉ちゃんじゃねぇか」


突然、背後から声がした。


「……ここでは先生と呼びなさい」


リリスが振り返る。


そこには、長身の男が立っていた。

ランケア・ランフォート。

リリス・ランフォートの弟である。


「悪い悪い」


ランケアは悪びれた様子もなく笑う。


「しかし、今日の合同訓練はなんだか大変なことが起きたみたいだな」


その言葉を聞いた瞬間、リリスの表情がわずかに引きつった。


「……もう広まっているの? あの事件」


言ってから、リリスは小さく息を吐く。

当然だった。

あれだけ大きな事件が起きたのだ。

目撃した生徒も多い。

学院側から、生徒たちに口止めをしたわけでもない。

情報が広まるのは時間の問題だった。


「なあ、姉ちゃん」


ランケアが声を落とす。


「いったい何があったんだ? みんな少し不安がっているぜ」


相変わらず姉ちゃん呼びをやめない弟に、リリスはわずかに眉を寄せる。

だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。


「まだ何も分かっていないわ。現在、調査中よ」


リリスは余計なことを付け加えず、ありのままを伝えた。


「そうか……」


ランケアは腕を組み、難しい顔をする。


「俺もなるべく、みんなを安心させるように動くつもりだけどよ。何か協力できることはないか?」


その言葉を聞いた瞬間――

リリスの脳裏に、一人の少年の姿が浮かんだ。

ロスト・クライシス。

今回の事件で、最初に狙われた少年。


「……ランケア」


「ん?」


「頼みがあるの」


リリスは真剣な目で弟を見る。


「できる範囲でいい。二年のロスト・クライシスについて、可能な限り注視してあげてほしいの」


「ロスト・クライシス?」


ランケアは首を傾げる。


「誰だ、それは」


「今回の事件の被害者……と言っていいのかしらね」


リリスは少しだけ言葉を選ぶ。


「その子が、真っ先に狙われたの」


「……」


ランケアの表情が変わった。


「姉ちゃん、ただの生徒だからってわけじゃないんだよな?」


「ええ」


リリスは頷く。


「その子は――無能力者よ」


「ああ」


ランケアは思い出したように声を漏らす。


「そういえば、学院にそんな奴がいたな」


そして、口元を緩めた。


「なんでも相当な努力家だとか。それに、あのケイオス・ジャーの弟子なんだろ?一度、手合わせしてみたいもんだぜ」


「……」


リリスは弟をじっと見つめる。


(この戦闘馬鹿……)


呆れながらも、話を続ける。


「何でもない生徒が襲われていたなら、たまたまと思ったかもしれないわ」


リリスの声が少し低くなる。


「でも、あの真紅の森の事件。そして今回の事件……」


一度、言葉を切る。


「立て続けに事件へ巻き込まれている彼のことを考えると、無差別に狙われたとはどうしても思えないのよ」


「真紅の森?」


ランケアが眉をひそめる。


「事件って……」


だが、リリスはその疑問には答えず、話を続けた。


「ねえ、ランケア」


「ん?」


「ロストを……あなたの後輩を、守ってあげてほしいの」


その声には、教師としての冷静さとは少し違うものが混じっていた。

一人の生徒を心配する。

そして、一人の教師として感じている不穏な予感。


「杞憂で終われば、それでいいの」


リリスは静かに続ける。


「でも……何か……」


そこで言葉が止まる。


「……引っかかるんだな」


ランケアが言葉を引き取った。

リリスは黙って頷く。

そんな姉の姿を見て、ランケアはふっと笑った。


「なんだか久しぶりだな」


「何が?」


「姉ちゃんに頼みごとをされるのは」


ランケアは肩をすくめる。


「いいぜ。できる限りにはなるが、注意しておこう」


その言葉を聞いて、リリスはようやく胸を撫で下ろした。


「ありがとう」


短く礼を告げる。

しかし、安心してばかりもいられない。

リリスは再び表情を引き締めた。


(早いところ、状況を把握しなくてはね……)


何が起きたのか。

なぜ、あの生徒は突然暴走したのか。

そして――

なぜ、ロスト・クライシスが狙われたのか。

分からないことばかりだ。


だからこそ、今できることから一つずつ調べていくしかない。

リリスは再び歩き始めた。

まずは、自分にできることを。

一つずつ、確実に真実に向かうために。

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