二十四話 合わさる力
「まあ、いいか」
ロストはさほど気に留めることもなく、再び二人へと向き直った。
「それで、イリス。訓練はどうだったんだ?」
その問いかけを聞いた瞬間、イリスは俯いてしまった。
「クリス先輩には……迷惑をかけてしまいました」
「ほとんど、助けてもらってしまいました……」
服の裾をぎゅっと握りしめながら、イリスは申し訳なさそうに顔を曇らせる。
その様子を見たロストは、イリスの顔を覗き込むように見つめると、優しく微笑んだ。
「いいんだぞ、イリス」
「……え?」
「クリスが、そのことでお前を責めたか?」
イリスは小さく首を横に振る。
「……いいえ」
「だったら気にするな。あいつは後輩に頼られると、むしろ嬉しくなるタイプだからな」
ロストは少しだけ笑みを深める。
「俺もな」
そう言って、ロストはフィンとイリスの頭に手を伸ばした。
そして、二人の頭を同時に優しく撫でる。
「……」
「……」
突然のことに、フィンとイリスは目を丸くした。
しかし、すぐに二人の表情がほころんでいく。
大きな手から伝わってくる温もり。
そして、ロストの優しい笑顔。
それを感じた二人は、まるで兄に甘えるような、そんな笑顔を浮かべていた。
────────
しばらくして。
「先輩。複合異能って知っていますか?」
おもむろに、フィンがロストへ問いかけた。
「複合異能?」
ロストは首を傾げる。
「なんだ、それは?」
「僕たちが使える異能なんです」
フィンはイリスのほうを見た。
「僕たちは二人揃うことで、普通の異能とは違う力を使うことができるんです」
「そうなのか?」
「はい。一から説明しますね」
そう言って、フィンはイリスの能力について説明を始めた。
「まず、イリス・アグネ。属性は水です」
イリスは少し緊張したように背筋を伸ばす。
「能力は『心の癒し』。歌に魔力を乗せて、聞いた人の心を癒す能力です」
「その歌声が届く範囲にいる人たちの精神を落ち着かせたり、奮い立たせたりすることができます」
ロストは感心したようにイリスを見る。
「なるほど……」
「そして、僕の能力は知っての通り、感知能力です」
フィンは自分の胸元に手を当てる。
「僕は周囲に存在する魔力を感じ取ることができます」
「それぞれが違う力を持っているんですが……」
フィンはそこで一度言葉を切った。
そして、イリスへ手を差し出す。
イリスもその手を握り返した。
「力を合わせると、こんなことができるんです」
二人が同時に魔力を高める。
瞬間。
ロストの身体に、奇妙な感覚が走った。
『――先輩。聞こえますか?』
「!?」
声。
確かに聞こえた。
だが、それは耳から聞こえたものではない。
まるで頭の中へ直接、声が響いたかのようだった。
しかも、フィンとイリス。
二人の声が重なって聞こえている。
『聞こえていますか?』
「……ああ」
ロストは驚いた表情を浮かべる。
フィンが嬉しそうに笑った。
「これが僕たちの複合異能です!」
「魔力を感じ取り、その相手に声を届ける」
イリスも続ける。
「これが……私たち二人の力です」
「すごいじゃないか、フィン。イリス」
ロストは素直に感嘆の声を漏らした。
二人が揃っていれば、離れた場所にいる相手へ声を届けることができる。
戦闘中であれば、これは大きな意味を持つ。
離れた仲間同士で情報を共有できる。
敵の位置を伝えることもできる。
危険を知らせることもできる。
直接顔を合わせることなく、意思を伝えられる。
戦いにおいて、情報はそれだけで大きな武器になる。
「ただですね……」
フィンの声が少しだけ沈んだ。
「この力には、いくつか欠点があります」
「欠点?」
「はい」
フィンは申し訳なさそうにロストを見る。
「まず、この力は僕たちから相手への一方通行なんです」
「それに……」
少しだけ言葉をためらったあと、フィンは続けた。
「魔力を感じ取れない相手には、使うことができません」
その言葉を聞いた瞬間。
ロストは、その意味を理解した。
「……つまり」
ロストは自分の胸元へ手を当てる。
「俺には、その異能を使えないということか」
「……はい」
フィンは申し訳なさそうに頷いた。
「目の前にいるなら、位置がわかるのでこの異能は使えます。でも、離れてしまうと……」
「場所がわからないので、伝えられないんです」
イリスが小さな声で言った。
その表情には、明らかに申し訳なさが浮かんでいる。
「……先輩にだけ、この力を使えないなんて」
「フィン」
ロストは静かに名前を呼んだ。
「そんな顔をするな」
「でも……」
「俺一人に伝えられないからって、二人の力がすごいことには変わりないだろ?」
「……」
フィンは黙り込む。
ロストは二人を見つめながら、穏やかに笑った。
(それに、俺は一人だけ恩恵を受けられないなんてことには慣れている)
――自分だけが使えない。
――自分だけが持っていない。
そんなことは、今まで何度もあった。
だから、今さら気にすることでもない。
ロストはそう思っていた。
だが。
その心情を知ってか、知らずか。
フィンもイリスも、何も言わない。
ただ、俯いてしまう。
そんな二人を見て、ロストが二人に何か声をかけようとした、その時だった。
「……♪」
突然、イリスが歌い始めた。
「……?」
ロストは驚いてイリスを見る。
澄んだ歌声が、静かな空間に広がっていく。
とても綺麗な声だった。
それだけではない。
聞いているだけで、不思議と心が落ち着いていく。
張り詰めていたものが、少しずつ解けていくような感覚。
疲れていた身体まで、ほんの少し軽くなった気がした。
やがて、イリスが歌を終える。
「……あの」
イリスは不安そうにロストを見る。
「先輩……少しでも、元気は出ましたか?」
ロストはしばらく何も言わなかった。
胸の奥に、温かなものが満ちている。
魔力による癒し。
それ以上に、イリスが自分のために歌ってくれたという事実が嬉しかった。
「……ああ」
ロストは微笑む。
「すごく元気が出た」
「……本当ですか?」
「ああ。本当にありがとうな、イリス」
ロストはイリスの頭に手を乗せる。
そして、先ほどと同じように優しく撫でた。
「えへへ……」
イリスは嬉しそうに笑う。
その笑顔は、初めてフィンの頭を撫でた時の笑顔と驚くほどよく似ていた。




