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二十三話 鈍感

「また、危ないことに巻きこまれたの!?」


合同訓練を終え、フィンとともに校舎の廊下を歩いていたロストの前に、クリスが勢いよく駆け寄ってきた。


その表情には、心配と怒りが入り混じっている。


「いつも危険なことをして!」


「誤解だ! 今回は俺のせいじゃない!」


クリスの剣幕に、ロストは思わず一歩たじろいだ。


「本当に今回は不可抗力だったんだ。俺だって好きで危険な目に遭ってるわけじゃない」


「……それでも心配するでしょう」


「ん?」


クリスは小さく呟いた。


だが、その声はロストには届かなかった。


「このきれいな女性はだれですか? 先輩の彼女さんですか?」


そばにいたフィンが何気なく口にした。


「え?」


クリスの動きが止まる。


「え? え? なになに。急に何を言い出すの? この子は!」


頬がみるみる赤くなっていく。


「そうだぞ。何を言ってるんだ。そんなわけないだろ」


ロストは何の疑問も抱かず、淡々と答えた。


その瞬間だった。

クリスの顔から、照れたような笑みが消えた。


「……」


笑っている。

口元には笑みが浮かんでいる。

ロストは気づいていない。今の状況に。クリスがどんな顔をしているのかに。


そんなクリスの顔を見た瞬間、フィンの身体が固まる。

背中を冷たい汗が流れた。


(あ、これ……まずいやつだ)


何となく状況を察したフィンだったが、ロストは相変わらず何も気づいていない。


「……」


このままではまずい。

自分の発言で今の状況が起きたのだ。

そう判断したフィンは、慌てて声を上げた。


「あ、あーー! イルスじゃないか!」


「イルス?」


突然の大声に、ロストが首を傾げる。

そして、クリスの後ろへ視線を向けた。

そこには、クリスの陰に隠れるようにして、一人の少女が立っていた。


フィンと同じくらいの身長。

白く、肩より少し長い髪。


そして――


「……!」


少女はロストと目が合うと、小さく肩を震わせた。

明らかに緊張している。

身体をぷるぷると震わせながら、クリスの後ろにさらに隠れようとする。


「イリス、いつまでも隠れてないで。先輩に挨拶しなよ」


フィンが少女の手を取る。


「ほら」


「え……ちょ……フィン……」


「大丈夫だから!」


半ば強引に引っ張られ、少女はクリスの後ろから出てくる。

そして、フィンと並んでロストの前に立った。


「先輩。紹介します!」


フィンが胸を張る。


「僕の双子の妹。イリス・アグネです!」


「……!」


紹介された少女は、びくっと身体を震わせた。

それから、ロストの顔を見上げる。


「あ……あの……!」


声が小さい。


「その……イリス・アグネです……! 初めまして……今日はクリス先輩と訓練をしました…!」


恥ずかしそうにもじもじしながら、少女は頭を下げた。


「おう。俺はロスト・クライシスだ。よろしくな、イリス」


ロストは少女に合わせるように腰を少し屈める。

そして、自然な動作で手を差し出した。


イリスはその手を見つめる。

次に、ロストの顔を見る。

そして、もう一度手を見る。


しばらく迷ったあと――

おずおずと自分の手を差し出した。


「よろしく……お願いします……」


小さな手が、ロストの手に触れる。

その瞬間、イリスの頬がほんのりと赤くなった。


「クリスのパートナーだったのか」


納得するように呟くロスト。


「フィン。お前の妹はかわいい子だな。クリスもそう思うだろ?」


「……」


フィンの顔が引きつった。

ロストの言葉そのものが原因ではない。

その言葉を聞いた――クリスの顔が原因だった。


「ふーん……」


クリスは笑っていた。

先ほどまでの寒い笑顔とは違う。


それなのに――

フィンには、その笑顔が般若のように見えた。


「そうね…。かわいいわよね…」


「ロストは、年下のかわいい女の子が好きなのね?」


「……?」


ロストはクリスへ向き直る。


「どうした?」


「……」


「なんだか機嫌が悪いような……」


「別に?」


「そうか?」


ロストは首を傾げた。


「訓練、うまくいかなかったのか?」


「…………」


クリスの笑顔がさらに深くなる。


「知らない!」


「お、おい?」


「このバカ!」


クリスはそれだけ言い残すと、踵を返した。

そのまま、ずんずんと廊下の先へ歩いていく。


「クリス?」


呼び止める声にも振り返らない。

やがて、その姿は角の向こうへ消えていった。


「……なんなんだよ」


ロストは困惑したまま、その背中を見送る。


「いつもとは違うな……」


そして、隣にいる二人へ視線を向けた。


「なあ、フィン。クリスはどうしたんだろうな?」


「……」


フィンは答えなかった。


いや、答えられなかった。

隣ではイリスも困ったように視線を泳がせている。


「ねぇ……フィン」


「うん……」


二人は小声で顔を寄せ合った。


「クリス先輩って……」


「そうだよね。イリス……」


「……うん」


二人は同時にロストを見る。

当の本人は、未だに何が起きたのか分かっていない。

フィンとイリスは顔を見合わせる。


そして――

揃って、小さくため息をついた。

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