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二十七話 闇の底で

課外活動よりも、数日前――。


真紅の森、そのさらに奥。


人の気配はおろか、獣の足跡すらほとんど存在しない、深い森の底。

そこには、誰にも知られていない古代遺跡があった。

長い年月の中で崩れかけた石造りの遺跡。

苔に覆われ、木々の根が壁を侵食している。


その地下深く。

地上から幾重もの階段を下った先に、巨大な石棺が安置されていた。

周囲には明かり一つない。

ただ、石棺の周囲に刻まれた古代文字だけが、かすかにその存在を主張していた。


それは、遠い昔に起きた戦争の記録だった。


火を司る精霊、水を司る精霊、光を司る精霊と風を司る精霊、地を司る精霊、闇を司る精霊が

力の限りぶつかった時の記録だ。


炎が大地を焼き、水がそれを飲み込む。

風が荒れ狂い、大地が崩れ落ちる。

光が闇を照らし、闇がそのすべてを覆い尽くす。

その戦いは、あまりにも激しかった。


やがて戦場には、人間までもが巻き込まれていった。

精霊たちの力はあまりにも大きく、人間が抗えるようなものではなかった。


町が消えた。森が焼けた。大地が裂けた。

多くの命が失われ、世界そのものが滅亡の危機に瀕していた。

誰もが絶望していた。

この戦いを止める術など、どこにもない。


――そう思われていた。


そんな中、四人の人間が立ち上がった。

今となっては名も不明なものたちだった。


特別な血筋を持っていたわけでもない。

ただ、世界を守りたいという意思だけを胸に、四人は互いに手を取り合った。

敵対していた精霊たちの力を借り、力を合わせる。

何度も傷つき、何度も倒れ、それでも立ち上がった。


そして――。


ついに四人は、諸悪の根源とされた闇の精霊を封印することに成功した。

世界は、滅亡を免れた。

長きにわたった精霊戦争は、そこで終わった。


だが――。


その戦いの代償は、あまりにも大きかった。

強大な力を持っていた精霊たちもまた、傷ついていた。


その身に宿る力を大きく失い、やがて彼らはどこえなりと消えていった。


そして――。

長い眠りについた。


それから、幾百年。幾千年。

時は流れ――。


現在。


ピシッ。


静寂に包まれていた地下遺跡に、小さな音が響いた。

巨大な石棺。

その表面に、一筋の亀裂が走っていた。


ピシ……。


亀裂が、ゆっくりと広がっていく。


そして――。


石棺の中で、何かが動いた。


「……まだ、終わっていない」


低く、冷たい声が響いた。

誰もいないはずの地下遺跡。

それでも、その声だけは確かに存在していた。

石棺の隙間から、黒い霧がゆっくりと漏れ出す。

まるで生き物のように蠢きながら、床を這っていく。


壁を伝い。

天井へと広がり。

遺跡の奥へ、奥へと侵食していく。

黒い霧に触れた植物が、瞬く間に変色した。

葉は枯れ、茎は黒く染まっていく。


その深淵の山から蠢く、姿が見えた。


「グ……グオオ……」


生まれたのは、異形。

本来、通常では存在しえないはずの魔物。


――イレギュラー。


その誕生を、石棺の中にいる存在は静かに見つめていた。


「憎しみ……」


低い声が響く。


「恐怖……」


黒い霧が、ゆっくりと脈打つ。


「絶望……」


その言葉が響くたび、霧が濃くなっていく。


「人間は……いつの時代も同じだ」


石棺の奥。

暗闇の中で、何かが動く。


「力を求め……」


声に、憎悪が滲んでいた。


「他者を妬み……」


そして――。


「弱き者を踏みにじる」


ククッ。

小さな笑い声が響いた。

それは、楽しげな笑いではない。

長い年月をかけて積み重ねられた、憎悪そのものだった。


「……許さない」


黒い霧が、さらに広がる。


「この身を封じたことも……」


声が震える。


「この長く、永遠にも等しい時間を……」


石棺の内側から、何かが石壁を擦る音がした。


「この暗闇の中で過ごさせたことも……」


そして――。

暗闇の中に、二つの赤い光が灯った。


「絶対に……許さぬぞ」


その言葉と同時に、赤い光がゆっくりと消える。

黒い霧もまた、何事もなかったかのように遺跡の奥へと沈んでいった。


静寂が戻る。

まるで、何も起きなかったかのように。


しかし――。

すでに、始まっていた。

遠い昔に封じられた闇が。

再び、この世界へと手を伸ばし始めていた。


────────────


精霊戦争。


それは、今ではただのおとぎ話だった。

本当にそんな戦争があったのか。

本当に精霊という存在が、この世界にいたのか。

それを証明できる者は、もう誰もいない。

歴史書に記された記録も、長い年月の中で失われていった。


それでも――。

誰もが幼い頃、一度はその物語を聞かされていた。

悪い子は、闇の精霊にさらわれてしまうよ。

そんな言葉とともに。

子供を叱るための、ただの昔話。

寝る前に聞かされる、ありふれたおとぎ話。

誰も、それを本当の出来事だとは思っていない。


――だが。


これは、おとぎ話ではない。

精霊戦争は、確かに存在した。

そして、その戦いで生まれた憎悪も。

傷も。遺恨も。

決して消えたわけではなかった。

ただ、長い年月の中で――。

眠っていただけだった。

そして今、その眠りから闇が目を覚まそうとしていた。

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