二十二話 暴走の後
複数の教師たちが、次々と訓練室へ駆け込んでくる。
「一体、何があったんだ?」
エヴァンスが、室内を見渡しながらリリスに問いかけた。
「私にも分からないわ。一瞬で生徒たちの姿が見えなくなったの」
リリスはそう答えながら、訓練室の奥へ視線を向ける。
「ただ……異常な魔力だけは感じたわ」
砕けた床。
壁に残された無数の傷。
そして、いまだに室内に漂う不気味な魔力の残滓。
その光景を見れば、ここで尋常ではない事態が起きたことは明らかだった。
「詳しいことは、あの子たちに聞いたほうが早いわね」
リリスが視線を向ける。
その先にいたのは、ロストとフィンだった。
「それに、あの子が止めたのよ。この異変を」
「……そうか」
エヴァンスは二人のもとへ歩み寄る。
ロストとフィンは、先ほど起きたことを一から説明した。
生徒たちが突然姿を消したこと。
異常な魔力が発生したこと。
そして、ロストがその場で動き、暴走した生徒を止めたこと。
エヴァンスは二人の話を静かに聞いていた。
その間も、何度も訓練室の周囲へ視線を走らせる。
「……なるほどな」
一通り話を聞き終えると、エヴァンスは倒れている生徒へ目を向けた。
「あの生徒の意識が戻ったら、本人からも話を聞く必要があるな」
そして、ロストへ視線を戻す。
「能力者を相手にしたんだ。怪我をしているなら、さっさと医務室へ行け」
「……はい」
エヴァンスはそれだけ言うと、暴走した生徒のもとへ歩いていった。
その背中を、リリスは何とも言えない表情で見つめている。
「……あれは、地属性だけの魔力じゃない」
フィンがぽつりとつぶやいた。
「この世界にはごく稀に二つ持ちがいますが、あれは…なんていうか…」
フィンもあまりうまく言えないようだ。
二つ持ち…通称、ダブル
どんな原理で、どんな理由でかはわからないがごく稀に二つの違う属性を操る能力者がいる。
魔力を操れるようになって最初からに二属性使える者、一属性しか使えなかったのに途中から急に二つ扱えるようになったもの。
ただ、二属性使えるものがあまりにも少なくて、まったく研究が進んでいないのであった。
フィンの呟きを聞きながら、ロストは頭の中では別のことを考えていた。
「……お……まえ……だ……」
あの生徒が、意識を失う直前に口にした言葉。
――お前だ。
あいつは、明らかに俺を狙っていた。
なぜだ?
顔を合わせたことはない。
……いや。
同じ講義を履修していたことくらいはあるかもしれない。
だが、それだけだ。
直接話したこともない。
何か恨みを買うようなことをした覚えもない。
「……分からない」「わかりません……」
考え込んでいたロストとフィンが、ほとんど同時に声を漏らした。
二人の間に、しばしの静寂が流れる。
結局、今の段階では何も分からない。
なぜあの生徒が暴走したのか。
なぜロストを狙ったのか。
そして、あの異常な魔力が何だったのか。
すべてが謎のままだった。
「……まあ、今は考えても仕方ないか」
ロストは小さく息を吐いた。
そして、隣に立っていたフィンへ目を向ける。
「とりあえず。フィン、無事でよかったよ」
「……え?」
ロストは、フィンの頭に手を置いた。
わしゃわしゃと、その小さな頭を撫でる。
「先輩……」
ロストの手は温かかった。
そして、その表情には先ほどまでの緊張感が嘘のような、優しい笑顔が浮かんでいる。
フィンの身体から、少しずつ力が抜けていく。
強張っていた肩も下がり、ようやく普段の表情を取り戻した。
「へへへ……」
フィンは照れくさそうに笑う。
「先輩! 守ってくれて、ありがとうございました!」
「礼なんていいさ。無事だったなら、それでいい」
まだ、何も解決してはいない。
事件が終わったのかすら、分からない。
この先、何が起こるのかも分からない。
それでも――。
フィンの笑顔を見た瞬間、ロストはようやく実感した。
ひとまず、一難は去ったのだと。
「……ふぅ」
ロストは小さく息を吐き、胸を撫で下ろした。




