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二十一話 積み上げてきたもの

「うがぁぁぁぁ!」


部屋に、獣のような叫び声が響き渡った。


その声を聞いた瞬間、ロストは反射的に動いていた。

フィンをかばうように一歩前へ出る。


「なんですか! なんなんですか、あいつは!」


背後からフィンの声が響く。


「それに、魔力も異質です! 絶対普通じゃない!!!」


声には明らかな恐怖が滲んでいた。

今にも走り出しそうだが逃げ出そうとしても、この場所は岩に囲まれている。


ロストの傍にいることが、一番安全だと判断しているのか。

どちらにせよ、フィンはロストの背中から離れようとはしなかった。


「どうしたんだ、あいつは……」


ロストは目の前の生徒を見据える。

顔には見覚えがない。魔力が暴走している。


だが、ただ暴れているだけではない。

身体から漏れ出している魔力そのものが、どこかおかしい。


「魔力の暴走……?」


ロストの頭の中で、いくつもの可能性が浮かんでは消えていく。

能力によるものなのか。

何らかの魔法を使っているのか。

それとも、何か別の原因があるのか。

しかし、どれだけ考えても答えは出なかった。


そのときだった。

暴れ続けていた生徒の動きが、ぴたりと止まる。


そして――。

ゆっくりと、その顔がロストへ向いた。


「……お……まえ……だ……」


「……!」


かろうじて聞き取れるほどの声。

だが、その言葉だけははっきりと届いた。


――お前だ。


何を意味している?

そう考えるよりも早く、生徒が動いた。


「うがぁぁぁぁ!」


地面を蹴る。

一直線。

まるでロストだけを狙っているかのように、凄まじい勢いで迫ってくる。

剣が振り上げられた。


「……!」


ロストは剣を握り直した。

足を開き、腰を落とす。

迎え撃つ。


その瞬間――。

ロストの脳裏に、かつての修行風景が蘇った。


──────


「師匠。師匠には魔力があるのに、どうして魔力を使用しない戦い方をするんですか?」


修行の合間。

ロストは以前から気になっていたことを尋ねていた。

ケイオスは腕を組み、少し考える。


「それは――俺が最強だからだ」


「……」


「魔力を使わなくても、負けたことはない」


「強すぎるから使わないってことですか?」


「そういうわけではないんだが……」


ケイオスは少しだけ考え込むと、頭を掻いた。


「訓練みたいなものだ」


「訓練?」


「ああ。いつか、魔力を使った戦い方ができない時が来るかもしれないだろ」


ケイオスは剣を眺めながら続ける。


「その時、魔力がなければ戦えない――なんてことは避けたかった」


そして、少し笑った。


「まあ、いざやってみると、能力も魔力も使わなくても負けなかったがな」


「……」


ロストは改めて思う。

この人は、本当に規格外だ。


「だが、ロスト」


ケイオスの表情が変わる。


「お前にとっては、もっと重要な意味がある」


「俺に?」


「ああ」


ケイオスはロストの目を真っ直ぐに見た。


「いい機会だ。魔力を持つ者の戦い方と、お前が鍛えるべき技術を教えてやる」


ケイオスは剣を手に取った。


「一般的な魔力の使い方は、武器に魔力を纏わせることだ」


剣に魔力が流れ込む。


「単純に、武器そのものが強化される」


「……」


「実際に試してみろ」


ロストも剣を構えた。


そして――。


ガキンッ!


二本の剣が激しくぶつかり合う。


「……!」


ロストの剣が、根元から折れた。


ケイオスの剣には、傷一つない。


同じ剣。

同じような力加減。

それでも、結果は明白だった。


「これが、能力者と戦うということだ」


ケイオスは折れた剣を見つめるロストに言った。


「魔力量の差が、そのまま力の差になる」


ロストは唇を噛んだ。

魔力がない。

それだけで、これほどまでの差が生まれる。


「……師匠は、能力も魔力も使わず、どうやって戦っているんですか?」


「それは――」


ケイオスは剣を構え直した。


「いなし、受け流しているんだ」


「受け流す……?」


「真正面から受けるんじゃない」


ケイオスの剣が、ロストの剣に触れる。

そして、ほんの僅かに角度を変えた。

力が横へ逃げていく。


「力の入っている部分を避ける」


さらに剣が動く。


「魔力が濃く集まっている場所も避ける」


「……!」


「相手の力と真正面からぶつからない。相手の力を利用して、受け流す」


ケイオスは剣を下ろした。


「これは能力じゃない」


そして、ロストの胸を指差す。


「技術だ」


ロストは黙って聞いていた。


「得意だろ? そういうのを鍛えるのは」


「……はい!」


「魔力がないからといって、魔力を感じ取ることができないわけじゃない」


ケイオスはそう言うと、周囲に積み重ねられた大量の剣を指差した。

そこには、何千、何万――それ以上の剣が積み上げられていた。


「これから俺がお前を攻撃する」


「……はい」


「俺は毎回、魔力を込める場所を変える」


「!」


「剣そのものに込める時もあれば、腕、肩、脚――攻撃に使う場所はその都度変える」


ケイオスは笑った。


「だから、目で追うな」


「……」


「身体で感じ取れ」


ロストは剣を握った。


「まさか……折れてもいいように、これだけ剣があるんですか?」


「弟子想いの師匠に感謝しろよ」


ケイオスは嬉しそうに笑う。


「これで『剣がないから修行できません』なんて言い訳はできないからな」


「……師匠」


ロストは呆れながらも、剣を構えた。

覚悟を決める。

最初は何度も剣を折った。

魔力を感じ取れず、真正面から受けてしまう。


だが――。


何度も繰り返す。

何度も剣を折る。


そして少しずつ。

ほんの僅かずつ。

ロストの身体が、魔力の流れを覚えていった。


──────


ガキンッ!


現実へと意識が戻る。


迫り来る剣を、ロストは真正面から受けなかった。

剣を僅かに傾ける。

相手の力が最も強くなる場所を避け、その勢いを横へ流す。


「……!」


ガキンッ!

相手の剣が弾かれた。


続けて、二撃目。


ガキンッ!


三撃目。


ガキンッ!


四撃目。


背後でフィンが息を呑む。


何度ぶつけ合っても――。


ロストの剣は折れない。


以前なら、一撃で折れていたはずの剣。

それが今は、何度受けても無傷だった。


「……感じる」


相手の魔力がどこに集まっているのか。

どこに力が込められているのか。

ロストには、少しずつ分かるようになっていた。


「師匠……」


あの修行の日々が、今になって繋がっていく。


相手の力を真正面から受け止める必要はない。


ただ――。

流せばいい。


そして。


「ここだ」


ロストは一歩踏み込んだ。

相手の剣が空を切る。

その懐へ潜り込む。


剣を握り直し――。

刃ではなく、剣の峰を振り抜いた。


「ぐっ……!」


ドガッ!


鈍い音が響く。

剣の峰が相手の身体を捉え、その身体が吹き飛んだ。


地面を転がり――。

そのまま、動かなくなった。


「…………」


静寂が戻る。


ロストは剣を下ろした。

自分の手に握られた剣を見る。


「……勝った」


ロストが初めて、能力者を相手に自分の力だけで勝利した瞬間だった。

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