二十話 湧き上がる悪意
「半数が脱落した、といったところかしら」
リリス・ランフォートは、訓練所全体を見渡しながら小さく呟いた。
開始から、どれほどの時間が経っただろうか。
最初は訓練所を埋め尽くしていた生徒たちも、今ではその数を大きく減らしている。
床に座り込んでいる者。
壁際で息を整えている者。
教師の指示を待っている者。
それぞれが、自分の限界と戦っていた。
「今年の一、二年はよく粘るわね」
リリスは、そんな生徒たちを見ながら、ほんの少しだけ口元を緩めた。
教師として、生徒の成長を目にするのは嬉しい。
まだ未熟なところは多い。
それでも、以前ならとっくに諦めていたような状況でも、今の彼らは必死に食らいついている。
――それにしても、あの子は……。
リリスの視線が、一人の生徒へと向いた。
ロスト・クライシス。
今もなお、次々と飛んでくる武器を防ぎ続けている。
自分自身を守るだけではない。
その背後にいる後輩を庇うように立ち、迫り来る武器を一つずつ弾いていた。
「……」
しかし、後ろにいるフィンも、ただ守られているだけではなかった。
周囲を冷静に観察し、迫ってくる武器の位置や数を把握している。
「右から三本! 次は上です!」
「分かった!」
フィンの声に合わせ、ロストが身体を動かす。
一本。二本。三本。
続けて飛んできた武器を、ロストは最小限の動きで弾き落としていく。
その動きには、二人の間に明確な役割分担ができていた。
「なかなか息の合ったチームね」
リリスは感心したように呟く。
「今日が初組みとは思えないわね」
周囲を見れば、まだ半数近くの生徒が訓練に耐えている。
しかし、その多くは自分自身の能力だけを頼りにしていた。
炎で武器を焼き払う者。
風で軌道を逸らす者。
水の壁を作り出す者。
それぞれが自分の能力を駆使して、この訓練を乗り切ろうとしている。
それ自体は間違っていない。
むしろ、能力者としては当然の戦い方だ。
だが――。
ロストたちは違う。
互いの能力を補うのではなく、互いの判断そのものを補い合っている。
一人が見て、一人が動く。
一人が危険を察知し、一人がそれに対応する。
「……面白いわね」
リリスは二人を見つめながら、ふと別の人物のことを思い出した。
エヴァンス・ライガ。
数日前、彼が珍しく自分のところへやって来たときのことだった。
────────
「リリス、お前のところの訓練チームにはロストがいるな」
「ええ。いるわね」
突然そんな話を切り出され、リリスは少し意外そうにエヴァンスを見た。
「どうしたの? あなたが特定の生徒の話をしに来るなんて珍しいわね」
「……あいつは無能力だ」
「知ってるわよ」
「なら話は早い。あまり無理をさせるな」
エヴァンスは淡々と言った。
「無理をさせて、怪我でもされたら面倒だからな」
「ふーん……」
リリスは意味ありげに目を細めた。
「ほんとに、それだけかしらね?」
「他に何がある?」
「そりゃあ……」
リリスはわざとらしく考える素振りを見せる。
「心配だから、とかねぇ?」
「……」
エヴァンスは一瞬だけ黙った。
だが、すぐに顔を背ける。
「ふん。そんなものはない」
「はいはい」
「俺の生徒だ。問題を起こされると面倒なだけだ」
「そういうことにしておきましょうか」
「……」
エヴァンスはそれ以上何も言わず、踵を返した。
そして、そのままスタスタと歩き去っていった。
────────
(あれが心配じゃなかったら、なんなのかしらね)
リリスは、わずかに笑った。
「……まだ、エヴァンスは乗り越えられていないのかしら」
誰に聞かせるでもなく呟き、再び訓練へと意識を戻す。
手元の武器が宙を舞った。
リリスが指を動かす。
それに呼応するように、複数の武器が一斉に方向を変えた。
時間が経つにつれて、脱落する生徒は増えていく。
そして、生徒が減れば減るほど、一人ひとりに向けられる武器の数は増えていった。
十本。二十本。それ以上。
「……まだいけるわね」
リリスは淡々と武器を操り続ける。
「多すぎだろ…!」
ロストは小さく悪態をついた。
それでも手を止めることはない。
一本。
また一本。
飛来する武器を叩き落とし攻撃を続けていく。
そんな中だった。
「……あれ?」
ロストの背後から、フィンの声が聞こえた。
今までとは明らかに違う。
その声には、はっきりとした焦りが滲んでいた。
「どうした?」
「なんだか……おかしいです!」
フィンは周囲を見回している。
「この魔力……!」
その顔から血の気が引いていく。
「やばいです……!」
ロストもフィンの視線を追った。
そして――。
訓練所の中央付近に、一人の生徒がいた。
頭を抱え、身体を丸めるようにして、うずくまっている。
「……なんだ?」
ロストが目を細める。
その生徒の周囲には、異様なほど濃い魔力が渦巻いていた。
通常の能力発動時に感じる魔力とは違う。
荒々しく、制御されていない。
まるで、本人の意思とは関係なく、内側から何かが溢れ出しているようだった。
フィンは、その魔力を感じ取っていた。
だが、それが何なのかを上手く言葉にできない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。
――怖い。
理由は分からない。
それでも、本能が危険だと告げている。
「先輩……」
「分かってる」
ロストも、フィンの表情からただ事ではないことを察していた。
次の瞬間。
「うがぁぁぁぁぁぁっ!」
訓練所中に、絶叫が響き渡った。
「っ!」
生徒たちが一斉に振り返る。
その瞬間だった。
――ズドォンッ!
地面が大きく揺れた。
「なに!?」
訓練所の床が大きく盛り上がる。
次の瞬間、地面を突き破るようにして巨大な岩が次々とせり上がった。
ゴゴゴゴゴゴ……!
まるで地面そのものが生き物のように蠢いている。
岩壁は一気に高さを増し、訓練所の中央を横断していく。
「いったい何!?」
リリスが声を上げた。
だが、その声に答える者はいない。
目の前に突然現れた巨大な岩壁。
その向こう側には、生徒たちの姿があるはずだった。
しかし――。
「……見えない」
岩壁によって完全に視界を遮られている。
「全員、無事!?」
リリスが叫ぶ。
返事はない。
さっきまで聞こえていた生徒たちの声も、今は岩壁の向こうへと閉ざされている。
リリスの表情から、先ほどまでの余裕が消えた。
岩壁を見つめた。
その向こう側から――。
何かが、聞こえた。
低く。重く。地面を震わせるような音。
リリスは訝しむ。
「……いったい何が起きているの?」




