十九話 訓練の最中で
フィンと初めて顔を合わせた翌日。
ロストとフィンは、指定された時間にB訓練所へ集まっていた。
訓練所には、すでに何組もの生徒たちが集まっている。
見渡してみても、見知った顔はほとんどいない。
「フィン、知り合いはいそうか?」
「僕の友人も見当たらないですね。訓練室もいくつかありますし、時間帯が違う組もいるみたいです!」
そう言いながら、フィンは目を閉じた。
周囲を見ているわけではない。
魔力の流れを感じ取っているのだろう。
ロストはそんなフィンの様子を横目で見ながら、腰に差した剣へ手を伸ばした。
鞘に収まった剣を軽く確認する。
問題ない。
いつでも動けるよう、身体の状態も整えておく。
そんなときだった。
「いったい、どんな訓練なんでしょうか?」
フィンが周囲を見回しながら尋ねてくる。
ロストも改めて訓練所を見渡した。
そこには、様々な武器が並べられていた。
短剣や遠距離武器がならんでいる。どれも小型のものだ。
しかし、そのどれも刃が潰されていた。
殺傷能力だけを取り除いた、訓練用の武器らしい。
「武器を使いこなす訓練ですかね?」
フィンが並べられた武器を見つめる。
そして、少し間を置いてから、
「……僕には無理そうです!」
堂々と弱音を吐いた。
「はは……」
ロストは思わず苦笑する。
そんな二人の前に、一人の女性教師が姿を現した。
「時間よ! それでは訓練内容を説明します!」
よく通る声が訓練所に響く。
リリス・ランフォート。
風の魔力を操る教師であり、同時に大量の武器を自在に操ることができる異能力者だ。
その名前を知っている生徒たちの間から、わずかにざわめきが起こった。
リリスは全員を見渡すと、淡々と告げる。
「今日の訓練は単純です」
その言葉とは裏腹に、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
「私の攻撃を、防いでもらいます」
「……防ぐ?」
ロストが眉をひそめる。
リリスは頷いた。
そして、少しだけ声を低くする。
「皆さん、本気で防ぎなさい」
ロストは周囲を見渡した。
この訓練室にいるのは、三十組ほど。
一つのチームに二人。
つまり、六十人近い生徒がいる。
(まさか……)
ロストの脳裏に、一つの疑問が浮かんだ。
これだけの人数を相手に、教師一人で攻撃を仕掛けるというのか。
しかも、全員の動きを把握しながら?
そんなことが可能なのか。
ロストは一瞬だけ考え込み――
すぐに首を横に振った。
(……いや)
思い出した。
この学院の教師たちは、普通ではない。
生徒たちが束になっても届かないような実力を持つ者たちばかりだ。
ならば、できるのだろう。
「目の前に迫る脅威を、どんな方法でも構いません。防ぎなさい」
「耐えた時間が、そのまま成績に比例します」
その場にいる生徒たちの表情が変わる。
そして――
「ただし、一つでも武器が身体に当たれば、その時点で終了です」
「……!」
緊張が走る。
リリスは何でもないことのように、訓練所の隅に置かれていた武器へ手を向けた。
次の瞬間。
ふわり。
武器が浮かび上がった。
一本。二本。十本。数十本。
そして――
百。二百。三百。
「……まだ増えるのかよ」
ロストの額に、冷や汗が浮かぶ。
浮かび上がった武器は、空中で静止している。
刃は潰されている。
それでも、あれだけの数を高速で飛ばされれば、当たっただけで十分なダメージになるだろう。
それ以上に問題なのは――
(これを、全部一人で操るのか?)
ロストが息を呑む。
リリスは軽く腕を上げた。
「では、始めますよ!」
空気が変わった。
「構えなさい!」
その瞬間――
ドドドドドドッ!!
空中に浮かんでいた無数の武器が、一斉に動き出した。
短剣。槍。投擲用の武器。
それらが、それぞれ異なる軌道を描きながら、各チームへ襲いかかる。
「フィン! 俺の後ろに!」
「はい!」
ロストはフィンを自分の背後へ呼び寄せた。
次の瞬間。
ガキンッ!
迫ってきた短剣を剣で弾く。
ガキンッ!
二本目。
ガキンッ!
三本目。
「くっ……!」
見える。
武器そのものの速度も、威力も、それほど高くない。
一つ一つなら、問題なく対処できる。
だが――
多すぎる。
弾き飛ばしたはずの武器が、空中で方向を変える。
「なっ……!」
再びこちらへ飛んでくる。
ガキンッ!
弾く。
また飛んでくる。
ガキンッ!
弾く。
その武器がさらに方向を変える。
「キリがない……!」
一度防いで終わりではない。
リリスの魔力が残っている限り、弾き飛ばされた武器さえ再び攻撃へと加わってくる。
まるで無数の意思を持った武器が、自分たちを狙っているかのようだった。
ロストは必死に剣を振り続ける。
右。左。上。下。
視界の端に武器が映れば、即座に剣を走らせる。
だが――
すべてを視認することはできない。
そのとき。
「先輩!」
背後からフィンの声が響いた。
「右後ろからナイフです!」
「――!」
ロストが振り向く。
そこには、死角から迫る一本のナイフ。
ガキンッ!!
間一髪。
剣で叩き落とした。
ほんの一秒。
いや、コンマ数秒でも反応が遅れていれば、身体に当たっていた。
ロストは息を吐く。
「……助かった」
「見えない位置からは僕が伝えます!」
フィンは目を閉じたまま、周囲の魔力を探っている。
「先輩は、見えている攻撃をお願いします!」
ロストは一瞬だけフィンを見る。
そして、笑った。
「心強い!」
短い言葉。
それだけを告げると、再び前へ向き直る。
「右です!」
ガキンッ!
「下から!」
ガキンッ!
「左!」
ガキンッ!
「二つ同時です!」
ガキンッ!
ギィンッ!
「上から来ます!」
ロストは身体を捻り、頭上から落ちてきた槍を弾く。
フィンの声を頼りに、見えない攻撃を処理する。
そして、自分の視界に入った攻撃は、自らの剣で防ぐ。
一人では対応しきれない。
だが――
二人なら違う。
ロストは剣を振りながら、徐々に感覚を掴み始めていた。
(どこから来るのかさえ分かれば……)
防げる。
威力はそれほど高くない。
問題は数と死角。
ならば――
(あとは根比べだ)
剣を握る手に力を込める。汗が頬を伝う。
息が荒くなる。それでも、足は止まらない。
脳裏に浮かんだのは、ここ数日の訓練だった。
何度倒れても立ち上がった。
重りを背負って走った。
限界まで剣を振った。
何度も、何度も。
(最近の俺の根性を……)
ロストは口元をわずかに吊り上げる。
(なめるなよ)
ガキンッ!!
また一本、弾き飛ばす。
そして次の攻撃へ向かって、剣を構え直した。
どれだけ長く続こうと構わない。
師匠との訓練で叩き込まれたのは、強さだけではない。
――限界を超えてから、もう一度動く力。
それこそが、今のロストを支えていた。




