7-1-8 伊吹山の荒ぶる神1
新幹線を米原で降りた小桜と智絵里は、駅前の観光案内板を確認した。そこには伊吹山の登山道が示されていたが、ひときわ目を引く赤字の警告文が添えられている。
『登山道崩落のため通行禁止』
「これ、マジ?」
智絵里が目を丸くする。
「うわぁ……ヤマトタケルの道が、封じられてるってわけ?」
小桜は苦笑しながら地図を見つめた。
「車なら遠回りして別のルートから行けるみたいだけど……」
智絵里が地図の上を指で滑らせながら言う。
「私たち、免許ないしね」
小桜は肩をすくめた。
二人はしばし地図を見つめた。そこにはロープウェイのマークもあったが、すぐ近くに「廃線」の文字が記されている。
「ええ~、完全に詰んでるじゃん」
智絵里がため息をつく。
小桜はしばらく黙っていたが、やがて地図から顔を上げた。
「でもさ、ヤマトタケルは、こんな障害があっても進んだんだよね?」
険しい表情で、伊吹山を見据える。
「だったら、私も挑戦する」
「えっ!? マジで言ってるの?」
智絵里が驚きの声を上げた。
「うん。智絵里はホテルで待ってて」
「え、ちょ、ちょっと……」
「智絵里の魔導AIは対人戦闘向きだし、もし崩落に巻き込まれたら危ないよ」
智絵里は不安げに小桜を見つめた。だが、その目に宿る決意が揺るがないことを悟ると、やがて静かに頷いた。
「……絶対、無茶しないでよ」
「約束する」
そう答えると、小桜は一人で山へ向かった。
—-
登山道を進みながら、小桜は魔導AIブルヴィータを起動した。黄金色のオーラが全身を包み、身体能力を引き上げていく。踏み込むたびに地面が軽く沈み込み、その反発を受けるように身体が前へ跳ねる。急斜面さえ苦もなく駆け上がると、冷たい風が頬を切った。
「よし、悪くない」
その直後だった。
山の上から、不穏な音が響いた。
次の瞬間、大量の岩石が斜面を崩れ落ちてくる。拳ほどのものから、小桜の上半身ほどもあるものまで、大きさは様々だった。
「やばっ……ルナティック・ラッシュ!」
小桜は即座に生命エネルギーを漲らせ、身体の速度を倍増させた。
数発程度なら回避できる。しかし、これは違った。
まるで嵐に舞う弾幕のように、無数の岩が怒涛の勢いで降り注いでくる。一つひとつの速度も異常に速く、視界いっぱいに拡がった岩石が、鉄球の雨となって襲いかかってきた。避けようにも、左右にも前後にも逃げ場がない。
「ぐっ……間に合わない!」
鋭い衝撃が右肩を直撃し、小桜の身体が弾かれるように吹き飛んだ。続けざまに足元が崩れ、バランスを失ったところへ、膝丈ほどの大きさの岩が勢いよくぶつかる。
「──ッ!」
嫌な音とともに、右足に鋭い痛みが走った。足首を打ち砕かれたかのような感覚に、小桜は思わずその場にうずくまる。
そのとき、耳元で何かの笑い声が聞こえた。
振り向くと、白い大猪がこちらをじっと見つめている。
「……?」
小桜が目を凝らすと、大猪は鼻を鳴らし、嘲るように歯を見せた。
「ヒヒン……よくもまぁ、その程度で済んだものだな。人間のくせに運がいい」
その声には、明らかな侮蔑が込められていた。
小桜が睨み返すと、大猪はすぐにくるりと背を向け、森の奥へと消えていった。
「神の遣いかもしれんぞ」
グラビティウムが呟く。
「ちょっと今は……それどころじゃない……」
小桜は顔を歪めた。
しばらく動けずにいたが、ブルヴィータがもたらす回復力が徐々に痛みを和らげていく。やがて小桜はゆっくりと立ち上がり、荒い息を整えた。
「ヤマトタケルも、こんな試練に立ち向かったの……?」
思わず漏らした小桜の呟きに、グラビティウムが答える。
「奴は草薙の剣を持たずに山へ入り、後悔したという。しかし、今ここにはその生まれ変わり、千早宗近がある」
小桜は腰に佩いた小太刀へ手をかけた。
「だったら、今度こそ後悔させないわ」
刀を抜き放つと、鋭い輝きが刃を走った。
その瞬間、再び落石が起こる。
「……行くよ、千早宗近!」
小桜は刀を振るった。
刃が空気を断ち切ると、衝撃波が生まれ、落ちてくる岩を次々と切り裂いていく。大小の岩石が宙で砕け、足元へ散らばった。
「これは驚いたな……。さしずめ石薙の剣、といったところか」
グラビティウムが感心したように言う。
小桜は呼吸を整えると、静かに剣を納めた。
だが、頂上が近づくにつれて、今度は天候が急変した。空が暗雲に覆われ、冷たい風が吹きすさぶ。
その直後、無数の雹が降り注いできた。
「ちょっ……! 顕現せよ、《金牛の鎧》!」
雹は銃弾のような勢いで小桜を襲った。鎧の防御をもってしても、その衝撃は強い。このままでは、一歩進むことさえままならない。
「なら……!」
小桜は千早宗近を掲げた。
次の瞬間、刃が輝き、降り注ぐ雹を次々と斬り裂いていく。まるで剣が空間そのものを断ち切るかのように、雹の軌道が逸れ、小桜の身体を避けるように左右へ流れていった。
「本当に……すごい刀だわ……」
「神刀としての力が、目覚めつつあるな」
小桜は微笑んだ。
「さしずめ雹薙の剣、ってとこね」
その姿を、白い大猪が木陰からじっと見つめていた。
だが、その目に称賛の色はない。鼻を鳴らすと、呆れたように首を振った。
「チッ……たかが人間風情が、神の刀を振るうだと? おこがましいにも程があるな」
大猪は冷ややかな視線を向けたまま、ゆっくりと森の奥へ消えていった。
まるで、「どうせ長くは持たない」と言わんばかりの態度だった。
ブクマで小桜たちの応援をお願いします!




