↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/20

7-1-7 神器の記憶

小桜は新たに鍛え直された小太刀──千早宗近を携え、再び須佐神社を訪れた。社の境内は相変わらず厳かな空気に包まれ、木々のざわめきさえ、心なしか二人を迎えているように聞こえる。


「よし……」


小桜は一度深く息を吸い、刀を奉納台へそっと置いた。


その瞬間、境内の空気が震えた。


木々が一斉にざわめき、どこからともなく風が吹き抜ける。拝殿の奥に掛けられた古びた注連縄が、ギシギシと音を立てて揺れた。


「……何?」


小桜が身構えた、そのときだった。


足元から、じわりと冷気が這い上がってくる。


「八雲立つ~、風の行方を~、問うもまた~」


どこか上機嫌な、かすれた歌声が耳元に響いた。


智絵里がびくりと肩を震わせ、慌てて周囲を見回す。しかし、人の姿はどこにもない。


「どこ? 誰かいるの?」


「……上だ」


グラビティウムが静かに告げた。


二人が見上げると、神社の拝殿の屋根に、いつの間にか一人の男が座り込んでいた。


髪も髭も伸ばし放題の、どこか野放図な雰囲気を漂わせた初老の男だった。ぼさぼさの髪が風に揺れ、垂れた髭が顔の半分を覆っている。右手には瓢箪を握り、男は何事もなかったかのように、くいっと酒を飲んでいた。


「ぐぅ……ふぅ……。なんだ、またお前らか」


「スサノオノミコト様!」


男は眠たげな目を小桜へ向け、片手を上げると大きくあくびをした。


「で、その剣は? もしや……草薙の剣か? これはまた、随分と洒落た装いになったもんだな!」


豪快に笑いながら、スサノオは屋根から軽々と飛び降りた。地面に降り立つと、千早宗近を手に取り、しげしげと眺める。


「神の刀として鍛え直してもらいました。銘は千早宗近です」


「ふふ……相変わらず、人間は面白いことをするのう。まるで新しい命を得たかのようだ。悪くない」


スサノオは刀身を眺めたまま、満足そうに鼻を鳴らした。


「それで、あなた様にお願いがございます」


小桜は一歩前に出た。


草薙の剣を打ち直したことで、形は取り戻した。しかし、かつて神器として振るわれていた力の多くは、まだ失われたままだった。その力を取り戻すために、ここまで来たのだ。


「この刀に、草薙の剣の記憶を蘇らせることはできませんか?」


真剣な眼差しで尋ねると、スサノオは刀身を見つめたまま、しばらく黙っていた。


やがて、静かに頷く。


「ふむ……確かに、神器としての記憶を呼び覚ませば、元の力を取り戻すことはできるだろう」


小桜の胸に、わずかな希望が灯った。


しかし、スサノオは続けた。


「だがな。草薙の剣を手にし、振るったのは俺ではない」


「え?」


「俺が見つけたものではあるが、使い手は別にいる──ヤマトタケルだ」


その名に、小桜も智絵里も息を呑んだ。


「じゃあ、ヤマトタケル様のもとへ行けば……」


「そう簡単な話ではない」


スサノオは苦笑しながら、刀を小桜へ返した。


「俺にも、あいつの居場所はわからん。なにせ、白鳥になって全国を飛び回っているからな」


「白鳥……」


智絵里が肩を落とした。


「そんなの、どうやって見つければ……」


すると、グラビティウムが淡々と口を挟んだ。


「伝承によれば、ヤマトタケルは滋賀県の伊吹山で荒ぶる神と戦い、敗れたとされている」


スサノオはその言葉に興味を示し、目を細めた。


「ほう……。ならば、刀を持って因縁の地に赴けば、あるいは何かが起こるかもしれんな」


小桜は刀を握り直した。


「伊吹山……行ってみます」


「そうか」


スサノオは満足そうに笑った。


「いいだろう。せいぜい、気をつけるんだな」


二人はスサノオに一礼し、伊吹山へ向かうため、須佐神社の鳥居へ向かった。


そのときだった。


「おい、待て」


低く響く声に振り返ると、スサノオが後ろから歩いてきていた。酒のせいか、先ほどよりも頬が少し赤い。


「草薙の剣を助けてくれた礼だ」


そう言って、彼は千早宗近の刀身を指差した。


次の瞬間、刀身から淡い光が広がった。


小桜が目を見張る間に、光は刀を包み込み、やがて漆黒の鞘を形作った。銀の金具には八雲の文様が浮かび、柄には深緑の糸が巻かれている。鍔には、風を思わせる細やかな意匠まで刻まれていた。


「これで、見た目だけは神刀らしくなったな」


スサノオは満足げに笑った。


小桜は刀を手に取る。新たな鞘と柄は、不思議なほど手に馴染んだ。


「ありがとうございます、スサノオノミコト様」


スサノオは無造作に手を振り、再び瓢箪を傾けた。


「さあ、行け。白鳥は気まぐれなものだ。追える時に追わねばな」


小桜と智絵里は深く一礼し、鳥居をくぐっていった。


二人の姿が木々の向こうへ消えると、スサノオはゆっくりと空を仰いだ。


「八雲立つ 風の行方を 問うもまた──」


その口元に、かすかな笑みが浮かぶ。


「影の如くに 消ゆる白鳥」


呟いた言葉は、風に紛れて消えていった。


やがて、そこに立っていたはずのスサノオの姿も、木々のざわめきに溶けるように見えなくなっていた。

ブクマで小桜たちの応援をお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。