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7-2-26 友情出演

騒然としていた岩場も、時がたつにつれて静まりはじめた。混乱の中で飛び交っていた神々の声がようやく収まり、顔つきにも次第に真剣さが戻っていく。


「……さて、これからどうする?」


神々は、岩場の中央にぽつんと佇む朔の鏡を囲むように集まっていた。太陽神アマテラスは、今や鏡の向こうに囚われている。世界を包む夜の帳は、単なる暗闇ではなく、太陽神の不在を告げる警鐘だった。


そのとき、一柱の神が静かに歩み出た。


「ここは我が采配に任せてはもらえまいか」


知恵と策略を司る神、オモイカネだった。その眼差しには動揺がなく、すでに事態を打開する策を見定めているようだった。


「封じられし光を呼び戻すには、同じ器をもって対話せねばならぬ。そのためには、鏡と勾玉。二つの神器がこの世に顕現する必要がある」


オモイカネが天に手を伸ばすと、稲妻のような閃光が走る。指先から広がる魔法陣が天空に浮かび、荘厳な響きが岩場を満たしていく。


「イシコリドメ!」


その呼び声に応じ、神々の列の奥から、白銀の霧をまとった女神が現れた。金属と鉱石の精霊たちを従えた彼女は、何も語らずとも、己の役目を心得ているようだった。


「鏡は『光の意志』を写すもの。天と地の狭間にある、最も澄んだ素材を──今、神の火で鍛え上げん!」


彼女が振り下ろした金鎚が、空中に裂け目を穿つ。その向こうから流れ出したのは、まだ名も与えられていない星の欠片だった。イシコリドメはそれを掌に収め、祈りを込めるように、ひと打ちずつ金鎚を振るう。


一打ごとに空が震え、稲光が走る。金鎚が星の欠片を打つ音は、神々の鼓動を思わせて岩場に響き渡った。やがて、陽の光を呑み込んだかのような円鏡が、その姿を現した。


「タマノオヤ!」


オモイカネの呼び声に応じ、土と水の神秘をまとった老神が姿を現した。タマノオヤはひとつ深く息をつくと、指先をぴんと立て、宙に魔術的な螺旋を描いた。


「勾玉は『記憶』を宿す器。この地に染み込んだ千年の祈りを、我が手に集めようぞ──」


彼が大地に手を触れた瞬間、岩の割れ目から淡い光の粒が舞い上がる。それは、過去に交わされた言葉や人々の信仰、願いの結晶だった。タマノオヤはそれらをゆっくりと集め、指先で絡めるように形を整えていく。


水が巡り、土が結晶する。やがて、深い青をたたえた勾玉が、その手の中に生まれた。


鏡と勾玉。二つの神器が、今、神々の手によってこの世界に顕現した。


オモイカネは静かに頷いた。


「次は『言葉』と『儀式』だ。神器が魂に届くためには、正しき道を示す者が要る」


一柱の神が進み出た。装束を風に揺らし、深く澄んだ声で名乗る。


「言霊の道を知る者、アメノコヤネ。この祈り、天へ届けよう」


彼の周囲に、無数の光の文字が浮かび上がった。古の言語、神代の詩篇。彼が一音ずつ発するたび、その響きは天を渡り、木々を揺らし、大気を震わせていく。


光の文字が天へ昇るにつれ、周囲の空間は静まり返っていった。まるで万物が、その言葉に耳を傾けているかのようだった。


続いて、もう一柱の神が一歩前へ出た。


「ならばこの儀、我が導こう」


祭祀と祝詞を司る神、アメノフトダマだった。鏡と勾玉の間に立ち、浄めの玉串と神楽鈴を手にする。深く一礼すると、古の舞を一歩ずつ刻みはじめた。


大地はその足運びに応じて震え、風は舞の軌跡を追うように渦を巻く。


「太陽の魂よ、我らが真心を見よ。この清き器に、再び宿れ。われらは待つ。天の扉が開かれる、その時を」


鈴が鳴り、玉串が揺れる。神々の祈りが天地を満たし、言霊と舞がひとつになって岩場を包み込む。


杏子は、しばし呆然とその光景に見入っていた。まるで天地そのものが祈りに応えているようで、胸の奥から熱いものが込み上げてくる。


「……すごい、本当に奇跡みたい」


思わずこぼれたその言葉も、神前に捧げられた祈りの一つに加わるかのようだった。


やがて、荘厳な儀式が終わった。


けれど、あたりには風も光も残っていない。アマテラスの姿はどこにもない。鏡の奥は深い闇に沈んだまま、何事もなかったかのように静まり返っていた。


その場に重い沈黙が落ちた。


オモイカネが首をひねる。


「……おかしいのう」


神々はがっくりと肩を落とした。


「……なにこれ、期待して損した」


杏子は腕を組み、鏡と勾玉をじろりと睨んだ。


「見た目は派手だけど、肝心の力が全然感じられないんだけど。中身スカスカじゃない?」


祈りは太陽神に届かず、祝詞の余韻だけが夜気に溶けていった。


「やはり……内側からも開くことはできぬのか……」


そのつぶやきを耳にして、杏子は思わず口を開いた。


「そんなはずない。あれが本当に朔の鏡なら、内側から開けられるはずよ。だって、私は見たもの。恵麻が内側から──」


「本当にそうかな?」


不意に、耳元で仮面の声がした。毒蛇の仮面は相変わらず飄々とした口調だったが、その問いは杏子の考えの核心を突いていた。


「お嬢さんが見た『朔の鏡』ってのは……もっと小さかったんじゃないかい?」


杏子は鏡を見つめたまま、わずかに眉を寄せた。


「確かに、あんな姿見ほど大きくはなかったわね。両手で抱えられるくらいだった」


「ねえ、お嬢さん。世の中には、似ているけど違うってものがたくさんあるのさ。たとえば手品のカード、赤の女王と黒の女王。見た目は似てても意味はまるで違う。あの鏡も、よくできた偽物だったり……」


仮面は皮肉げに語尾を濁した。杏子は鏡から目を離さず、迷いのない口調で答えた。


「本物だろうが偽物だろうが、そんなの関係ないわ。重要なのは『鏡の性質』が同じってこと」


「本人が出てくる気がないのかもしれない。あるいは、出られない何かがあるのか……。どっちにしても、待ってるだけじゃ始まらない」


杏子の目に決意が宿った。


「私たちも行くわよ」


「えっ、ちょ、ちょっと待って、何を──!」


仮面が慌てて口を開いたが、もう遅かった。杏子は仮面をひょいと掴むと、そのまま鏡の闇へ飛び込んだ。鏡面に波紋が走り、二人の姿を呑み込んでいく。


「友情出演なんて、聞いてないってばぁあああ!」


仮面の悲鳴だけが、虚空に響いた。


波紋が消えると、鏡は再び何事もなかったかのように静まり返った。神々は呆然とその場に立ち尽くしていた。


アマテラスを救う鍵は、少女と仮面に託された。だが、その先に待つのは光か、それともさらなる闇か。

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