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7-2-18 悪魔との取引

「八咫の鏡……やはり伊勢神宮にあったのね」


杏子はロキアンを睨みつけながら言った。


「それは違うな」


 ロキアンは満足げに微笑み、一本の指を立てた。


「じゃあ、どうやって手に入れたの?」


「企業秘密だ」


ロキアンは肩をすくめ、白々しく言い放った。杏子がいくら推測を巡らせても真相には辿り着けない。そう確信しているかのような笑みが、その顔に浮かんでいた。


杏子は唇を噛んだものの、すぐに次の問いを投げかけた。


「八咫の鏡を手に入れて、次は何をするつもり? まさかアマテラスと正面から戦う気?」


ロキアンは大げさに笑い、首を振った。


「神々など恐るるに足らんよ。大地震を起こして東京に津波をぶつけると脅してみれば、右往左往するばかり。滑稽だとは思わないか?」


杏子は言葉を失った。


(──今、何て言ったの、こいつ?)


その計画が常軌を逸した規模だから、言葉を失ったわけではない。問題は、ロキアンがそれを本気で実行に移そうとしていることだった。


杏子はこれまで、ロキアンと互角に渡り合っているつもりでいた。彼はこの世界に後からやってきた「異邦人」だ。現代日本の社会にも、そこに生きる人々の価値観にも、まだ完全には馴染めていないはずだった。


だからこそ、自分には地の利があると考えていた。生まれ育ったこの世界を知る自分と、異世界から転生してきたロキアン。環境に慣れている分、少なくとも立ち回りでは自分が優位に立てるはずだと思っていた。


だが、目の前の男が語る現実は、その見込みを覆すものだった。ロキアンはすでにこの世界の仕組みに深く入り込み、支配の手を伸ばしながら、計画を次々と実行に移している。一方の自分は、それを阻止する側にいるつもりでいながら、気づけば後手に回っていた。


リードを広げられている。いや、そもそも自分は、最初から彼の掌の上で踊らされていたのではないか。


(……私、こいつのこと、甘く見てた?)


背筋に冷たいものが走った。ロキアンの余裕に満ちた眼差しが、今になって違った意味を帯びて見える。こちらがようやく事態の深刻さに気づいたことさえ、彼には織り込み済みなのかもしれなかった。


杏子は焦りを押し殺し、改めて問いかけた。


「……結局、あんたは何がしたいの?」


ロキアンは呆れたようにため息をついた。


「よりによって、貴様がそれを聞くのか?」


彼は椅子に深くもたれかかり、目を細めた。


「我が望みは単純だ。帝国を再興し、魔法最高顧問として皇帝陛下を補佐し、彼と共に世界統一を成し遂げること。それだけさ」


その声には熱がこもり、目には揺るぎない信念が宿っていた。先ほどまで杏子の反応を楽しんでいた男と同じ人物とは思えないほど、その言葉には確かな情熱があった。


「……男の夢って、本当にくだらないわね」


杏子は冷笑を浮かべた。異世界でその夢を潰えさせたのは、他ならぬ彼女自身だ。


「女にとってはそうかもな……」


ロキアンはかすかに笑い、懐から一つの物を取り出した。


「貴様の望みは、これだろう?」


《毒蛇の仮面》だった。


杏子の喉が鳴った。視線は仮面に釘付けになり、息が詰まる。指先にまで神経が研ぎ澄まされていくようだった。手を伸ばせば届く距離に、かつては自分の一部とさえ感じていた、愛おしい存在がある。


ロキアンは杏子の視線を弄ぶように、仮面を右へ左へと揺らしてみせた。そして、彼女が手を伸ばす間も与えず、あっさりと懐にしまい込んだ。


「そろそろ時間だな」


杏子は今にも掴みかかりそうになる衝動を、かろうじて抑え込んだ。


(……見せびらかしておいて、それだけ?)


まるで目の前に餌をぶら下げられた犬にでもなった気分だった。ロキアンは自分が何を求めているのかを知り尽くしたうえで、わざとそれをちらつかせたのだ。


「これを見たまえ」


ロキアンはリモコンを操作し、会議室の大型モニターに映像を映し出した。そこに現れたのは、特殊実験場の様子だった。


杏子は息を呑んだ。


防護服を着た研究員たちが、慎重に何かを掘り出している。露出したものを傷つけまいとするかのような手つきは、まるで地中に埋もれた化石を発掘しているようだった。


やがて、作業員の一人が取り出した破片を作業台に並べた。別の破片も次々と運び出され、台の上に集められていく。ばらばらだったそれらの形が、少しずつ杏子の知るものへと近づいていった。


「……八咫の鏡」


無意識のうちに、杏子の口から言葉が漏れた。


「正解だ」


ロキアンは満足げに頷いた。


「なるほど、これを復元するのは……さぞや骨が折れるでしょうね」


杏子は皮肉めいた笑みを浮かべた。この調子なら、計画が進むのは当分先になりそうだ。


ロキアンは、そんな杏子の反応を面白がるように口元を歪めた。


「手を貸してくれたら、貴様の親友を解放しよう」


「……」


杏子の呼吸が浅くなった。


ロキアンに手を貸す。それは、敵の計画に加担することにほかならない。


(そんな取引……できるわけない。だけど……)


親友の恵麻は、今もロキアンの手中にある。彼女を救い出す手段がほかに見つかっていない以上、この申し出を簡単に退けることもできなかった。


(恵麻を見捨てる? それも無理……)


だが、八咫の鏡が復元されれば、ロキアンの野望はさらに前へ進む。恵麻を救うために彼の計画を手助けするのか、それとも計画を阻止するために親友を見捨てるのか。どちらを選んでも、取り返しのつかない結果を招きかねない。


(どちらを選んでも最悪じゃない……!)


杏子は心の中で叫んだ。


(この悪魔め……)


ロキアンは薄く微笑んだまま、口を挟むことなく彼女の決断を待っていた。

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