7-2-16 儚い双子
それは、八咫の鏡回収作戦が始まる初日のことだった。
美玲は自室のドアを開けようとしたところで手を止め、わずかな逡巡のあとに振り返った。部屋の中は、いつになく完璧に片付いている。ベッドには皺一つなく、机の上の小物類もきちんと整理されていた。
美玲は小さく息を吐き、覚悟を決めたように玄関へ向かう。その背中には、まるでもう二度とここへ戻れないと知っているかのような寂しさが漂っていた。
「待て、美玲。話がある」
不意に、魔導AIアマルテウスの低く厳かな声が響いた。同時に、もう一体の魔導AIセレティスも、相棒の言葉を引き継ぐように口を開く。
「今だからこそ、オレたちは真実を打ち明ける」
美玲は戸惑って足を止めた。二人の声には、いつもの軽妙なやり取りとは明らかに異なる重みがあった。彼女が続きを促すより先に、双子の魔導AIは重々しく語り始めた。
《双児の双剣》に秘められた究極魔法──ファントム・ツインについて。
「それは、完全なる自己の複製を生み出す魔法」
「それは、時間とともに消滅する儚い双子を生み出す魔法」
美玲は眉をひそめた。
「……何それ? そんなの、聞いたことないけど?」
「当然だ。この秘密は、オレたちの真の主人として認められた者にしか明かされない」
「これまで教える機会がなかっただけだ」
双児の双剣は、神速の斬撃を可能にする攻撃特化のデバイスだ。その速さゆえに、振るわれた刃の軌跡が残像のように見えることもある。だが、戦闘の最中に美玲が生み出していた分身は、単なる目の錯覚ではなかった。彼女自身も知らぬうちに、その究極魔法を行使していたのだ。
「命を懸けて戦場へ向かう主人には、この真実を伝えておくべきだと判断した」
「だからこそ、出発を控えた今、話したんだ」
美玲は息を呑み、自分の手をじっと見つめた。これまで自分が目にしてきた光景の意味が、ようやくつながったのだろう。やがて彼女は目を伏せ、小さく笑った。
「……つまり私は、この先も生きられるってことね」
—-
こうして美玲は、月奈と小夜に真実を打ち明けた。
黙ったまま姿を消すこともできた。それでも、この二人には自分が生きていることを知っておいてほしかった。美玲にとって、それだけは譲れないことだった。
小夜は呆然と話を聞いていたが、やがて我に返ると、心配そうに美玲の顔を覗き込んだ。
「でも、美玲ちゃん、本当に大丈夫なの? 体への影響は……」
「へっ? 何言ってんの? 私は『本物』の方だから、元気そのものよ」
美玲はそう言って、軽く拳を握ってみせた。いつもと変わらない調子に、月奈は彼女の身体を念入りに確かめてから、その場にへたり込んだ。
「……はぁ、ほんとに生きてた……」
小夜も隣に座り込み、顔を覆うようにして笑った。
「心配しすぎて、変な汗かいちゃった……」
二人は顔を見合わせ、呆れたように笑い合った。けれど、その瞳には、ようやく胸を撫で下ろせた安堵が滲んでいた。
美玲は腕を組み、遠くを眺めながら、どこか他人事のように言った。
「今頃、私の『儚い双子』が消滅して、救護班は大騒ぎになってるかもね」
小夜は苦笑して肩をすくめた。
「きっと大丈夫。真っ先に現場に駆けつけた葉山さんが、うまく誤魔化してくれてると思う」
「意外と熱い男だよね、あの人」
月奈が茶化すように言うと、美玲も口元を緩めた。張り詰めていたものがようやく解け、三人の間にいつもの空気が戻ってきた。
—-
一方、その頃。
シェルター内の混乱など意に介さず、恵麻は淡々と任務を進めていた。
放射線防護スーツを身にまとった彼女は、八咫の鏡と一体化したデブリの塊を慎重に回収していた。天秤の鎖が自動的に動き、切り出された塊を包み込むと、特殊なリフトがそれをゆっくりと吊り上げていく。
すぐそばには、放射線対策を施したコンテナトラックが待機していた。開かれた荷室の奥には、巨大な金属製の収納ユニットが据えられている。恵麻は作業の進み具合を確かめながら、無駄のない動きで指示を出し、デブリの塊を収納ユニットへと収めた。
やがて積み込みが完了すると、運転手が運転席から振り返った。
「行き先は?」
恵麻は間を置かずに答えた。
「ゼノン本社まで」
運転手は短く頷き、エンジンを始動させた。混乱の続く現場を後にして、トラックは静かに走り出す。
八咫の鏡を載せた車両は、そのままゼノン本社へと向かっていった。まるで、何事もなかったかのように。
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