7-2-15 神の過ち
美玲は双剣の刃先を合わせ、身体を錐揉み状に回転させながら、燃料デブリへと突き進んでいった。
高速で回転する刃が、岩のように硬いデブリを削り取っていく。粉砕された破片は飛び散った姿勢のまま、静止した空間に浮かんでいた。物音も、粉塵も、放射線も、あらゆるものが動きを止めている。
ベールの砂時計の効果によって、時間は完全に凍結されていた。だが、美玲にその異様な光景を意識する余裕はない。彼女は刃に伝わる感触を頼りに、ただひたすら掘削を続けていた。
「……そろそろ、かな……」
削り進めるうちに、刃を通して伝わる手応えが少しずつ変化していた。硬度の異なる層を抜けるたびに抵抗が変わり、岩盤の成分が切り替わる箇所では、刃先に伝わる感触も微妙に揺らぐ。わずかな違いを拾い上げながら、美玲は目標地点との距離を測っていた。
「進路良し、目標地点までの進捗率74%」
耳元で、魔導AIアマルテウスの冷静な声が響いた。
「残り時間、推定95秒。現在の進行速度を維持すれば、計画どおり目標地点に到達可能だ」
「なら、止まるわけにはいかない……!」
美玲は回転を緩めることなく、さらに深部へと進んだ。双剣の刃が岩盤を削り、硬い層を一枚ずつ突破していく。
「進捗率86%。目標地点まで残り1.8メートル。残り時間は78秒」
岩盤の奥に、周囲とは異なる光がかすかに浮かび上がった。掘削によって露わになった表面が、刃の光を受けて微かに反射している。
「……っ、ここだ!」
美玲の目の前に現れたのは、鈍い光を返す鏡面だった。八咫の鏡――伝説の神器が、ついに視界に入ったのだ。
美玲は一瞬だけ息を整え、双剣の柄同士を結合させた。
「限定覚醒、ユニゾン・モード!」
結合した双剣が低く震え、刃が唸りを上げて回転を始める。超高速で回る刃は巨大な鋸のように岩盤を削り、鏡を取り囲む岩や燃料デブリを慎重に切り離していった。限られた時間の中でも、切り出し作業は順調に進んでいる。
「残り時間は48秒!」
「……よし!」
ここまで来た。作戦は成功する──美玲はそう確信した。
—-
地上では、太陽神アマテラスがモニターをじっと見つめていた。眉間には深い皺が寄り、唇は固く結ばれている。
「……まずいのじゃ……」
計画は、あまりにも順調に進みすぎていた。時間を止める異国の神器を持ち込んでくるとは、さすがのアマテラスも予想していなかった。このままでは、本当に八咫の鏡を奪われてしまう。
神である自分が、ただ指をくわえて見ているだけでよいのか。焦りが胸の内に広がり、アマテラスはモニターから目を離さぬまま、そっと手をかざした。意識を地下深くへと伸ばし、大地の下を巡る水脈を探る。
「……大地を巡る水よ、わらわの命に従え」
地中の奥深くで、かすかな振動が広がった。封じられていた地下水が流れを変え、岩盤に生じたわずかな亀裂へと浸透していく。水は徐々に勢いを増し、岩の隙間を押し広げながら、掘削されたトンネルの周囲へと流れ込んでいった。
「姫、それは危険ですぞ!」
オモイカネの声が緊迫した響きを帯びる。しかし、アマテラスが水の流れを操る力を緩めたときには、すでに影響が現れ始めていた。地下水の流入によって岩盤の均衡が崩れ、掘削されたトンネルが不穏な軋みを見せる。
「しまった……やりすぎた……!」
アマテラスの顔から血の気が引いた。
「大変ですぞ! 人間が一人、中におります!」
オモイカネの声が震えた。
—-
「ミッション成功だ! 鏡の完全露出を確認!」
アマルテウスの報告とほぼ同時に、時を止めていたベールの砂時計の最後の砂粒が落ちた。
──時が、動き出す。
凍りついていた空間が一斉に動き始めた。美玲の周囲に散らばっていた燃料デブリから放射線が放たれ、カールスティールの反射バリアが大きく波打つ。時間停止中には届かなかった放射線が、解除とともに彼女を取り囲んだのだ。
「放射線量、急上昇! 安全限界まで20秒!」
その瞬間、上方から一本の鎖が音もなく滑り込んできた。
「《天秤の鎖》だ!」
恵麻が操る鎖は、予定どおり八咫の鏡を包む岩塊へと伸びていた。細かく編み込まれた金属鎖が岩塊に絡みつき、確実に固定していく。
美玲は即座に鎖へと飛びついた。
「確保! 引き上げ開始!」
鎖を叩いて合図を送ると、返事を待つまでもなく、鎖が勢いよく巻き上げられた。美玲はそのまま鎖にぶら下がり、上昇する身体を引き上げの勢いに委ねる。
そのときだった。
頭上の天井が、不自然に波打った。
「何……?」
異変を確かめる間もなかった。突如、上方から大量の土砂と瓦礫が押し寄せてきたのだ。
「なっ……!?」
崩れ落ちてくるのは、瓦礫だけではない。地下水が急激に流れ込み、黒い奔流となって美玲へ襲いかかった。
「地盤変動を確認! まずい、地下水が流入してきた! 崩落してる!」
アマルテウスの警告が響く。美玲は咄嗟に鎖を握りしめ、迫りくる奔流をかわそうと足元を蹴った。
「こんなところで……っ!」
次の瞬間、頭上から瓦礫が崩れ落ち、美玲の視界を塞いだ。
—-
地上でも、陥没の兆候が現れ始めていた。
「美玲ちゃん!!」
モニターを見つめていた小夜の悲鳴が、シェルター内に響き渡る。
「離せよ! 美玲が中にいる!!」
月奈が外へ飛び出そうとするのを、葉山が強引に引き止めた。
「無茶だ! 崩落してるんだぞ!」
「でも、美玲が……!」
その直後、轟音が二人のやり取りをかき消した。地面が大きく揺れ、瓦礫と土砂を巻き上げながら、竜巻のような風が地中から噴き上がってきたのだ。
細かな瓦礫や粉塵が周囲に舞い散り、モニターの映像が激しく乱れる。
「──ヘリカル・テンペスト!!」
風の中から、美玲の声が響いた。
連結した双剣が渦を巻くように高速回転し、その中心に美玲の姿が浮かび上がる。回転する刃が土砂や瓦礫を弾き飛ばし、彼女は荒れ狂う風をまといながら、崩落した地下から脱出してきた。
だが、その姿は痛ましいものだった。
身体のあちこちに深い傷が刻まれ、腕や脚からは血が流れていた。瓦礫に裂かれた肌には放射性物質の粉塵がこびりつき、露出した部分は赤くただれている。
反射バリアが失われていることは明らかで、燃料デブリの至近距離で浴びた放射線が、彼女の身体を容赦なく蝕んでいた。
「……、……」
皮膚が焼けるように痛み、喉はひどく渇いていた。呼吸は浅く、視界はぼやけ、耳鳴りが絶え間なく頭の奥で響いている。
美玲は、自分の身体が限界に近づいていることを悟っていた。
「医療班! 急げ!!」
救護隊が駆け寄り、彼女を担架へと乗せる。
「よくやったよ、美玲……!」
担架が運ばれていくのを見送りながら、月奈が涙声で呟いた。小夜もまた、こらえきれずに涙を流していた。
そのとき、背後から冷たい声がした。
「あの子はもう持たないわね……」
月奈の頭に、かっと血が上った。怒りのまま振り向いた彼女は、次の瞬間、目を大きく見開いた。
──そこに立っていたのは、担架で運ばれたはずの美玲だった。
「……な、何で?」
月奈と小夜は、まるで時間が止まったかのように固まった。月奈の拳は振り上げかけた姿勢のまま宙に留まり、小夜は唇をわずかに開いたまま、言葉を失っている。
二人は目の前の光景を理解できず、呼吸さえ忘れたように、ただ立ち尽くしていた。
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