7-2-11 美玲のモヤモヤ2
夜の街に、焦げ臭い煙が立ち込めていた。
ホストクラブはすでに半壊し、消防隊員が懸命に消火活動を続けている。ホースから放たれた水が、残る炎を叩き潰すように降り注ぎ、赤く焼けた建物の壁を濡らしていた。
警察官も現場に駆けつけ、店の前には規制線が張られている。その周囲では、野次馬たちがスマホを片手に騒ぎながら、燃え跡となった店を遠巻きに眺めていた。
美玲は少し離れた場所で、その光景をぼんやりと見つめていた。
(何やってんだろ、あたし……)
魔導AIによって顕現させた《双児の双剣》があれば、壁に大穴を開けて脱出することなど容易かった。美玲は炎と混乱の渦巻く店内から、人目につかないよう密かに抜け出していた。
普通なら、とっくにこの場を離れているべきだった。けれど、どうしてか足が動かない。火災の熱気はまだ残っているはずなのに、頬を撫でる夜風が妙に冷たく感じられた。
「どうした、美玲。なんかしょんぼりしてないか?」
二台のスマホがぼんやりと光り、魔導AIの双子がそれぞれの画面から話しかけてきた。
「せっかく命拾いしたってのに、浮かない顔してるな? オレたちの手柄だってのに!」
兄のアマルテウスが軽い調子で言う。いつも通りの軽口だったが、今の美玲には妙に引っかかった。
「……なんか、モヤモヤする」
美玲が正直に呟くと、今度は弟のセレティスがため息をついた。
「当然だろ。お前が散々貢いでたホストが、お前を庇って死んだんだからな。一発殴りたかったんだろ?」
「違うぞ、セレティス。美玲はさ、あの男がクズだったのか、それとも少しはまともなやつだったのか、分からなくなってるんだろ?」
アマルテウスの言葉に、美玲はハッとした。
「……そうかも」
最期に彼が残した言葉が、耳から離れない。
『美玲ちゃんが無事で、よかった』
あれが本心だったのか。それとも、死に際にふと出ただけの言葉だったのか。美玲には判断がつかなかった。
アマルテウスは、ふっと笑った。
「なんだ、簡単な話だろ? 金のために働いてるからって、金がすべてで感情ゼロってわけじゃない。あの男も、心のどこかでお前のことを気にかけていたんじゃないか?」
セレティスは静かに言った。
「甘いな、アマルテウス。人は堕ちれば堕ちるほど、這い上がれなくなるもんだ。あいつは最期にカッコつけたかっただけで、それで過去の行いが赦されるわけじゃない」
美玲は二人の言葉を聞きながら、スマホの画面を見つめた。
正反対のことを言っているようでいて、どちらの言葉も根っこは同じだ。涼真がどんな人間だったのか、その答えは誰にも決められない。
「……あんたたちって、双子なのにいつも意見が合わないわよね」
「当たり前だろ!」
「当然だ!」
二人は同時に言い放ち、そして互いを睨み合った。
だが、すぐにアマルテウスが鼻を鳴らす。
「結局のところ、人間ってのは、光と闇を行ったり来たりしながら生きてくもんじゃないか?」
セレティスがニヤリと笑う。
「そうだな。誰だって二面性を抱えているものだ」
「「オレたちのように」」
美玲もつられるように笑った。
「……初めてあんたたちの意見が一致したわね」
炎はほとんど消え、消防隊員が鎮火作業の最終確認に入っていた。救急隊員が負傷者を運び出し、現場には少しずつ静けさが戻り始めている。
美玲はもう一度、焼け落ちた店を振り返った。
(……結局、あたしはどうしたいんだろ)
答えは、まだ出ていない。
ただ、ひとつだけ言えるのは、自分の生き方は自分で決めていいということだ。これまでの生き方だけで、自分のすべてが決まるわけじゃない。
そんな考えが、胸の奥に残った。
美玲は小さく息を吐くと、夜の街へ向かって歩き出した。
—-
作戦決行当日、集合場所にはすでに葉山、恵麻、月奈が揃っていた。
だが、そこにいるはずのない小夜の姿を見つけ、葉山が目を細める。
「……お前、先に現地に行ってるはずじゃなかったか?」
「はい。でも、やるべきことはやったので……美玲ちゃんが心配で戻ってきちゃいました」
小夜は照れくさそうに笑った。
それから、時間が過ぎても美玲は現れなかった。
「……来ませんね」
恵麻は時計に目を落とし、淡々と言った。
「諦めて行きましょう」
だが、葉山は静かに首を振った。
「五分くらい待ったらどうだ?」
恵麻は少し考え、それから小さく頷いた。
「では、あと五分だけ」
小夜は何も言わず、時計を見つめていた。美玲が来なかったとしても、責めるつもりはない。あれだけ危険な任務を命じられたのだから、逃げることを選んだとしても、それは仕方のないことだと思っていた。
それでも、美玲を待ちたい。もう一度、一緒に戦いたい。
張り詰めた空気の中、五分が過ぎようとしていた、その時だった。
「ごめん、遅刻しちゃった」
場の空気を破るように、美玲が軽い調子で現れた。重要な決断をした直後とは思えないほど、いつも通りの様子だった。
小夜が嬉しそうに声を上げる。
「来てくれると思った!」
月奈も、ほっとしたように胸を撫で下ろした。
結局のところ、彼女もまた、小夜と同じ気持ちを抱えていたのだ。
美玲は肩をすくめ、少し照れたように笑った。
「ま、金のためだけじゃなくて、たまにはチームに貢献するのも悪くないかなって」
月奈と小夜は顔を見合わせ、それから笑い合った。
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