7-2-9 封じられた神器2
美玲が部屋を後にしても、恵麻は彼女を気遣う様子を一切見せなかった。まるで何事もなかったかのように、淡々と次の指示を告げる。
「では、今後の予定についてお話しいたします」
静まり返った部屋に、整然とした声が響く。葉山は黙って聞いていたが、月奈と小夜もすぐに気持ちを切り替え、恵麻へ意識を向けた。
「小夜様には、先に現地入りして原発の地下調査をお願いいたします」
「……了解」
小夜は申し訳なさそうに答えた。自分の担当が、三人の中では最も危険が少ないことを理解していたからだ。調査を終えれば、あとは正確なデータを報告すればいい。それに対して美玲は、放射線に晒される危険な場所へ直接入り、八咫の鏡を回収しなければならない。
小夜は先ほどの美玲の姿を思い浮かべ、複雑な気持ちになった。
「地形だけでなく、地盤の状態も調べていただきます。滑車を設置する際に必要な情報ですので、正確なデータがあれば成功率を高められます」
「分かった。できる限り正確なデータを取るわ」
小夜の返答に、恵麻は満足そうに一度だけ頷いた。
次に、恵麻は月奈へ視線を移す。
「月奈様には、ゼノン本社の実験室で、放射線の反射に関する訓練をしていただきます」
月奈はため息をつきそうになるのを堪え、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「やっぱり、そうきたか……分かってたけどね」
恵麻は淡々と続ける。
「ご承知の通り、貴女が失敗すれば、美玲様の安全は保証されません。反射バリアを完全に機能させることが、作戦の要となります」
そして、ほんの少しだけ眉を上げた。
「不甲斐ない結果に終われば、それだけ美玲様が危険に晒されることになります。よろしいですね?」
その一言で、月奈の表情が変わった。
自分の役割が、単なる補助ではない。自分の失敗が、そのまま美玲の生死に直結するのだ。その重さを改めて理解し、月奈は表情を引き締めた。
「……了解した。きっちり仕上げてみせるよ」
恵麻は満足そうに頷いた。
こうして、小夜と月奈はそれぞれの準備へ向けて動き始めた。
二人が退室し、部屋には恵麻と葉山だけが残る。
しばらく沈黙が続いた後、葉山が口を開いた。
「……で、実際の成功確率は?」
声は淡々としていたが、その目には慎重な光が宿っていた。恵麻はすぐには答えず、一拍置いてから口を開く。
「各人の努力にもよりますが、放射線対策が万全であれば、決して不可能な話ではございません」
「五分五分ってところか?」
葉山が尋ねると、恵麻はほんの少し考え込んだ。
「……五パーセント程度でしょう」
その数字を聞いた瞬間、葉山の表情がわずかに引き締まった。作戦の内容から相当な難度であることは理解していたが、それでも五パーセントという数字は予想をはるかに下回っていた。
「五パーセント……ねぇ」
葉山は肩をすくめ、ため息を吐く。
「そんな薄氷の上を歩くような計画で、本当にやるのか?」
すると、恵麻はわずかに微笑んだ。そこには、どこか余裕があった。
「ご安心ください。我が主人の秘策により、成功確率は大幅に向上することでしょう」
その言葉には、確かな自信が滲んでいた。
「……なるほどね」
葉山は目を細め、テーブルを軽く指で叩いた。
恵麻の言う「我が主人」──ロキアンが、何らかの策を用意しているということだ。そう考えれば、五パーセントという数字だけで判断することはできない。
「どうやら、お前はずいぶんと自信があるようだな」
「ええ、もちろんです。我が主人は、決して無謀な計画を立てる方ではございません」
葉山は鼻で笑った。
「それならいいがな」
そう言いながらも、葉山は内心で思っていた。
この計画は、単なる無理難題ではない。実行する者に、本当に命を賭ける覚悟を求めるものなのだと。
だが、ここまで来た以上、もう後戻りはできない。
八咫の鏡奪取計画は、すでに動き始めていた。
—-
美玲は夜の街を歩いていた。
行くあてもなく、ただ足の向くままに歩く。ネオンが揺らめく通りを抜け、人のざわめきを背にして、静かな裏道へ入った。
どこへ行こうというわけでもない。ただ、今は何も考えたくなかった。
しばらく歩いたところで、ふと足が止まる。
見覚えのある景色だった。
気がつけば、美玲は懐かしい道を歩いていたらしい。少し前まで頻繁に通っていた場所だ。けれど、ここしばらくは足を運んでいなかった。
美玲は小さく笑った。
「無意識にここに来るなんてね……」
顔を上げる。
鮮やかなライトに照らされた扉が、夜の街の中に浮かんでいた。派手な看板と煌びやかな装飾。その先にあるのは、以前、美玲が夢中になって通っていたホストクラブだった。
何かに導かれたようでもあり、ただ惰性に流されたようでもあった。
美玲はしばらく扉を見つめた後、ゆっくりと手を伸ばした。
そして、その扉を押し開けた。
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