7-2-8 封じられた神器1
ロキアンは満足げに微笑んでいた。
大地震魔法という強力な脅しによって、神々は不用意に動けなくなっている。アマテラスでさえ、下手に行動を起こせば、次の震災を引き起こされるかもしれないと警戒しているはずだ。今こそ好機だった。
八咫の鏡──最強の神器にして、特異な性質を持つ魔法遺物を手に入れるなら、今しかない。
「八咫の鏡の隠し場所は、結局アマテラスから聞き出せなかったのでは?」
恵麻が静かに問いかけると、ロキアンは薄く笑いながら肩をすくめた。
「言いたくても、言えなかったとしたら?」
「……と、仰いますと?」
「よくある話だ」
ロキアンは椅子に深く腰掛け、指先で机を軽く叩いた。
「もし彼女が、自分の不手際が原因で、取り返しのつかない事態に陥っていたとしたら?」
「取り返しのつかない事態、でございますか……?」
恵麻の眉がわずかに寄る。嫌な予感がした。
「まさか、すでにお気付きでいらっしゃるのでは……」
ロキアンは口元に冷笑を浮かべ、ゆっくりと告げた。
「木を隠すなら森の中。放射性物質を隠すなら……?」
一瞬の沈黙が落ちた。
恵麻はわずかに目を伏せ、静かに息を吐いた。
—-
ブリーフィングルームの空気は、いつも以上に張り詰めていた。
普段なら軽い冗談や世間話が交わされる時間だが、今日は誰も口を開かない。月奈は指を軽く組みながら、じっとテーブルの木目を見つめ、小夜は腕を組んだまま壁にもたれている。美玲はスマホをいじっているふりをしていたが、画面の内容はほとんど頭に入っていなかった。
時計の秒針が静かに進む音だけが聞こえる。重苦しい沈黙の中で、三人ともこれから告げられる任務が、いつもの仕事とは違うことを感じ取っていた。
やがて、葉山が恵麻を伴って入ってきた。
「今回のターゲットは原子力発電所だ。それも……メルトダウンしたやつだ」
月奈、小夜、美玲の三人は、一様に緊張した面持ちで葉山の言葉を聞いた。
「メルトダウンした原発って……例のアレ?」
小夜が眉をひそめる。月奈は腕を組み直し、美玲は平静を装っていたが、その目には微かな動揺が浮かんでいた。
葉山も緊張を隠しきれない様子で、壁掛けスクリーンに投影された画像を指差した。
そこには、廃墟と化した原子力発電所の施設図が映し出されていた。
「話が早いな。まあ、詳しい説明はクライアント側の協力者に任せるとしよう」
葉山が恵麻に視線を向ける。
淡々とした表情の恵麻は、黒髪をなめらかにまとめ、どこか秘書を思わせる雰囲気を漂わせていた。
「計画の詳細は、私が説明いたします」
恵麻がスクリーンの前へ歩み寄ると、表示が切り替わった。そこには、放射線の危険を示すシンボルが浮かび上がる。
「今回、皆さんに入手していただきたいのは八咫の鏡です。八咫の鏡は通常の神器とは異なり、強い放射線を帯びています。神器としての能力によるものではなく、実際に核燃料に匹敵する放射性物質を含んでいるため、厳重な管理が必要とされていました。その結果、危険物を管理しやすい原子力発電所に隠されていたのです」
月奈が目を丸くした。
「……その原発が、事故を起こしたってこと?」
「その通りです」
恵麻は淡々と続ける。
「事故によって原子炉の炉心が崩壊し、燃料デブリと呼ばれる高濃度の放射性物質を含む物質が地下へと溶け落ちました。八咫の鏡もそのデブリに巻き込まれ、現在は地下深くに埋もれていると推測されています」
「ちょっと待って……それ、本当に取り出せるの?」
美玲が冷静に問いかけた。
「はい」
恵麻は迷いなく答えた。
「遂行プランは次の通りです」
恵麻はスクリーンの地図を操作しながら、作戦の説明を続けた。
「まず、小夜様の《磨羯の籠手》を使って原発地下の構造を分析し、八咫の鏡の位置を特定します」
小夜が短く頷く。
「次に、私の《天秤の鎖》と滑車を使い、地下までのコンベアを構築します。必要な資材と人員は、こちらで用意します。完成すれば、安全かつ高速で地下へ移動できるようになります」
「なるほど……」
月奈が顎に手を当てる。
「その後、月奈様の《巨蟹の腕輪》による反射バリアで人間を完全に覆い、放射線を遮蔽した状態で地下へ降ります」
「放射線を反射できるかは、やってみないと分からないけど?」
月奈がため息をついたが、恵麻は気にする様子もなく続けた。
「最後の作業を担当するのは、美玲様です」
美玲の表情がわずかに強張った。
「……まあ、そうでしょうね」
「美玲様の《双児の双剣》で、燃料デブリに埋め込まれた八咫の鏡の周囲一メートルをくり抜きます。その後、滑車を使って回収します」
静寂が落ちた。
美玲が最も危険な役割を担うことは、誰の目にも明らかだった。
「もちろん、それ相応の報酬は用意いたします」
恵麻は淡々と言った。
「美玲様には前金で一億。危険な任務ですから、成功時にはさらに一億」
月奈と小夜が驚き、美玲も一瞬だけ目を見開いた。
葉山が口元に微笑を浮かべる。
「小夜の調査結果が出るまで、数日かかるだろう。その間、その金で好きに生きるといい。嫌なら、金を持って逃げても構わない」
月奈と小夜は、気の毒そうに美玲を見た。
美玲はしばらく無言だったが、やがて薄く笑った。
「……余命宣告された重病人みたいな目で見るの、やめてくれない?」
「……」
月奈が何か言いかけたが、口をつぐんだ。
美玲は大して気にしていないような態度で席を立ち、無造作に部屋を後にした。
しかし、その足が微かに震えていたことを、誰もが気づいていた。
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