7-2-7 収束する未来
恵麻は智絵里の魔導AI、アルシディアをじっと見つめると、氷のように冷たい声で言った。
「あなたもここで始末しておけば、我が主人の邪魔者が減るわね」
その言葉に呼応するように、彼女の魔導AIアエクティウムが輝きを増し、細い鎖が宙を舞った。銀色の鎖は空間を切り裂くように鋭く動き、まるで生き物のようにうねりながら、恵麻の周囲へと展開されていく。
(まずい……!)
智絵里はとっさに距離を取った。
アルシディアが冷静な声で分析する。
「アエクティウムの能力は鎖の自在操作……中長距離戦闘向きね。あなたの未来視を主体とした近接戦闘とは相性が悪いわ」
智絵里は歯噛みした。やはり、一人で来るべきではなかった。
恵麻は無表情のまま、鎖を鞭のようにしならせた。次の瞬間、テーブルが一瞬で砕け、置かれていたガラスのカップも粉々に砕け散る。店内に悲鳴が上がり、客や店員たちが我先にと逃げ始めた。
(こんな狭い場所じゃ戦えない……!)
智絵里はとっさに近くの窓へ駆け寄り、大鎌を振るった。ガラスが粉砕され、強風が店内へ流れ込む。迷っている暇はない。智絵里はそのまま窓から外へ飛び出し、建物の影へ身を隠した。
しかし、恵麻は追ってこなかった。
「……え?」
肩で息をしながら振り返ると、恵麻はそれ以上追撃することもなく、静かに店を出ていくところだった。
「本当は、ここで決着をつけるつもりはなかったんでしょうね」
アルシディアが淡々と告げる。
智絵里は息を整えながら、片瀬の死を思い出した。恵麻の目的は、自分との戦いではなかったのだとすれば、あの場に現れた理由は一つしかない。
(片瀬さんの口封じ……?)
だが、すぐに別の疑問が浮かんだ。
(でも、なぜ恵麻さんは、あの場に現れたの?)
偶然とは考えにくい。すると、アルシディアが静かに答えを示した。
「アエクティウムが顕現させたのは、天秤の鎖。その特性を生かして、情報収集にも使えるデバイスよ」
「情報収集?」
「そう。無限に伸びる見えない鎖を根のように一帯へ張り巡らせて、周囲の会話や独り言を盗み聞く……いわゆるスパイ行為もお手のもの」
「それなら、片瀬さんが嗅ぎ回っていたことも……」
「恵麻は最初から知っていたでしょうね」
智絵里は息をのんだ。
ならば恵麻は、片瀬を殺すためにあの場へ現れたのだろうか。片瀬が何かを知りすぎたからこそ、口を封じるために。
「……もう一度、巻き戻す」
智絵里は意を決し、アルシディアの力を発動しようとした。
「やめておいた方がいいわよ」
アルシディアの声が、急に強くなった。
「なんで?」
「……」
「……言えない理由があるってことね」
智絵里は一瞬だけ迷った。それでも、結局はアルシディアの制止を振り切り、巻き戻しを発動した。
ROLLBACK…………………………COMPLETE
視界が大きく揺れた。
次に気づいたとき、智絵里はカフェのテーブルに座っていた。手元のコーヒーカップはまだ温かく、店内には穏やかなBGMが流れている。向かいでは片瀬がコーヒーを飲みながら、何かを考えるように窓の外を眺めていた。
「……戻ったわね」
アルシディアが静かに告げる。
智絵里は深呼吸して、自分の決意を固めた。今度こそ、片瀬を死なせずに済む道を探す。
そのとき、店の扉が開いた。
振り向くと、恵麻がゆっくりと入ってくる。洗練された動作も、氷のような瞳も、巻き戻し前と同じだった。
だが、何かが違う。
──いや、違うのは自分の方だ。
片瀬が恵麻に接触する前に、先手を打つ。
「恵麻!」
恵麻が足を止め、静かにこちらを見た。
「……どちら様ですか?」
やはり、反応は同じだった。しかし、今度は智絵里の返しが違う。
「小桜の友達よ。あなたを探していた」
余計な情報は出さず、核心だけを伝える。
「そうですか。あなた方のことは主人から聞いております」
淡々とした答え。その節はお世話に、と頭を下げる動作まで変わらない。
だが──。
(……わずかに、間があった)
智絵里は気づいた。恵麻の言葉が、巻き戻し前よりほんの一瞬だけ遅れたのだ。
その間が何を意味するのか、智絵里には分からない。ただ、それが彼女の中に残された「何か」の痕跡なのではないかという感覚だけがあった。
だが、片瀬はそんな細かな違和感には気づかず、恵麻へ声をかけた。
「俺は片瀬俊吾。彼女が君のことを探していると聞いて、手伝っていたんだ」
前回と同じ言葉。
しかし、智絵里は片瀬の介入を許さなかった。
「少し黙ってて」
片瀬は意外そうに智絵里を見たものの、今回はそれ以上口を挟まず、少し離れたところで手帳を開いた。
だが、それが仇となった。
「ひょっとして、ジャーナリストですか?」
恵麻が目を細める。
その瞬間、智絵里の背筋に冷たいものが走った。
(しまった──!)
「……パルミラ遺跡について調べている、と言ったら?」
片瀬が答えると、恵麻の瞳がわずかに揺らいだ。
しかし次の瞬間、彼女はすっと右手を上げる。
「あなたは知りすぎましたね」
巻き戻し前よりも速く、恵麻は魔導AIを起動した。
見えない鎖が放たれる。
「片瀬、逃げて!!」
智絵里は叫ぶと同時に、大鎌を顕現させた。
だが、間に合わなかった。
鎖は片瀬の体内へ侵入し、その内側を切り裂いた。片瀬の口から大量の血が吐き出される。
「くそっ……!」
智絵里は鎖を切断しようと大鎌を振るったが、すでに体内を傷つけられた片瀬の身体は、急速に力を失っていた。
そして、片瀬はまたしても絶命した。
智絵里はその場から逃走しながら、震える手で大鎌を握りしめた。
巻き戻したはずなのに。
違うアプローチを取ったのに。
それでも、片瀬は死んだ。
「アルシディア……何なの、これ……」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、アルシディアが低く囁く。
「これが、“収束する未来”よ。どれだけ試行を重ねても、片瀬俊吾の死という結果は変わらない」
智絵里の喉は凍りついたように、言葉が出てこなかった。
アルシディアは静かに続ける。
「あなたは記憶していないでしょうけど、すでに十八回試したわ。その末に、巻き戻しではどうにもならないと判断したの。だから、やめておいた方がいいと言ったのに」
「そんな……でも、もっと前からやり直せば……」
「これ以上巻き戻しても無駄よ」
アルシディアの声には、普段とは違う重みがあった。
「巻き戻しの基点となるセーブポイントの数は有限なの。不用意に巻き戻しを続ければ、元の未来に戻れなくなるわよ」
「セーブポイントの数って……」
「三つ」
「……たった三つ?」
「残りの二つは、アマテラス救出前と、小桜の伊吹山攻略前ね」
智絵里は青ざめた。
(ちょっと前からやり直したくても、そこまで戻らないとダメなの……?)
あまりのリスクに、智絵里は目を伏せた。
「……もうちょっと、こまめにセーブしておいてよ」
そう呟くと、智絵里は小さくため息を吐いた。
ブクマで小桜たちの応援をお願いします!




