7-2-4 アルシディアの告白
「私がどうやって予知を行っているのか、まだ教えていなかったわね」
アルシディアの言葉に、智絵里は眉をひそめた。
「え、予知に仕組みなんてあるの?」
智絵里にとって、アルシディアが見せる未来の映像や言葉は、ずっと単純な預言のようなものだった。いつ、どこで、なぜその未来を知ることができるのかなど、考えたこともなかった。
「実際に体験したほうが早いわ。着いてきて」
その声が響いた瞬間、智絵里の目の前に銀色の光が広がった。
光の中で空間が揺らぎ、やがて一枚の鏡が姿を現す。直径は八十センチほどの円形で、古風な金属の枠には波のような模様が刻まれていた。滑らかな鏡面は、まるで静かな湖の水面のように淡い光をたたえている。
「これが……双魚の鏡」
智絵里は息をのんだ。
アルシディアの力によって未来を知ることは何度もあった。それでも、その力の源である《双魚の鏡》そのものをこうして目にするのは初めてだった。
光をまとった鏡は、ただ未来を映し出す道具には見えなかった。鏡面の奥に何かが潜んでいるような、静かな不気味さがある。
「さあ、見てみなさい」
アルシディアに促され、智絵里は鏡を覗き込んだ。
映し出されたのは、自分の部屋だった。
「……え?」
見慣れたベッドに、デスク。飾られた写真や、机の上に置かれた小物まで、何もかもいつものままだった。
まるで今この瞬間の部屋が、そのまま鏡の向こうに映っているようだった。
智絵里は不思議に思いながら、鏡面へ手を伸ばした。
その指先が触れるより早く、視界が弾けるように暗転した。
* * *
「……ちえり?」
誰かの声が聞こえた。
はっと目を開ける。
そこは、やはり自分の部屋だった。
何が起きたのか分からず、呆然としていると、目の前にいた小桜が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「えっ……いつの間に?」
「何言ってるの? さっきからいたよ」
小桜はそう答えると、壁の時計に目を向けた。
「メディア取材があるんでしょ? じゃあ、帰るね」
そう言って、部屋を出ていく。
「……待って」
智絵里はその背中を見送ったまま、呆然と呟いた。
「これって……」
慌ててスマホを手に取る。
「アルシディア、もしかして――」
「そう。あなたは今、あの日に戻っているわ」
アルシディアの声は静かだった。
「時間が……巻き戻ってる?」
「その通りよ。あなたが『予知』だと思っていたものは、巻き戻る前の時間で得た記憶だったの」
智絵里は言葉を失った。
「……どういうこと?」
「あなたはずっと、自分の周囲に関係する未来だけを知ることができると思っていたわね?」
「うん……」
「違うわ」
アルシディアは淡々と告げた。
「あなたは未来を見ていたんじゃない。未来で実際に体験したことを、記憶として過去へ持ち帰っていたのよ」
智絵里の背筋を、冷たいものが走った。
「……今まで私が見ていたのは、未来じゃなくて……記憶?」
「ええ。あなたが未来で体験した出来事を、過去のあなたが思い出せる形にしていた。だから、あなたの『予知』はいつも、あなた自身や、あなたの周囲に関係する出来事に限られていたの」
智絵里は、これまで見てきた数々の未来を思い返した。
予知だと思っていた光景。アルシディアから告げられた言葉。そして、それを当然のように受け入れていた自分。
それらすべてが、未来を覗き見た結果ではなかった。
一度、自分がそこまで生きていたのだ。
「そんな……」
智絵里の声が震えた。
そのとき、手の中のスマホが震えた。
着信。
画面に表示された名前を見て、智絵里の呼吸が止まる。
片瀬俊吾。
「……!」
頭の中に、先ほど見たネットニュースが蘇った。
《フリージャーナリスト・片瀬俊吾氏、遺体で発見される》
このまま取材を受ければ、片瀬は死ぬ。
「……アルシディア!」
智絵里が叫ぶと、アルシディアは静かに応じた。
「待って。重要なことを伝えるわ。よく聞いて」
智絵里は息を呑んだ。
「一度過去へ戻ったら、前に経験した未来へは直接飛べない。だから、未来を変えたくないのなら、前とまったく同じ行動を取ること」
未来を変えたくないのなら。
その言葉の意味は、すぐに分かった。
片瀬を見殺しにする。
智絵里の手が震えた。
「私は……」
スマホの画面には、着信を知らせる表示が残っている。
受ければ、片瀬は再び同じ道を辿るかもしれない。
拒めば、少なくとも前とは違う未来になる。
智絵里は震える指を画面に伸ばした。
一度、深く息を吸う。
そして──。
タップ。
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