7-2-3 インタビュー・ウィズ・恵麻
インタビューの際、片瀬は画面の左右に二枚の写真を並べていた。スーツ姿の男と、その隣に立つ秘書風の女。何気ない会話を装いながら、片瀬は智絵里の反応を注意深く観察していた。
智絵里は写真を見た瞬間、ほんのわずかに表情を変えた。すぐに平静を取り戻し、「知りません」と答えたものの、片瀬の目はその一瞬を見逃さなかった。
彼女の視線が向かったのは、男ではない。
写真の左側にいる、秘書風の女だった。
(こっちだな)
片瀬はそう判断した。智絵里が繋がりを持っているのは、スーツの男ではなく、この女の方なのだろう。
ならば、まず彼女に接触する。
翌日、片瀬はゼノン・サイエンス本社の周辺に張り込んでいた。しばらく待っていると、例の秘書風の女が一人で建物から出てくる。片瀬は人目を避けるように近づき、落ち着いた表情で名刺を差し出した。
「失礼、探偵をしております」
もちろん、そこに記された名前も連絡先も出鱈目だった。
「探偵?」
「ええ。智絵里さんから依頼を受けましてね。あなたとお話ししたいそうです」
智絵里の名前を出した瞬間、女の表情がわずかに変わった。ほとんど無表情のままだったが、まぶたが微かに動く。
「彼女が?」
「はい。あなたと連絡が取れなくなったことを心配しているそうです。ゼノンで何かあったのではないかと」
女はしばらく片瀬を見つめていたが、やがてゆっくりと視線を上げた。
「……場所を変えましょう」
(食いついた……!)
片瀬は内心でほくそ笑みながら、表情には出さずに女の後を追った。
二人が入ったのは、駅から少し離れた喫茶店だった。案内された個室は薄暗く、扉が閉まると店内のざわめきも遠のいた。
向かいに座った女は、片瀬が話を振ってもほとんど口を開かなかった。ただ無表情のまま、冷たい目でこちらを見つめている。
(こっちを探っているのか……)
片瀬も沈黙を急いで埋めようとはしなかった。焦って情報を引き出そうとすれば、こちらの手札を晒すことになる。
静かな時間が流れる。
だが、次の言葉を口にした瞬間、その均衡が崩れた。
「パルミラ遺跡──」
女の指が、ほんのわずかに動いた。
(当たりか……!)
片瀬は確信を深めた。
「盗み出された秘宝について、何か知っていますね?」
女の目が鋭くなる。
「……あなた、何者?」
「言ったでしょう。探偵です」
「嘘……ですね」
その言葉と同時に、片瀬の身体が硬直した。
「なっ……!?」
両腕が動かない。続いて両脚にも力が入らなくなる。何も見えないはずなのに、そこには確かな拘束の感触があった。まるで透明な鎖が全身に絡みつき、椅子ごと縛り上げているかのようだった。
片瀬は必死に身体を動かそうとしたが、びくともしない。
女が静かに立ち上がる。
「愚かな人ですね。真実を暴く前に、自分の命の価値を考えるべきでした」
視界が大きく揺れた。
何が起きているのか理解する間もなく、片瀬の意識は暗闇へと沈んでいった。
片瀬は、この女を甘く見ていた。
戦場を渡り歩いてきた彼にとって、強大な敵とは、武器を手にした者や、圧倒的な力を目の前に示す者だった。だからこそ、あの砂時計を持つ男には警戒していた。一方で、傍らに控えていた秘書の女は、あくまでその従者に過ぎないと油断していた。
そして、その油断こそが致命的な結末を招いた。
だが、そのことを片瀬が誰かに伝えることは、もうできない。
まるで彫像のように感情を映さない女の顔だけが、意識の底に焼き付いていた。
—-
数日後。
智絵里は自室でスマホをスクロールしていた。何気なく眺めていたネットニュースの中に、小さな記事が目に入る。
『フリージャーナリスト・片瀬俊吾氏、遺体で発見される。警察は事件の可能性も視野に捜査中』
指が止まった。
「嘘……」
あのジャーナリストが?
智絵里は画面を見つめたまま、呟く。
「なんで……?」
すると、スマホの中からアルシディアの声が響いた。
「彼はいろいろと知り過ぎたようね」
智絵里は思わずスマホを握りしめた。
「アルシディア……もしかして、あなた、予知を──」
「ええ」
アルシディアの声は静かだった。
「彼の死は決まっていたわ」
智絵里は息をのんだ。
「……なんで教えてくれなかったの?」
「だって、彼はあなたにとって有害だったもの」
「……は?」
智絵里の表情がこわばる。
「ふざけないで。私が嘘をついたせいで、彼が死んだかもしれないのよ」
「だから?」
アルシディアの声音には、戸惑いも罪悪感もなかった。
「あなたに害をなす者の運命を、いちいち気にする必要があるの?」
「あるわよ!!」
珍しく、智絵里の声が部屋に響いた。
そのまま、しばらく沈黙が続いた。
やがてアルシディアが、小さく息を吐く。
「……ごめんなさい」
先ほどまでとは違う、わずかな柔らかさがその声に混じった。
「もしあなたが望むなら、助けることは可能よ」
「えっ?」
智絵里は思わず聞き返した。
「何言ってるの? 彼はもう死んでるって、ニュースに……」
アルシディアは静かに囁いた。
「あなたはまだ、私の本当の力を知らないわ」
智絵里は、その言葉の意味を測りかねたまま、スマホの画面を見つめていた。
そこに表示された片瀬の死亡記事が、妙に現実味を失って見えた。
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