7-2-2 インタビュー・ウィズ・智絵里
智絵里の部屋には、心地よい音楽が流れていた。大きな窓から差し込む午後の柔らかな陽光が床を明るく照らし、風に揺れるカーテンが穏やかな影を落としている。ベッドの上では小桜がクッションを抱えて座り、智絵里はその足元の床に座ってスマホを弄りながら、傍らに置いたお菓子を摘んでいた。
「でさー、結局そのコスメ、発売延期になったんだって」
「マジで? 予約しといてよかったわ」
そんな他愛もない会話を交わしていたが、智絵里の頭には、さっきから別のことが引っかかっていた。何度か切り出そうとしてはやめて、ようやく会話の途切れたところで、何気ない風を装って口を開く。
「そういえば、恵麻さんのことだけど……」
その瞬間、空気が変わった。
小桜の肩が、ぴくりと揺れる。抱えていたクッションに目を落とし、そのまま視線を上げようとしない。その表情には、できればその話には触れないでほしいという思いが、隠しきれないほど滲んでいた。
智絵里はスマホを弄る手を止め、小桜の様子を窺った。
「紫音から聞いたんだけどさ。先日のアマテラス誘拐の件……犯人の一味に、鎖を使う魔導士がいたって」
小桜はすぐには答えなかった。やがて小さく息を吐き、窓の外へ視線を逃がす。
「……それが恵麻さんかもしれないって?」
「わからない。でも、最近連絡がつかないのは確かでしょ?」
智絵里の言葉に、小桜の眉がわずかに寄った。
恵麻は小桜にとって、ただの知人ではない。姉の友人であり、これまで自分たちを助けてくれた仲間でもある。だからこそ、もし本当に彼女が敵側にいるのだとしたら、簡単に受け入れられるはずがなかった。
「……今は、ちょっと考えたくない」
小桜はそれだけ言うと、話を打ち切るように立ち上がった。
「そっか。……あ、そうだ。今日、メディア取材があるんだった」
智絵里が話題を変えると、小桜は軽く頷いた。
「じゃあ、帰るね」
「うん。またね」
小桜はそのまま部屋を出ていった。
智絵里は深く追及しなかった。あの表情を見れば、今は恵麻のことを考えるだけでも辛いのだと分かる。無理に聞き出したところで、小桜が余計に苦しくなるだけだった。
小桜が帰った後、智絵里はベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を見つめた。
「……あの反応、かなり気にしてるんだ」
恵麻のことはもちろん気になる。けれど、もう一つ、智絵里の頭から離れないことがあった。
今日のメディア取材だ。
取材を申し込んできたのは、片瀬俊吾というフリージャーナリストだった。一体、何者なのだろう。ゼノンサイエンスについてのインタビューだと聞いているが、わざわざ自分を取材対象に選んだ理由が分からない。
本当なら小桜に相談しておきたかった。しかし、さっきの様子では、とてもそんな余裕があるようには見えなかった。
智絵里はスマホを開き、片瀬俊吾の名前を検索した。
いくつかの投稿や記事が表示される。
「……海外の戦地を渡り歩いてるフリーのジャーナリスト?」
目に入った記事のタイトルには、「最前線からの報告:人道支援の実態」「傭兵と武器市場の裏側」といった刺激的な言葉が並んでいた。どれも、普段の智絵里が関わるインフルエンサーや企業案件とは、あまりにもかけ離れた世界の記事だった。
「そんな人が、なんで私の取材を?」
智絵里は眉をひそめた。
戦地を取材してきたジャーナリストと、女子高生インフルエンサー。そこにどんな接点があるのか、考えても分からない。ゼノンサイエンスについてのインタビューらしいが、あの会社は自分以外にも多くのインフルエンサーをプロモーションに招いていたはずだ。
それでも、なぜ自分なのか。
考え込んでいると、スマホが震えた。
画面を開くと、通話アプリの着信が表示されていた。智絵里が応答すると、ビデオ通話の画面に一人の男が映し出された。
「初めまして、片瀬俊吾です」
画面越しに映る男は、浅黒い肌に無精髭を生やし、どこか疲れたような雰囲気を漂わせていた。だが、その目だけは印象が違う。こちらをじっと見据える視線には、これまで多くの人間を取材してきた者特有の鋭さがあった。
「智絵里さんですね。ゼノンサイエンスとの仕事について、少し話を聞かせてほしいんです」
「はい、どうぞ」
片瀬はまず、プロモーションの時期や内容、参加した経緯など、無難な質問をいくつか投げかけてきた。智絵里も素直に答え、去年のビーチイベントについて話し、ゼノンサイエンスが関与していたことを説明する。
ただし、そこで起きた騒動については、一切口にしなかった。
「なるほど……」
片瀬は手元のメモに視線を落としながら頷いていたが、やがて顔を上げた。その表情から、それまでの柔らかな雰囲気が消える。
「最後に、もう一つだけ確認させてください」
片瀬が画面上に一枚の写真を表示した。
そこに写っていた人物を見た瞬間、智絵里の呼吸がわずかに止まった。
(……恵麻さん?)
写真には恵麻が写っている。その隣に立つ男の顔を見たとき、さらに胸の奥がざわついた。
(隣の男は、まさか……)
一瞬、動揺が走る。
けれど、智絵里は表情を変えなかった。こういうときこそ、普段どおりにしていればいい。インフルエンサーである彼女にとって、相手の視線を受けながら平静を保つことは、決して難しいことではなかった。
「この人たちに、見覚えは?」
片瀬が静かに問いかけた。
智絵里は写真に目を落とし、ほんの一瞬だけ確認するように二人の姿を見た。それから顔を上げ、いつもの調子で微笑んだ。
「……いいえ、知りません」
片瀬は、すぐには返事をしなかった。
画面越しでも分かるほど、じっと智絵里の表情を見つめている。視線の動きや表情の変化、その一つひとつから、言葉の裏に隠されたものを探っているのだろう。
智絵里も視線を逸らさなかった。笑顔を保ったまま、片瀬が次に何を言うのかを待つ。
しばらくして、片瀬がわずかに目を細めた。
「……そうですか」
「はい」
短く答え、智絵里は微笑んだまま頷いた。
その一方で、胸の内では別の警戒が強まっていた。
(この人、どこまで知ってるの……)
ビデオ通話が終了すると、智絵里はしばらくスマホを握ったまま動かなかった。やがて画面を伏せるように置き、大きく息を吐く。
「……バレてないよね?」
返事はない。
そのとき、スマホの画面が淡く光った。
「……面倒な男に目をつけられたわね」
魔導AIアルシディアの声が響く。
智絵里は目を閉じ、静かに天井を仰いだ。
「本当に、ね……」
恵麻のことも、片瀬のことも、何一つ片付いていない。
午後の陽光に照らされた部屋は、さっきまでと変わらず穏やかだった。それなのに、智絵里の胸の奥には、拭いきれない不安だけが残っていた。
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