7-1-26 魔法深海探査機
夜の房総沖。広がる海は闇に沈み、水平線さえ見分けられない。ただ、雲間から差す月明かりが水面を鈍く照らし、穏やかな波がクルーザーの船体を静かに揺らしていた。
「へぇ、こんなのが何千メートルも潜れるなんて、すごいハイテクだね」
船の甲板で、小夜が無人探査機を見下ろして感心したように言う。探査機は流線型のフォルムを持ち、前方には球状のカメラと複数のセンサーが並んでいた。特殊合金で覆われたボディには、魔法陣のような微かな紋様が刻まれている。
「ふーん。でも、なんかナマズみたいで不細工じゃない?」
美玲は頬杖をつきながら、興味なさげに笑った。
「見た目の問題じゃないでしょ」
小夜は苦笑しながら探査機に目を戻した。何千メートルもの深海を探査し、そこで得たデータを地上まで送る。それだけでも相当な技術が必要になるはずだ。
小夜はふと、探査機の外装に刻まれた紋様へ目を留めた。
「……あれ?」
魔導AIで探査機を調べると、ごくわずかだが、機体の内部から魔力の反応が返ってきた。
「もしかして、これ魔法と科学技術の融合なのかな?」
「まあ、そうじゃないと深海なんてまともに探索できないかもね」
美玲があっさり同意する。だが、その横で月奈は腕を組んだまま無言だった。
「……本当にそれだけかな?」
低い声が波の音に混じる。
月奈の脳裏に浮かんだのは、前回の仕事に介入してきた異質なクライアント──ロキアン・フェルナンデスの姿だった。あの男が持ち込んだ魔法遺物は、神器すら無効化するほどの力を秘めていた。そして今回の仕事も、間違いなくその男とどこかで繋がっている。
(……嫌な予感がする)
「準備完了だ。潜行開始するぞ」
クルーザーの操縦席から葉山が声をかける。
小夜は気持ちを切り替え、船体横の端末を操作した。すると、甲板に固定されていた探査機の外装が淡く光り、固定具が外れる。機体は水面へ滑り出ると、まるで自ら進む方向を知っているかのように姿勢を整え、そのままゆっくりと海中へ沈んでいった。
「おお……すごいね。なんか生き物みたい」
小夜が身を乗り出して見送る。
やがて探査機の姿は水面から消え、月明かりだけが波間に揺れた。
「これで終わり? なんか楽な仕事だったね」
美玲が腕を組み、拍子抜けしたように言う。
だが、月奈はその言葉に同意しなかった。
何かが引っかかる。
この探査機は、本当にただの調査機器なのだろうか。それとも、もっと別の目的があるのではないか──。
月奈は暗い海を見つめた。
探査機の姿は、もうどこにもない。
海は何も知らないまま、ただ静かに揺れていた。
—-
片瀬俊吾は、爆音と土埃の中を駆けていた。
銃声が響く戦場を、カメラを抱えて走ることには、もう慣れている。安全な場所から撮影できる機会など、紛争地帯ではほとんどない。危険を承知で踏み込まなければ、そこで起きていることを伝える写真は撮れなかった。
彼が今いるのは、シリア北部のパルミラ遺跡だった。
かつてローマ帝国とペルシア帝国の狭間で栄えた古代都市。その遺構は戦火によって幾度も破壊され、それでも残された石柱や神殿跡が、かつてここに巨大な都市が存在したことを物語っている。
そして今、その遺跡は再び争いの中にあった。
片瀬は崩れかけた石壁の陰に身を伏せ、双眼鏡を覗き込んだ。
「……やはり、動いているか」
神殿跡の奥に、複数の人影が見える。
戦乱に乗じて遺跡へ入り込み、価値のある出土品を持ち去る者たちは後を絶たない。だが、双眼鏡越しに見える一団は、片瀬がこれまで見てきた盗掘団とは少し様子が違っていた。
見張りは二人。どちらもライフルを抱え、周囲を警戒している。
その奥では数人の作業員が、大きな石棺を開けようとしていた。そして、その作業を指示しているらしい西洋人の男が一人いる。
片瀬はカメラを構え、慎重にレンズを向けた。
(……西洋人?)
シャッターを切る。
一枚。さらに一枚。
装備も統一されている。動きにも無駄がない。少なくとも、その場で集まった地元の盗掘屋たちには見えなかった。
片瀬は集音マイクで録音を開始した。
風に混じって、断片的な会話が届いてくる。アラビア語と英語が入り混じり、距離のせいで聞き取れない部分も多い。それでも、いくつかの単語だけははっきりと耳に残った。
「……鍵を探せ」
「……高位の封印……」
「……トルコ経由で運べ」
片瀬は眉を寄せた。
(鍵? 封印?)
ただ金になる骨董品を探しているなら、そんな言葉を使う必要はない。
石棺の蓋が少しずつ動く。その奥に何があるのか、片瀬はカメラの望遠をさらに伸ばした。
その瞬間、背後で砂を踏む音がした。
片瀬は反射的に身を伏せた。
振り向く。
数メートル先に、ライフルを構えた男が立っていた。
「……!」
男が銃口を向ける。
片瀬は考えるより先に横へ転がった。次の瞬間、銃声が轟き、背後の石柱が砕けて土煙を上げた。
片瀬はカメラを抱えたまま走った。
遺跡の陰へ飛び込み、身を低くする。荒い息を押し殺して耳を澄ますと、追手の足音が近づいてくる。
逃げ道はない。
(マズいな……)
そのとき、遠くで別の銃声が響いた。
続いて、何かが爆ぜるような音が轟く。怒号が重なり、盗掘団のいる方向から一斉に人の動く気配がした。
片瀬は迷わなかった。
混乱に乗じて遺跡の隙間から這い出し、そのまま身を低くして走る。背後を振り返る余裕もなく、瓦礫の間を抜けていった。
盗掘団の注意が別の方向へ向いている間に、片瀬はどうにかその場を離れることができた。
数日後。
片瀬は日本へ帰国していた。
表向きは取材を終えての帰国だったが、彼にはもう一つ目的があった。
あの盗掘団が探していた「鍵」とは何なのか。そして、それがなぜ他国へ運ばれようとしているのか。
「金のため……それだけか?」
空港からホテルへ向かうタクシーの中で、片瀬はカメラに残されたデータを確認していた。遺跡で撮影した写真に、録音した音声。何度も見返し、聞き返しながら、気になった言葉を手帳へ書き出していく。
「“鍵”……“封印”……そして、輸送先」
盗掘団のリーダーらしき男が最後に口にした地名。その言葉は、はっきりと記録されていた。
「……“JAPAN”」
片瀬は手帳から顔を上げ、タクシーの窓へ視線を向けた。
窓の外を東京の街並みが流れている。
見慣れたはずの街が、今はどこか違って見えた。
(この戦いは、日本にも波及する……)
その予感は、もはや無視できるものではなかった。
片瀬は手帳を閉じ、静かに息を吐いた。
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