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7-1-25 姫神の帰還

ビデオ通話が切れると、周囲の空気が重く沈んだ。小桜はすぐさまスマホを握り直し、意を決して問いかける。


「……本当に、そんな大地震を起こせると思う?」


スマホに宿る魔導AI、グラビティウムが、いつもの威厳ある口調で答えた。


「直接的に地震を発生させるのは、ほぼ不可能に近い。地球規模のエネルギーを魔法によって生み出すのは、たとえ神の力をもってしても容易ではない。しかし……」


「しかし?」


「間接的ならば、話は変わる。例えば、房総沖の海溝でプレート間の摩擦を低減させれば、蓄積された応力が解放され、断層が自然と滑る。これによって大規模な地震を誘発することは可能だ。さらに複数の断層を連鎖的に動かし、海底を広範囲に隆起・沈降させれば、巨大な津波を発生させることもできるだろう」


「なるほど……。地震そのものを起こすんじゃなくて、起こる条件を作るわけか」


「そういうことだ。地震の規模を大きくするなら、断層の動きだけでなく、その結果として海底がどれだけ大きく変動するかが重要になる」


「海底の地形そのものを変える……」


小桜は、グラビティウムの言葉を噛みしめるように呟いた。


「地震を起こさなくても、海底の地形を大規模に変化させれば、それだけで津波を発生させられる。海底崖の崩落、地盤の隆起や沈降……方法はいくらでも考えられる」


麗蘭が腕を組みながら、短く息を吐く。


「つまり、地震が起きない方に賭けるのはやめた方がいいってことね……。そうだ! 《宝瓶の壺》で津波を吸い込むっていうのはどう?」


「津波のように広範囲へ押し寄せる水を、壺の口という一点からすべて吸収するのは非現実的だな」


「ダメか……。良いアイデアだと思ったんだけどなぁ」


麗蘭が肩を落とすと、智絵里も悲観的な表情で目を伏せた。


「いったい、どうすれば……」


小桜は額に手を当て、必死に思考を巡らせる。東京に甚大な被害を及ぼす規模の津波が起こるなら、対策を講じる時間は限られている。しかも相手は魔法を駆使し、自然現象そのものを利用して災害を引き起こそうとしているのだ。


これまでのように、物理的な防災策だけでは足りない。魔法によって生み出される異常そのものに対抗する手段が必要だった。


それよりも気になるのは──。


「仮面の男……何者なんだろう」


小桜はそう呟いた途端、頭の奥がチクリと痛むような感覚を覚えた。


—-


紫音がアマテラスを匿うビジネスホテルの一室は、静まり返っていた。簡素な内装にほの暗い照明が落ち、ベッドに横たわるアマテラスは、まだ完全に回復したわけではないものの、意識を取り戻しているようだった。


そのとき、部屋のドアがノックされた。


紫音が警戒しながらドアスコープを覗くと、そこに立っていたのはオオクニヌシだった。


「オオクニヌシ……」


紫音がドアを開けると、オオクニヌシは柔らかな笑みを浮かべて中へ入った。


「小桜から連絡を受けてね。アマテラスを迎えに来た」


アマテラスはゆっくりと身を起こし、オオクニヌシを見つめると、ふっと微笑んだ。


「……礼を言う、オオクニヌシ。おぬしの働き、しかと見届けたぞ」


オオクニヌシは少し得意げな表情を浮かべた。


「それが僕の務めだから」


アマテラスは軽く頷くと、わずかに表情を引き締めた。


「神々の会議で、今後の対策を練らねばならぬ。ロキアンの動きは、もはや見過ごせるものではない」


そう言って立ち上がると、アマテラスはオオクニヌシの手を借りながら、ゆっくりと歩き出した。しかし、ふと足を止め、部屋の隅へ視線を向ける。


そこにあったのは、テーブルの上に置かれた紫音のバイクのキーアクセサリーだった。その先端には、深紅に輝く石がついている。


「……それは……黄泉の紅玉か?」


アマテラスの声が、かすかに震えた。


紫音は短く息を吐き、静かに頷いた。


「そうだよ」


アマテラスは目を見開いた。


「それほどのものを、おぬしが持っているとは……」


紫音をまじまじと見つめ、真剣な口調で続ける。


「大変貴重なものじゃ。片時も手放さぬようにな」


紫音は少し戸惑った様子を見せながらも、強く頷いた。


アマテラスはオオクニヌシへ視線を戻すと、少し誇らしげに笑った。


「よくぞこれほどの稀有の者を遣わしてくれた。さすがはオオクニヌシよ」


アマテラスの称賛に、オオクニヌシは満足げに頷くと、紫音を一瞥した。


「君、なかなか面白いな」


「……そっちこそ」


紫音は照れ隠しのように視線を逸らしながら答えた。


「では、行こう」


オオクニヌシはアマテラスを優しく抱き上げると、空間に神気の波を生み出した。一瞬の光が部屋を包み込み、次の瞬間には、二人の姿は消えていた。


紫音はしばらくその場に立ち尽くしていた。やがてテーブルの上のキーアクセサリーを手に取り、深紅の石をそっと見つめる。


「これって、本当にすごいものだったんだ……」


紫音は小さく呟いた。


その手の中で、黄泉の紅玉が静かに輝いていた。

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