7-1-24 白馬の騎士2
紫音はスロットルを一気に開いた。Kawasaki Ninja ZX-4Rのエンジンが甲高い咆哮を上げ、彼女を乗せた車体が勢いよく加速する。そのまま右手を掲げた。
「顕現せよ──《人馬の槍》!」
空間が揺らぎ、漆黒の柄の槍が紫音の手の中に現れた。人馬の槍──魔導AIが生み出す、異世界に伝わる伝説のデバイス。その力は、疾走する者のためにこそある。
紫音は槍を片手で操りながら、もう一方の手でZX-4Rのハンドルを精密に制御した。純白の車体が鋭く向きを変え、ロキアンとアマテラスの間へと滑り込む。
「ほう……貴様、単騎で乗り込んだか」
ロキアンが眉をひそめる。
だが、次の瞬間には紫音の槍が閃いた。ロキアンは反射的に身を引いて穂先をかわすが、紫音はそのまま速度を落とさない。ZX-4Rの機動力を活かして左右へ車体を振り、スラロームを描くように疾走しながら、間断なく槍を繰り出していく。
ロキアンも反撃を繰り出す。だが、その顔に苛立ちが浮かんだ。
「チッ……なぜ当たらん!」
紫音はバイクの機動力と槍のリーチを最大限に活かし、ロキアンの攻撃をかわしながら、確実に間合いを詰めていく。車体が一瞬だけ敵の射線から外れ、そこから伸びた槍がロキアンを牽制する。その繰り返しが、次第に彼の焦りを募らせていった。
『シオン、今こそ刃をもって姫君を救い出す時!』
カヴァリナの声がインカム越しに響く。
「わかってる!」
紫音は前方を見据えた。
次の瞬間、ZX-4Rの後輪が地面を蹴った。純白の車体が一気に間合いを詰め、アマテラスのもとへ迫る。
「捕まって!」
紫音は衰弱したアマテラスの身体を抱き上げると、そのまま後部シートへ乗せた。片手で彼女の身体を支えながら、もう一方の手でハンドルを大きく切る。タイヤが床面を削り、車体が鋭く旋回した。
その勢いを殺さぬまま、紫音はアクセルを開け放った。
「しまった……! 逃すな!」
ロキアンの叫びとともに、手負の恵麻が前へ出た。
「アエクティウム、行くよ」
恵麻の手元でスマホが光る。
次の瞬間、空間が揺らぎ、無数の鎖が虚空から現れた。鎖は蛇のようにうねりながら、逃走する紫音たちへと一斉に伸びていく。
「この鎖……まさか!?」
『無粋な鎖よ、シオンの前に立ち塞がること能わず!』
カヴァリナの声が響く。
紫音は前輪をわずかに浮かせ、ウイリーのまま加速した。鎖が目の前まで迫った瞬間、ハンドルを切る。ZX-4Rが鋭く車体を傾け、鎖の間をすり抜ける。
そのまま速度を落とさず、左右へ車体を振る。迫り来る鎖を次々とかわしながら、紫音は出口へと駆け抜けていく。
「……くっ、逃げられた……」
膝をついた恵麻が悔しげに呟く。
その声を残して、純白の車体は闇夜の彼方に消えていた。
—-
静かなビジネスホテルの一室。
紫音はベッドにアマテラスを横たえた。意識のない彼女の手がわずかに動き、その指先がサイドテーブルの上に置かれたキーに触れる。そのアクセサリーには、鈍い赤色の輝きを放つ宝石が付いていた。
アマテラスの瞳が、かすかに揺れる。
まだ意識が朦朧としているのか、声にはならない。ぼんやりと開いた瞳が、宙に向けられている。
紫音はスマホを取り出し、ビデオ通話をつないだ。画面に映ったのは、東京駅で足止めされている小桜たちだった。
小桜は開口一番、焦りを隠さずに問いかけた。
「急にいなくなったけど、今どこにいるの?」
紫音は答える代わりに、スマホのカメラをゆっくりと横へ向けた。
画面が切り替わり、簡素なビジネスホテルの室内が映し出される。そのベッドに横たわっていたのは、ぐったりとしたアマテラスだった。
「鈴鹿市から少し離れたホテルだよ。アマテラスを助けたんだけど、伊勢神宮に戻るのは危険だと思って、ここで匿ってる」
「……え?」
一瞬、通話の向こうが静まり返った。
小桜の隣にいる智絵里と麗蘭も、驚いた表情で紫音を見つめている。
「ちょっと待って、どういうこと? 鈴鹿って……なんでそこに?」
「それは……まあ、色々あって」
紫音は少し目を逸らし、言葉を濁した。
「ちょっと待ってよ。新幹線が止まって、こっちはまだ東京駅にいるんだけど……」
「うん。だから、待ってたら間に合わないと思ってさ」
「まさか……紫音、一人で行ったの?」
小桜の声には、驚きと戸惑いが入り混じっていた。智絵里と麗蘭も、画面越しに信じられないという表情を浮かべている。
紫音は苦笑しながら肩をすくめた。
「まあね。私のバイクなら新幹線より速いし」
「いやいやいや、問題はそこじゃないでしょ!? 一人で突っ込んだの!? 無茶しすぎでしょ!」
麗蘭が割って入る。
「とにかく、何とかしてそっちに向かうから……」
智絵里も心配そうに言った。
「……待て」
弱々しい声が響いた。
アマテラスがゆっくりと身を起こそうとする。紫音は慌ててその身体を支えた。
「ダメだよ、まだ動かないで。とにかく、ゆっくり休んで。ここなら、ひとまず安全だから」
紫音が制止する。
しかしアマテラスは首を振り、真剣な眼差しで紫音と、ビデオ通話の向こうにいる小桜たちを見つめた。
「そうも言っていられぬ。仮面の男……ロキアンは、東京に津波を起こさせるつもりじゃ」
一瞬、沈黙が落ちた。
「津波……東京に?」
小桜の声が震える。
画面の向こうの智絵里と麗蘭も、言葉を失ったように動きを止めていた。
「そうじゃ。奴は大地震を利用し、さらに巨大な津波を引き起こそうとしておる」
紫音は息を呑んだ。
心臓が嫌な鼓動を刻み、喉の奥がひりつく。
アマテラスを救い出せたことで、ようやく一息つけると思っていた。
だが、その直後に突きつけられたのは、東京そのものを巻き込む新たな危機だった。
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