7-1-23 白馬の騎士1
東京駅の構内は混乱の渦に包まれていた。局地的な地震による新幹線の運転見合わせがアナウンスされると、電光掲示板は一斉に赤く染まり、行き場を失った人々が右往左往している。係員に詰め寄る者、スマートフォンを片手に途方に暮れる者、荷物を引きずりながら出口へ急ぐ者。それぞれの焦りが入り混じり、駅全体が落ち着きを失っていた。
「……どうする?」
紫音が小桜に声をかける。
「どうするって……どうにかして鈴鹿市に行かないと……」
小桜は混乱する群衆を見つめながら、震える声で答えた。時間がない。アマテラスが今まさに危機に瀕しているのに、ここで足止めを食っている場合ではない。
「でも新幹線は止まってるし……他の手段を探すしか……」
紫音は一度視線を落とし、短く息を吐いた。
そして、何かを決めたように顔を上げる。
「悪い、急用を思い出した」
小桜と仲間たちが驚いた顔を上げるより早く、紫音は踵を返した。
「え、紫音? どこに行くの?」
小桜が呼びかけても、紫音は振り返らない。ただ一直線に出口を目指し、その背中はあっという間に人混みの向こうへ消えていった。
—-
紫音は駅を飛び出すと、裏手にあるバイク駐車場へ走った。
視線の先には、純白のKawasaki Ninja ZX-4Rが佇んでいる。バイトで貯めた金をすべて注ぎ込み、ようやく手に入れた新しい相棒だった。
紫音はヘルメットを手に取ると、迷うことなくシートに跨った。スマホを取り出し、魔導AIを起動する。
「急ぐぞ、カヴァリナ!」
「姫を救うために単騎で疾るか……粋な話よ。おぬしの心意気、見届けたぞ。我が力を信じ、風となって駆けろ!」
キーを回した。
Ninja ZX-4Rのエンジンが目を覚ます。
並列四気筒398ccの唸りが駐車場に響き渡り、回転計の針が跳ね上がった。14,500rpmという最高出力域へ向かって、高回転域に特化したエンジンが一気に回り始める。
「アマテラスを助ける。全速力で!」
紫音は左足でシフトを一段下げ、半クラッチを当てた。
スロットルを開く。
その瞬間、車体が鋭く前へ飛び出した。
『トラクションコントロール作動。ウイリー抑制。加速補正完了』
カヴァリナの声がインカム越しに響く。
リアタイヤのダンロップ製ハイグリップタイヤが路面を掴み、地面を引っ掻くような音を残して車体を押し出していく。魔導AIによる走行補正が瞬時に介入し、わずかな挙動の乱れさえも抑え込んでいた。
「頼むぞ、カヴァリナ、ZX-4R!」
回転数が跳ね上がる。
レブリミット、15,000rpm。
紫音はそこまで一気に回してからシフトアップした。
クイックシフターが作動する。
クラッチ操作を挟むことなく、ギアが瞬時に切り替わった。
次の瞬間には、さらに高い回転域へ。
エンジン音が一段高くなる。
焦っているはずなのに、恐怖はなかった。アクセルを開けば開くほど、ZX-4Rが自分の意思を読み取るように応えてくる。その感覚が、身体の奥に眠っていた何かを目覚めさせていた。
首都高速に出た瞬間、紫音は身体を伏せた。タンクに胸を寄せ、膝を車体へ密着させる。
「行け……!」
風圧がヘルメットを叩く。
『気流制御モード作動。ドラッグ係数低減』
カヴァリナの補正が入った。
風の抵抗が変わる。
ほんのわずかな違いだった。それでも車体は、まるで前方へ引かれるように伸びていった。
高速のカーブが迫る。
紫音はステップへ荷重をかけ、身体をイン側へ預けた。フロントの倒立フォークが路面から伝わる衝撃を受け止め、リアのホリゾンタルバックリンクサスペンションが車体の姿勢を安定させる。
ZX-4Rは、ブレることなくカーブをトレースしていく。
「……このまま!」
ギアを五速へ。
スロットルを全開にする。
四気筒エンジンが一段と甲高い咆哮を上げた。
メーターの数字が跳ねる。
160。
170。
180km/h。
そこが、ZX-4Rの通常の性能領域だった。
『速度限界接近。電子制御による車体補正、最大値へ移行』
だが、カヴァリナはさらに魔力を流し込む。
『気流制御、出力補正、駆動制御──すべて最適化』
車体を包む空気の流れが変わった。
エンジンの唸りがさらに高くなる。
メーターの数字が、180を越えた。
「……まだ行ける!」
紫音の目が輝く。
「カヴァリナ、もっとだ!」
『承知! 燃料供給量増大!』
エンジンの唸りがさらに高くなる。
回転計の針が上限を振り切り、車体が風を切り裂いていく。一般車両が次々と後方へ流れていく中、紫音は視線を一切逸らさなかった。
もはや計器の数値は意味を成さない。
『190!』
カヴァリナの声だけが、速度を正確に告げる。
『200!』
風圧が一気に強くなる。
それでも車体は揺らがない。
「もっと……もっと速く!」
紫音は笑っていた。
もう、バイクを操っているという感覚さえ薄れている。風を読み、路面を感じ、エンジンの鼓動を聞く。そのすべてが身体の感覚と重なり、ZX-4Rそのものが自分の手足になったようだった。
「間に合え……!」
白い車体が、首都の街を疾走していった。
—-
アマテラスは電気椅子に拘束されたまま、荒い呼吸を繰り返していた。
長時間の拷問によって体力は限界に近づき、神としての力もほとんど残っていない。
「二時間経過しました」
恵麻が淡々と告げる。
「もうそんな時間か。少し休ませてやろう」
ロキアンが笑みを浮かべて立ち上がった。
二人が背を向けた、その瞬間だった。
アマテラスの瞳に、最後の光が宿る。
(今しかない……!)
アマテラスは残された力をすべて振り絞った。
電気椅子を固定していたボルトが弾け、金属が悲鳴を上げる。次の瞬間、アマテラスは拘束具ごと椅子を砕き、よろめきながら立ち上がった。
「何ッ──!」
ロキアンと恵麻が振り返る。
アマテラスは手を前へ突き出した。
「ここから……出る!!」
白銀の光が放たれ、一直線に二人へ突き進む。
恵麻は咄嗟に鎖で防御壁を展開した。光が壁へ激突し、無数の鎖が軋みながら砕け散る。
恵麻は身を挺してロキアンを庇った。衝撃は軽減されていたとはいえ、まともに受けた身体が大きく揺らぐ。
「逃がすものか!」
ロキアンが素早く手を掲げる。
雷光が収束し、次の瞬間、凄まじい雷撃がアマテラスを直撃した。
「──ッ!」
アマテラスの身体が宙へ弾き飛ばされる。
地面へ叩きつけられた彼女は、荒い息を吐きながら、それでも立ち上がろうとした。
「……まだ……」
「やれやれ。神だからといって、手加減されると思っているのか?」
ロキアンがゆっくりと歩み寄る。
「私は異世界の人間でね。神を滅ぼすことに何の躊躇いもない」
その手のひらに、再び雷光が収束していく。
「交渉は決裂だな」
稲妻が唸った。
アマテラスが目を閉じかけた、そのとき──
「──諦めるな!!」
轟音が実験場を揺るがした。
シャッターが吹き飛び、開いた入り口から白銀の光が一直線に突き込んでくる。
「何だと……!?」
ロキアンが振り返ると、風を切る音とともに、純白のNinja ZX-4Rが実験場へ滑り込んできた。
バイクのシートに跨る紫音が、アマテラスを鋭く見据える。
「──間に合った!」
フルフェイスのシールド越しに、紫音の目が光を放った。
『さあ、刃を抜く刻ぞ! シオン!』
「全開で行こう! カヴァリナ!」
紫音はロキアンを真正面から見据え、スロットルを開く。
四気筒エンジンが、実験場いっぱいに咆哮する。
白銀の車体が、一気に加速した。
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