7-1-22 囚われの姫神2
薄暗い実験場の中央で、アマテラスは電気椅子に拘束されていた。
椅子の金属製の肘掛けと足枷が、冷たく肌に食い込んでいる。腕をわずかに動かすだけでも、全身を走る鈍い痛みが呼応するように襲ってきた。体の内側には焼けつくような痺れが残り、皮膚には体温を奪われたような冷たさが張り付いている。
ロキアンが流した雷魔法は、単なる苦痛を与えるためのものではなかった。神経そのものを焼き尽くすような鋭い痛みが、神の力を失いつつあるアマテラスの体を容赦なく蝕んでいた。
顕現した姿とはいえ、自分は神だ。それでも、これほどまでに体を傷つけられるとは――。
「……は……ぁ……」
アマテラスは乾いた息を漏らした。
痛みに耐えながら、かろうじて目を開ける。ぼやけた視界の先には、ロキアンが立っていた。
「もう限界か?」
ロキアンが面白そうに笑う。その長い影が、アマテラスの体へ覆いかぶさるように揺れていた。
「最高神ともあろう者が、これほど脆いとはな。拷問には、やはり雷が一番だ」
「……き、さま……」
アマテラスは歯を食いしばり、力を振り絞って睨みつける。しかし、その眼差しにはもう以前の力強さは残っていなかった。
ロキアンは彼女の顔を覗き込み、指先で頬を撫でる。
「さて、そろそろ聞かせてもらおうか」
「……何度も……言っている……知らぬ、と」
アマテラスは、声を絞り出すように答えた。顔色は青ざめ、唇も乾いてひび割れている。
「最高神が知らないはずがないだろう?」
ロキアンはくつくつと笑った。
「それとも、知らないふりをしているのか?」
アマテラスは答えず、目を伏せた。
「ふう……話したくないのなら仕方ない。こちらとしても、できれば穏便に済ませたかったんだが……」
ロキアンは立ち上がり、スマホを取り出した。
黒いベールの恵麻が静かに近づき、ロキアンの隣に立つ。
「お前が話さないなら、この国の人間どもを減らすとしようか。それで少しは考えを改めるかもしれん」
「……そんなこと、できるはずがない……」
「まさか、と思うだろう?」
ロキアンがスマホを操作すると、恵麻が無言でテレビの電源を入れた。
『速報です。東京で震度五弱の地震が発生――』
アマテラスの瞳が揺れた。
「嘘だ……」
「皇居の地下迷宮に行ったときに仕込んでおいたのさ。爆破魔法と連動した装置をな」
ロキアンはスマホを弄びながら、冷たく笑った。
「今のは軽いジャブだ。次は本気で沈めてやろうか? 日本海溝の底を揺らせば、津波で東京も一瞬だろうな……」
そう言って、ロキアンはアマテラスの耳元へ顔を近づけた。
「さあ、答えろ……。『八咫の鏡』はどこだ?」
アマテラスの唇が、かすかに震えた。
—-
その頃、オオクニヌシの周囲には、捜索に出ていたハトたちが戻ってきていた。
彼らの報告は簡潔で、直接的なものが多い。小桜たちは断片的な言葉をつなぎ合わせながら、少しずつ情報を整理していった。
「ここから東北東、直線距離で約七十キロってことは……鈴鹿市のあたりね」
小桜が呟く。
「自動車関連の工場や研究施設が多い地域ね。特徴がわかれば、建物の特定もできそう」
智絵里がスマホの地図を確認しながら補足した。
「そこにアマテラスが……」
紫音の表情が険しくなる。
「シッ、静かに」
オオクニヌシが低い声で制した。
彼の掌に止まったハトが、つぶらな瞳で彼を見上げている。その小さな体はかすかに震え、今にも消え入りそうな声で報告を続けた。
「アマテラス様……椅子に縛られている。雷の気配……強い。拷問、されているかも……」
オオクニヌシの目が鋭くなる。
「負傷の程度は?」
「外傷なし。でも……かなり衰弱している」
オオクニヌシはハトを労わるように、そっと指を滑らせた。するとハトは安堵したように羽を膨らませる。
「間違いないな?」
「ピイ……はい。見間違いではありません……」
ハトの返事を聞くと、オオクニヌシは深く頷いた。そして、その小さな体を驚かせないよう、そっと空へ送り出した。
「……千里眼じゃ、これ以上の支援は難しい」
オオクニヌシが焦りを滲ませて呟く。
「ここからは現地に行くしかないんじゃない?」
麗蘭が目を細めた。
「新幹線を使っても、名古屋からローカル線とバスを乗り継いで二時間くらいかかるわ」
智絵里がスマホを確認しながら言う。
その言葉が終わるより先に、全員の視線がオオクニヌシへ集まった。
「僕とて万能ではない! 君ら全員を運ぶ力など……あるわけがなかろう!」
「でも──」
「無理だと言っている!」
オオクニヌシが慌てて両手を振る。
「……とにかく東京駅に行こう! 早く動かないと、絶対に手遅れになる!」
焦燥を隠しきれない小桜の声に、仲間たちも緊張した表情で頷いた。
ところが、東京駅のコンコースに入った瞬間、一行は思わぬ事態に直面した。
そこには、すでに混乱が広がっていた。
電光掲示板には赤く光る「運転見合わせ」の文字が繰り返し表示され、ざわめきが構内を満たしている。携帯電話を耳に当てる人、改札口へ詰め寄る人、その対応に追われる駅員。人々の声が重なり、駅全体が落ち着きを失っていた。
『局地的大地震発生により、新幹線の運転を見合わせています──』
無機質なアナウンスが、繰り返し構内に響く。
「どうする? このままじゃ動けない」
紫音が焦りを滲ませた声で言った。
「でも、行かないと……」
麗蘭が唇をきつく噛む。
「……間に合わないかもしれない……」
智絵里がスマホを見つめたまま、低く呟いた。
小桜は騒然とする人波の向こうを見つめた。
(あのときと同じ、東京駅地下の局地的大地震……偶然じゃない?)
その考えを遮るように、再び構内アナウンスが響く。
『新幹線の運行再開の目途は立っておりません──』
小桜は唇を噛んだ。
「どうする……」
誰かの呟きが、人々のざわめきに紛れた。
小桜は答えられなかった。
アマテラスが今も苦しんでいる。
それが分かっているのに、ここから先へ進むには、高い壁が立ちはだかっている。
一行はただ、運転を止めた新幹線の前で立ち尽くすしかなかった。
ブクマで小桜たちの応援をお願いします!




