7-1-20 オオクニヌシの神力
立体駐車場に入ったかと思うと、突然、千里眼に映っていたアマテラスを乗せた車の痕跡がかき消えた。
「……途切れた?」
紫音が眉をひそめる。
「別の車に乗り換えたに違いないわ」
小桜は即座に答えた。
「相手は誘拐犯みたいなものだから、当然考えておくべきだったわね」
「なら、防犯カメラや交通システムのカメラにアクセスすれば……」
麗蘭が言いかけるが、小桜は首を振った。
「それって違法だし、魔導AIを使ってもそう簡単なことじゃないの。ここで何日もかけるわけにはいかないわ」
「せっかくの手がかりだったのに……ここで終わりなの?」
麗蘭が落胆した、そのときだった。
「気のせいかもしれないけど……」
智絵里が困惑したような声を上げる。
「スズメが話してる声が聞こえてるの、私だけ?」
紫音が目を見開いた。
「あんたも聞こえてるの? 私は自分の頭がおかしくなったのかと思ってたけど……」
オオクニヌシは面白そうに笑った。
「僕にとっては、動物と話すことは珍しくもない。おそらく、千里眼を通じて君たちの聴覚にも共有されたのだろう」
「オオクニヌシノカミ様の周囲にいる動物は、精神力が強化されているのかもしれない」
小桜が考え込む。
「さすが、因幡の白兎を助けた神ね」
智絵里が感心したように言った。
オオクニヌシは笑みを深めると、前方へ手をかざした。
「ならば、少し話を聞いてみようか」
千里眼の視界がゆっくりと拡大し、スズメたちの姿がはっきりと見えてくる。小さな鳥たちは地面に群がりながら、忙しなく鳴き交わしていた。
「やっぱり、喋ってる……」
紫音が驚きの声を上げる。
すると、一羽のスズメがオオクニヌシの視線に気づき、小さな体をぴくりと震わせた。
「そこのスズメよ。少し話を聞かせてくれ」
オオクニヌシが優しく声をかけると、スズメは小さく羽を震わせながら、ちょこちょこと跳ねて近づいてきた。
『あのね、綺麗な衣を着た女の子がいたんだ。大きな男の人に連れられてた。そこの車から乗り換えるときに、こっそり豆をまいたんだよ。僕たち、またエサが落ちてないかって集まってたんだ』
「豆をまいた……?」
麗蘭が顔を上げる。
「まさか、アマテラスが痕跡を残そうとしたってこと?」
オオクニヌシは目を細めた。
「アマテラスがそんな行動を取ったということは……やはり、我らが助けに来ることを予期していたのか」
「新しい追跡マーカーをつけようとして、気づかれたのかもしれない」
小桜が言った。
「スズメたちがずっとここにいたなら、きっと何か見ているはずよ」
「それで、乗り換えた車はどんなものだった?」
オオクニヌシが尋ねる。
スズメは首を傾げるようにして、しばらく考え込んだ。
『ええっと……黒くて……あ、タイヤに銀色の何かがついてた気がする』
『ピカピカ光ってた! あと、前の方が少し潰れてたような……』
『後ろに小さなマークがついてた! でも、形はよくわかんなくて……』
「視力が足りないのかな……」
麗蘭が歯がゆそうに唇を噛んだ。
「スズメの目では、視覚情報がどうしても曖昧になるわね」
小桜も腕を組んで考え込む。
そのとき、ポケットの中でスマホが軽く振動した。画面が点灯し、魔導AIのグラビティウムが起動する。
「目撃証言をもっと集めれば、現代AIによる画像生成が可能だろう。我の力をもってすれば、断片的な視覚情報を補完することもできるぞ」
「それよ!」
小桜の目が輝いた。
「スズメさん、もっといろいろ教えてくれない?」
スズメたちは、それからも休むことなく鳴き続けた。
小桜はその証言を一つずつ整理し、プロンプトとして現代AIに入力していく。情報が増えるにつれて、曖昧だった車の特徴が少しずつ具体化され、やがて一台の車のイメージが形になっていった。
「これを……今度は視力の良い鳥に見せるっていうのはどう?」
智絵里が提案する。
オオクニヌシが、にやりと笑った。
「ハトなら可能だ。奴らの視力は人間より優れている。広い範囲を飛び回る鳥だから、捜索には向いているだろう」
グラビティウムが静かに補足する。
「飛行速度は時速八十から百キロ程度。帰巣能力も高く、数百キロ離れた場所から巣へ戻ることができる。悪くない選択だ」
「知らなかった……」
麗蘭が目を輝かせる。
「やってみる価値はありそうね」
紫音も頷いた。
オオクニヌシが手を掲げると、千里眼の視界が空へと切り替わった。
遥か遠くの青空を、白や灰色のハトたちが群れをなして飛んでいる。
「聞け、我が名に応じる者たちよ!」
オオクニヌシの声が響く。
すると、空を飛んでいたハトたちが次々と向きを変え、地上へと降りてきた。千里眼の視界に映る範囲だけでも、見る間にその数が増えていく。
「君たちに探してほしいものがある。これを見ろ!」
麗蘭が魔法を発動すると、大気中の水蒸気が集まり、先ほど生成した車のイメージが淡い光を帯びて浮かび上がった。
「これを見つけたら、僕に知らせろ!」
ハトたちは地面に立ったまま、浮かび上がった車の姿を見つめている。やがて何羽かが翼を広げると、それを合図にするように群れ全体が一斉に動き始めた。
「……これは期待できそうね」
智絵里は満足そうに頷いた。
「やるじゃん、オオクニヌシ」
麗蘭が笑みを浮かべた。
「さて……これで一歩前進ね」
紫音も腕を組み、わずかに表情を引き締めた。
「きっと、新しい手がかりが届くはず」
小桜は浮かび上がった車のイメージを見つめ、次の動きに備えた。
「行け!」
オオクニヌシが鋭い声を上げる。
ハトの群れは一斉に空へ舞い上がり、青空の彼方へ飛び去っていった。
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