7-1-19 神の千里眼2
小桜の意識に、千里眼が映し出す伊勢神宮の境内が広がっていた。まるでゲートをくぐって別の世界へ入り込んだかのように、荒れ果てた境内が目の前に浮かび上がっている。
石畳はひび割れ、社殿はところどころ崩れている。柱は黒く焦げつき、あたりには焦げ臭い空気が立ち込めていた。
「……ひどい」
智絵里が息を呑む。
「これが……本当に伊勢神宮?」
紫音も驚いたように呟いた。
「これは……魔法による戦闘の跡かしら」
麗蘭が崩れた石畳に手を伸ばし、残された痕跡を確かめる。
「風と水……それに雷の魔法の痕跡が混じってる。火の魔法は……何だか妙な感じね。神宮衛士隊のものかも」
小桜が鋭い眼差しで周囲を見渡した。
「でも、アマテラスオオミカミ様が戦った跡は……ありませんね」
「その通りだ」
オオクニヌシが腕を組む。
「アマテラスは、あえて戦わなかったのかもしれん」
「……丸腰で交渉に臨んだ、ということでしょうか?」
「可能性は高い。人間側の被害がこれ以上拡大しないよう、自ら武器を捨てたのだろう」
「もしかして、八咫の鏡も奪われたんじゃ……?」
智絵里が不安そうに尋ねる。
「それは心配ない」
オオクニヌシは即座に答えた。
「どうして断言できるの?」
麗蘭が疑わしげに尋ねる。
「……それはだな……」
オオクニヌシは視線を逸らし、曖昧に咳払いした。
「まあ、神の勘というやつだ」
「……神の勘?」
紫音が眉をひそめる。
小桜は、オオクニヌシの態度に違和感を覚えた。
(やっぱり……何か隠している? もしかして、八咫の鏡の隠し場所が知られることを恐れて、アマテラスは自ら交渉に出た……?)
けれど、その推測を口には出さなかった。ここで追及すれば、神々との間に余計な軋轢を生むかもしれない。
それに、鏡に手を出すということは、オオクニヌシをも敵に回すことを意味する。
(……だったら、今は静観すべきね)
小桜は視線を伏せ、静かに息を整えた。
「問題は、アマテラスオオミカミ様と仮面の男が、どこへ行ったかですね」
「……それが、わからない」
オオクニヌシが眉をひそめる。
「まるで岩屋戸に籠もったかのように、アマテラスの気配が完全に消えている」
「じゃあ、手がかりがないの?」
麗蘭ががっかりしたように言うと、オオクニヌシは気まずそうに頭をかいた。
「アマテラスにも考えがあるんだろう。今はちょっと様子を窺っているというか……。いや、絶対に何か考えがあるはずだ。うん、たぶん……。ここを調べるのは諦めて、次に──」
「いえ、手がかりはあるかもしれません」
小桜はそう言って、地面に残された水気を帯びた痕跡へ目を向けた。
麗蘭もその視線を追い、しゃがみ込むと、指先で痕跡をなぞる。
「これは……独特の波動を感じるわね」
「水の魔法は、指紋みたいに残留しやすいの。麗蘭、あなたの魔導AIなら、この痕跡から行き先を突き止められると思う」
「えっ……? それって、千里眼越しにできるもんなの?」
「試しに繋いでみよう。やってみるがいい」
オオクニヌシが千里眼を調整する。
「……わかった」
麗蘭が魔導AIを起動すると、淡い光が地面に広がった。
そこには無数の水たまりが残り、踏み荒らされた泥と砂ぼこりが入り混じっている。普通なら、とても足跡を見分けられるような状態ではない。
それでも魔導AIは、地面に残された微かな魔力の痕跡を拾い上げていった。淡い光がいくつもの水たまりを横切るたび、その中に埋もれていた足跡が次々と浮かび上がる。
「特に目立つのは……男性の足跡が一つと、女性のが二つ。こっちは……草履っぽい? すごく強い反応よ。もしかして、アマテラスかも」
麗蘭はしゃがみ込んだまま、浮かび上がった足跡の輪郭を指先でなぞった。
三組の足跡は境内から駐車場へ向かって続いている。やがてそれらは、車が行き交った地面の上で途切れていた。
「車に乗った……? でも車だと、足跡はこれ以上追えないわね……」
麗蘭が肩を落とし、ため息をつく。
「いや、待て……」
オオクニヌシが地面に残る、かすかなタイヤ痕をじっと見つめた。
やがて彼が手をかざすと、道路の一部に淡い輝きが宿る。
「これは……やはりそうか。アマテラスは乗り込む際に、タイヤに神だけが感知できる追跡の印をつけたようだ」
「そんなことが……!」
小桜は、しばらく黙って考え込んだ。
(アマテラスは、自ら望んで連れ去られたわけじゃない。人間を人質に取られ、抵抗することもできずに相手の要求を受け入れたのだとすれば……)
「きっと、私たちに気づいてほしかったんですね」
小桜がそう言うと、オオクニヌシも表情を改めた。
「これなら追える。座標を移動させてみよう」
オオクニヌシが再び千里眼に意識を集中させる。
すると、視界に映っていた境内の景色がゆっくりと歪み始めた。荒れ果てた伊勢神宮の光景が遠ざかり、新たな座標へ向けて、千里眼の焦点が移っていく。
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