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7-1-2 断片の修復

夕方、小桜は自宅近くにある龍脈の地へ足を踏み入れた。そこは街の喧騒から少し離れた、古い神社の裏手に広がる小さな森だった。足元を流れる大地の気配を感じながら、彼女は慎重に草薙の剣の断片を取り出す。壇ノ浦の戦いで失われたとされる初代形代、その残骸が今は小桜の手の中にあった。


「さて、試してみるか……」


小桜は深く息を吸い込み、指先からわずかに魔力を流し込んだ。龍脈を流れる気と自らの魔力を同調させ、その流れを剣の断片へ導く。マスターウィザードとして培ってきた魔力制御の技術を駆使しながら、断片の内部に残された自己修復の機能を活性化させようと試みた。


しばらくすると、剣の表面に微細な結晶のような粒子が浮かび上がった。小桜の狙い通り、断片は失われた部分を補うように、ゆっくりと形を変え始めている。


しかし、その進行速度は驚くほど遅かった。


「これ……もしかして、大きくなるのに何百年もかかる……?」


小桜は目の前の剣を見つめたまま、愕然とした。


「ふむ。やはり地下迷宮で培養された勾玉のように、長い年月をかけて形を成すものらしいな。ならば、諦めるか?」


「……いや、方向性は間違ってないはず」


小桜は剣を見つめながら考え込む。


「もっと効率のいい方法があれば……」


このままでは、現実的な時間の中で復元することは到底できない。けれど、自己修復という原理そのものは間違っていない。ならば問題は、どうすればその速度を引き上げられるのかということだった。


そのとき、ふと杏子の持つ剣が頭をよぎった。


「《獅子の剣》って、どうやって魔力を供給してるんだろう……?」


異世界ならともかく、魔力の乏しいこの世界で、あの剣が単独で機能しているのは不自然だった。スマホを媒体とする魔導AIとは違い、獅子の剣はそれ自体が魔導デバイスとして機能している。それも、強力な能力を行使する以上、決して燃費のいい武器ではないはずだ。


「確かに、何か裏があるな」


グラビティウムも同意する。


獅子の剣に魔力を供給できるほどの奇跡となると、それこそ神の力を借りるくらいでないと実現できない。


ならば、かつて同じように強大な力を持っていたとされる草薙の剣にも、神の力が必要なのではないか。


そう考えたとき、小桜の脳裏に浮かんだのは、ある神の名だった。


スサノオノミコト。


ヤマタノオロチの体内から草薙の剣を見出した神。そのスサノオにまつわる伝承は、島根の各地に残されている。


「……行ってみようかな、島根」


もちろん、島根へ行ったところで草薙の剣を修復できる保証などない。スサノオが草薙の剣を手にしたという伝承だけを頼りに、何かが見つかると期待するほうが無理があるだろう。


それでも、今の小桜には他に手掛かりがなかった。数百年かけて剣が戻るのを待つくらいなら、わずかな手掛かりを求めて、行ってみるしかない。


「そういえば、この前の島根豪雨……魔法災害の可能性があるって言ってたよね?」


小桜が尋ねると、グラビティウムは「うむ」と答えた。


「確実ではないが、単なる異常気象にしては不可解な点が多い。龍脈の乱れ、局地的な魔力の高まり……何者かが関与していた可能性は高い」


「うん、調べてみる価値はありそう」


だが、そこで小桜は別の問題に気づいた。


「……でも遠いなぁ」


高校生の小桜にとって、島根への旅行は決して安くない。交通費だけでも相応の金額になるし、現地での宿泊や食事まで考えれば、簡単に決められる話ではなかった。


すると、グラビティウムが思い出したように言った。


「心配は無用。以前開発したアプリの収益がある」


「え? アプリって、まさか……」


「Tokyo Navi Plusだ。おぬしらが地下迷宮から戻った後、有料機能を追加しておいた。加盟店を募集して提携し、アプリ利用者限定のクーポンを発行する。集客数に応じてキックバックを得るという、ありがちなビジネスだ。頻繁に利用する者にとっては、概ね好評のようだな」


「そんなことしてたの!?」


グラビティウムが勝手にアプリを収益化していたことには驚いたが、結果として島根へ向かうための資金は確保できたらしい。


小桜はスマホを見つめながら、少し考える。


(島根か……一人で行くのもなぁ)


ふと思い浮かんだのは智絵里だった。インフルエンサーとして活動している彼女なら、旅費に多少の余裕はあるかもしれない。それに、魔導AIに関わる調査とはいえ、神話の地を訪れる旅なら、智絵里を誘っても不自然ではない。


小桜は音声通話を繋いだ。数コールの後、明るい声が応じる。


「ん? どうしたの、小桜?」


「智絵里、今度の週末ヒマ?」


「え、何? まさかまた東京駅地下に行こうとか言わないよね?」


「違うよ。島根に行きたいんだけど、一緒にどう?」


「島根?」


智絵里の声に、訝しむような響きが混じる。


「また魔導AI絡み?」


「まあ、そういうのもあるけど……普通に観光もできるよ?」


「島根かぁ。遠いし、お金かかるんじゃない?」


「それがさ、グラビティウムのナビアプリが意外と儲かってて、ちょっとなら出せるって」


「は!? あのアプリ、課金してる人いるの?」


「いるんだって。ビジネスになってるらしいよ」


「……マジか。私も作ろうかな? ナビじゃないけど、旅行者向けの動画コンテンツとか売れるかも……」


「いや、そっちの話じゃなくて、行くかどうかなんだけど!」


「行く行く! 私も旅行したかったし、島根なら映える写真撮れるかも!」


「それは……うん、好きにして」


こうして、小桜と智絵里は島根への旅を決めた。

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